33「その頃、王宮では」②
レイチェルは耳を疑った。
――今、姉はなんと言ったのか。
「お、お姉様、今なんといいましたの?」
「わたくし、サミュエル・シャイトと婚約したのよ」
「本当にお姉様が?」
「ええ、お父様にご紹介いただいたの。はじめは、年下の男の子だし、思うことはあったけど、今は彼で良かったと思うのよ。彼だってわたくしとの婚約は望んでいなかったようだけど、やりとしている手紙から気遣いや優しさを感じるわ」
幸せそうに微笑むステラは恋する乙女に見えた。
「――またお姉様ばかり」
そんな姉の姿に、レイチェルは噛みちぎらんばかりに唇を噛む。
「サムの一番はリーゼなのかもしれないけど、それでもいいの。わたくしのこと大事にしてくれることは手紙を読めばわかるわ。まだ一緒には暮らせないけど、いずれは――レイチェル? レイチェルどうしたの?」
「……いいえ、なんでもありませんわ。あら、その手紙はそのサミュエル・シャイトから?」
「ええ、今日もさっそく届いたの。彼はマメね。こんなに毎日手紙のやりとりができるなんて思っていなかったわ」
机の上に見つけた手紙をステラが大事そうに抱きしめる。
その仕草もレイチェルを苛立たせた。
レイチェルは、姉の前であからさまに顔が歪まないように必死に耐える。
あくまでも姉の話を聞く妹に徹した。
「そうでしたか……でも、その方も物好きな方ですわね。悪い噂が付き纏うお姉様を受け入れてくださるなんて、少々感心しますわ」
わざと嫌味を言ってやるが、姉が笑顔を崩すことはなかった。
「本当ね。でも、彼はそんな些末なことを気にする人じゃないの。それに、わたくしももう噂なんて気にしないわ」
「――っ! ……そ、そうですか、なぜですの?」
動揺を隠しながら姉に問いかける。
今まで些細な噂で右往左往していた姉とはまるで別人だった。
「レイチェルは今までわたくしを気遣っていろいろ噂話を聞かせてくれたけど、もういいわ。今までありがとう。わたくしは、お父様とお母様に心から愛されているとわかったから、もうなにも怖くないわ」
「……そうでしたの。お姉様が前向きになってくださって、妹としてこれほど嬉しいことはありませんわ」
「ありがとう、レイチェル。あなたのおかげでもあるのよ」
「お、おほほほほ、妹として姉を気にかけるのは当然のことですわ」
レイチェルはそれだけ言うと、これ以上ここに居たくないとばかりに姉に背を向けた。
「あら、もういくの?」
「ええ、残念ですが、これから用事があるのですわ。今日はお姉様がお部屋を出たとお聞きしたので様子を伺いにきただけですわ」
「本当にありがとう。わたくしが引きこもっていた間も、レイチェルだけが会いにきてくれたわね」
「――セドリックお兄様もお顔を出していたはずですわ」
「そうだったわね。セドリックも、レイチェルにも本当に感謝しているわ。ありがとう」
「どういたしまして。それでは、わたくしはそろそろ失礼しますわ。では、ご機嫌よう」
姉を振り返らずに、そのままレイチェルは部屋から出て行った。
しばらく長い廊下を歩き、自室に戻ると、寝室に足を進める。
ベッドにたどり着いたレイチェルは枕を持ち上げると、思い切り叩きつけた。
「なんなの、あの女! 永遠に引きこもっているように、散々悪い噂を流してあげたというのに! なにが愛されているよ! しかも、あのサミュエル・シャイトと婚約ですって!? また、わたくしのほしいものを取るなんて、クソ女っ!」
姉の前では出すことを我慢していた感情が爆発する。
レイチェルはステラのことがずっと嫌いだった。
自分たちの母親がいがみ合っているのもそうだが、欲しいものをなんでも手に入れてしまう姉が、レイチェルは心から忌み嫌っていた。
だから、白髪であることで不義の子だと陰で笑われていることを、わざと伝えてやった。
ときには、ステラの陰口に飽きた貴族に、再び興味を持つように話題を提供した。
そのおかげで、ステラは引きこもり、自分の殻に閉じこもるようになった。
そんな姉の様子を、気遣う妹のふりをして見にいくのがレイチェルの楽しみであった。
だが、姉は引きこもっても自分の欲しいものを持っていた。
父王の愛情。
彼女を慕う人間。
そして、サミュエル・シャイト。
「よりにもよってっ、わたくしが欲しくてたまらないサミュエル・シャイトがステラのものになっていたなんて! ふざけるなっ!」
繰り返し枕を叩きつけるが、苛立ちが収まるはずもなかった。
それもそのはず。レイチェルは、サムとアルバートの決闘を見たその日から、サムを欲していた。
サムのことを調べさせ、自分のものにしても問題がないとわかると、先日母に欲しいとねだったばかりだった。
しかし、その頃にはもう姉のものになっていたのだと思うと、腸が煮えくり返る思いだ。
レイチェルは、サムの強さに魅せられていた。
あんなに強い男をレイチェルは他に知らない。
自分のものにして、屈服させ、侍らせたかった。
彼のためなら、この身を捧げてもいい、初めてそう思える相手だった。
「お父様にかわいがられているくせに、わたくしの欲しいものをまた奪うなんて――」
嫉妬に狂った炎を宿したレイチェルは、忌々しい姉を思い、唇を噛み切った。
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