28「雨宮ことみ様とお会いしました」




「ここがことみの部屋だよ」


 屋敷の二階の一室の前で足を止めた水樹は、軽く扉をノックする。


「ことみ? 起きているかな?」

「あ、お姉ちゃん! 起きてるよ!」


 水樹が扉越しに話しかけると、中から弾むような元気な声が返ってきた。


(予想していたよりも元気そうでよかった)


 まだ顔は見えないが、少なくとも調子が悪いようなことはなさそうだ。


「入るね。ことみに会わせたい人がいるんだよ。きっと喜ぶよ」

「え? 誰かなぁ。どうぞー」

「じゃ、中に入ろうか」

「失礼します」


 部屋の主に招かれたので、扉を潜り中へと足を踏み入れる。

 部屋の中には、ベッドの上に寝巻き姿の少女がいた。

 日当たりのいい部屋はカーテンが開けられている。

 女の子らしい、かわいい小物が溢れた部屋の真ん中には大きなベッドがある。

 少女は、少し退屈そうにベッドの上からこちらに視線を向けていた。


(――これは、また)


 黒髪をショートカットにした快活そうな雰囲気を持つ少女を目にして、サムは驚いた。

 十二歳と聞いていたが、もっと幼く見えるのは、おそらくベッド生活が長いからだろう。

 快活そうな子が、自由に動けないことはかわいそうだ。

 だが、サムがなによりも彼女から印象深く感じたのは――その魔力量だ。


(おいおい、この子……俺やウルよりも魔力量が大きんじゃないかな?)


 サムも、師匠のウルも魔力量が規格外という大きさだった。

 魔法の行使は魔力量が全てではないが、多くて困るものではない。

 魔力量とは生まれ持ったものであり、変化することはあまりないと聞いている。

 サムもウルと出会ったばかりの頃から今までにおいて、あまり魔力量が劇的に増えることはなかった。

 それでも、ありがたいことに、サムは魔力に体を蝕まれることなく健康体でありながら大きな魔力を持っている。

 しかし、そんなサムよりも少女の魔力は大きかった。


(なるほど。これなら魔力が体に負担になるわけだ。大き過ぎる)


「えっと、お姉ちゃん? この人は誰?」

「ふふ。この人が誰か聞いたらきっと驚くだろうね。宮廷魔法使い第三席で、スカイ王国最強の魔法使い――」

「――も、もしかして、サミュエル・シャイト様!?」


 サムが驚いている間に、姉妹の会話が進んでいた。

 ことみはサムの名を聞き、目を丸くして驚いているようだった。

 どこか、喜んでいるようにも見えた。

 サムは、そんな少女に笑顔を向けて、自己紹介する。


「はい。サミュエル・シャイトです。はじめまして、ことみ様」

「は、初めまして、サミュエル様! 私、雨宮ことみ。十二歳です!」


 元気いっぱいに挨拶をしてくれた少女は、とても体に魔力の負担を受けているとは思えない。

 蔵人は体が成長したことで、魔力に体がついてきているようだと言っていたが、サムの目には、まだまだ魔力が体に馴染むのは時間がかかるように見えた。


「どうぞ、俺のことはサムとお呼びください」


 そんな心中を隠して、サムは笑顔を続ける。


「いいですか!?」

「もちろんです」

「で、ではサム様! 私のこともことみと呼び捨ててください」

「えーっと、それはちょっと、じゃあ、ことみちゃんでいいですか?」

「嬉しいです!」


 破顔することみに、サムも釣られる。

 妹がいたら、こんな感じなのかもしれないと思う。

 顔も思い出せない弟はなにもかわいくなかったので、ことみがかわいらしく感じてならない。


「あ、僕もサムって呼ばせてもらおうかな」

「ぜひ、そうしてください。リーゼ様のご友人なんですから、もっと気さくに接していただけると嬉しいです」

「リーゼお姉ちゃんがどうしたんですか?」


 リーゼの名が出てきたことに、ことみが不思議そうに首を傾げた。

 そういえば言ってなかったね、と水樹が妹に囁いた。


「サムはリーゼの婚約者なんだよ」

「ええええっ! サム様はリーゼお姉ちゃんの婚約者だったんですか!?」

「うん。俺にはもったいない方だけど、婚約させていただいたんだ」

「しかも、王女ステラ様ともご婚約したんだよ」

「王女様とも!?」

「あはははは、なぜか気がついたら婚約者がふたりになっていました」

「すごいです! さすがサム様で! 王国最強の宮廷魔法使いは違いますね!」

「あまり魔法使いと婚約は関係ないと思うんですけどねぇ」

「ふふふ。ことみは憧れの人と会えて嬉しそうだね。こんなにはしゃいだことみを見るのは久しぶりだよ」


 妹の元気な姿に水樹も嬉しそうだった。

 サムも、自分と会っただけで、こんなに喜んでもらえるのは素直に嬉しい。


「よかったね、今話題のサムと会えて」

「はい! サム様は時の人ですから!」

「――んん? え? 本当に俺のことってそんなに話題になんですか?」

「はい! 私は屋敷から出られませんが、お手伝いさんのお話や、お姉ちゃんが買ってきてくれる新聞でサム様のことを存じています!」

「俺、新聞に載ってるんですか!?」


 知らなかった事実に驚愕する。

 まさか自分が新聞に載るとは思ってもいなかった。

 そんなサムに、さも当然だとことみが言い放った。


「もちろんです! あのろくでなしのアルバート・フレイジュを瞬殺して、ドラゴンと戦い、あのギュンター・イグナーツ様を奥さんにしたんです! 新聞社だって放っておきません!」


 新聞のネタにされていることには驚いたが、それよりも聞き逃せないことをことみの口から聞いた。

 サムとしては、虚偽の記事を訂正せずにはいられない。


「待って! ギュンターは奥さんじゃないから! デタラメですから!」


 一度、真っ赤な嘘を書いた新聞社と話し合わなければならない。

 それこそ魔法を使ってでも、とサムは決意した。



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