31「弟子に迎える許可をもらいました」
道場に戻ったサムたちを迎えたのは、床に大の字になって倒れながらも大満足と言わんばかりにしている花蓮と、袴姿に着替え汗をタオルで拭いているリーゼの姿があった。
(うわっ、袴姿のリーゼ様とかかなりかわいいんですけど!)
婚約者の新鮮な姿に、つい胸がときめいてしまうサム。
彼が今まで抱いていた、雨宮家の後継者問題や、リーゼの元夫のことなどが、すぽーんとどこかに飛んで行ってしまった。
鼻の下を伸ばす婚約者に気づき、リーゼが笑顔を浮かべて声をかけた。
「あら、お帰りなさい。ことみ様はどうだったかしら?」
「ええ、とてもいい子でした。それに、お聞きしていたよりもお元気そうだったのでほっとしました」
「ならよかったわ」
安堵した容姿のリーゼ。
ことみが彼女のことを「リーゼお姉ちゃん」と言っていたことを思い出せば、仲はよかったのだろう。
それだけにリーゼの心配も理解できる。
思いやりと優しさを兼ね揃える婚約者をサムは愛しく思った。
「サムから見てことみ様はどう?」
「素晴らしい魔法使いの才能を秘めていると思います。魔力だけなら俺やウル以上でしたよ」
「え? サムと姉様よりも上なの?」
「ええ、魔力量だけなら俺たちよりも上です」
驚いた表情に一変したリーゼにサムは頷く。
すると黙っていられなかったのか、蔵人が会話に加わった。
「サミュエル君……それは本当ですか?」
「間違いありません。あれほど大きな魔力を持つ子に今まであったことがありませんでした」
「本当に、君やウルリーケ殿よりも」
「俺たちよりも大きな魔力量を持っています」
ふぅ、と蔵人が大きく息を吐き出した。
「ことみの魔力が大きいことはわかっているつもりでしたが、まさかウルリーケ殿以上とは思いもしませんでした」
「蔵人様、そこでなんですが」
「はい」
「ことみちゃんを俺の弟子にしてもよろしいでしょうか?」
「――どういうことでしょうか?」
突然の娘を弟子にしたいと言われ、蔵人が困惑した顔になる。
そんな父に水樹が補足するように伝えた。
「ことみの方から、サムに弟子にしてほしいってお願いしたんだよ」
「ことみが?」
水樹は、蔵人にことみがサムに弟子入りしたいと訴えたことと、宮廷魔法使いという目標を持っていることを教えた。
蔵人も知らなかったのだろう。
彼の顔には、驚きが浮かんでいる。
「……まさか、ことみが魔法使いになりたいと思っているとは考えもしていませんでした」
「僕も驚いたよ。でも、いいと思うよ。ことみには魔力があるんだし、それを生かした将来の目標があるなんて、誇らしいよ」
「そうですね。まだ幼いと思っていましたが、あの子なりにちゃんと将来を考えていたのですね。しかし、サミュエル君、ことみを弟子にしても構わないのですか?」
剣聖の問いに、サムは笑顔を返した。
「魔力量の大きさ、秘めている資質から、ことみちゃんは間違いなく魔法使いとして才能があります。そのお手伝いをさせていただけるのなら、これほど嬉しいことはありません」
「待って、サム。ことみ様はまだお体が」
「あ、はい、もちろん弟子にするのは、ことみちゃんが元気になってからです」
リーゼに言われ、言葉が足りていなかったと慌てて続けた。
「俺の見立てでは、まだ健康面で元気になるまで時間がかかると思います。それだけ魔力量が大きいんです。でも、学ぶことなら今からでもできます。魔導書を見繕って今度持ってきますから、そちらを読ませてあげてください」
弟子入りするしない関係なく、あの屈託のない笑顔で魔法使いを目指したいと言った少女の力になりたいと思っていた。
ウルがここにいれば、自分と同じようにするだろう。
(あ、ウルなら元気じゃなくても、鍛錬していればそのうち元気になるとか言って鍛え始めそうだなぁ)
弟子だったサムが思い出す訓練の数々は、実に過激だった。
そんな訓練を受けたからこそ、誰かに教える立場になったら優しくしようとサムは決めていたりする。
「体が動かせる日は剣術を学んでもいいと思います。せっかく剣の才能があるんですから、剣も魔法も使える子になってほしいと思います」
自分の考えを口にしたサムに、深々と剣聖が頭を下げた。
「娘のことを考えてくださり感謝します。そして、どうか娘のことをよろしくお願いします」
父親の許可が下りたことで、ことみはサムの弟子となることが決まった。
まだ健康上の問題から、師匠らしいことはしてあげられることは少ないかもしれないが、それでも可能なかぎり力になってあげようと思う。
「僕からも、ことみのことをよろしくね。サム」
「もちろんです」
「あとで伝えておくね。間違いなく大喜びするよ」
水樹も、父親が妹の弟子入りを許可したことを喜んでいるようだった。
「では、今後ともよろしくお願いします」
サムがそう締めくくり、本日の雨宮家の訪問は終わりを告げた。
着替えたリーゼと花蓮と一緒に、帰路に着くサムの胸の中には、剣聖の後継者問題という気になることもありはしたが、水樹がなにも言わないでほしいと願ったので、こちらから関わることはしないことにした。
弟子を得たことは素直に嬉しかったが、どこかしこりの残る訪問になったのだった。
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