29「弟子入りを希望されました」
「……そうなんですか。ギュンター様が奥さんじゃないんですね」
「がっかりしないでほしいんですけど!」
「……僕もがっかりだよ」
「水樹様まで!」
なぜ姉妹が、ギュンターが妻でないとわかると目に見えて落胆するのか理解できない。
奴は隙あらば妻になろうと狙っているので油断ならないのだ。
こんなデマが世間に流れているとなれば、これ幸いと事実だと吹聴する可能性もある。
なんとしてでも悪質なデマを消し去らなければならないと使命感に燃える。
「王都にはサム様とギュンター様を応援する会があるのに」
「なんですか、その悪意ある組織!」
「そんな悪意なんて! ただ純粋におふたりを応援している秘密結社なんです!」
「……新聞社といい、その秘密結社といい、戦わなければならない組織がいるようですね」
本気で敵意を覚えると同時に、異世界にも男性同士がいいという腐ったご婦人たちがいることに戦慄を隠せない。
「ふふふ、サムは良くも悪くも話題だからね。ステラ様ともご婚約したそうだし、凄いじゃないか」
からかうように水樹が笑うので、サムも釣られて苦笑した。
「自分でも驚いていますよ。はじめて王都に来た二ヶ月前にはこんなことになるとは思いませんでしたから」
ウルを亡くし、失意のどん底にいた自分が、まさか再び愛する人と巡り合えるなんて思ってもいなかった。
ウルがいないことは今でも泣きそうになる程寂しいが、リーゼという愛する人がいて、ステラや花蓮という女性たちとも出会った。色々困らせてくれるが、なんだかんだでギュンターとは良い友人だ。
ジョナサンたちウォーカー伯爵家の人たちは、掛け替えのない家族同然の存在だし、デライトとフランの父娘だって大切な人たちだ。
この賑やかで慌ただしい生活は、もうサムにとって変えがたいものになっているので、手放す気はさらさらない。
(――今の生活があるのはウルが導いてくれたからかもしれないな)
亡くなったあとでも導いてくれる師匠に、心から感謝する。
「たった二ヶ月でイベントだらけだね」
「ええ、まったく。おかげであっという間の二ヶ月でした」
瞬く間に過ぎ去った時間が愛おしい。
きっとこれからも慌しくも目まぐるしく、そして楽しい日々が続くのだろう。
「さすがサム様ですね! 普通はこんな短期間で宮廷魔法使いにも、王国最強の座にもなれません。尊敬します!」
「あはははは、ありがとう、ことみちゃん」
「あの、それでですね」
「うん?」
「実は、そんなサム様にお会いできたらお願いしたいことがあったんです」
「俺にできることなら」
サムは大きすぎる魔力のせいでベッドの上にいる時間が多いことみのために、なにかしてあげたいという気持ちになった。
そんなサムに、ことみがはっきりと言った。
「――私が元気になったら弟子にしてください!」
「え?」
「私、魔法使いになりたいんです! お姉ちゃんは剣聖に、私は宮廷魔法使いになって、お父さんの自慢の娘になりたいんです!」
まさか、お願いの内容が弟子入りとは想定していなかった。
(だけど、この子の魔力量を考えたら将来素晴らしい魔法使いになると思うんだよね。その手伝いができるのなら、魔法使いとして俺の方が勉強になるんじゃないかな)
鼻息荒く弟子入りを希望した妹に、水樹が困ったような顔をした。
「ことみったらまたそんなことを言って。そもそも僕は父上の後継者じゃないんだよ」
「違うもん! お姉ちゃんがお弟子さんの中で一番強いのに、どうしてお父さんの後継者になれないの?」
「――それは」
姉が剣聖の後継者じゃないことに不満を持っていた妹の訴えに、姉は言葉を見つけられないようだ。
もしかしたら妹以上に水樹の方が、後継者から外されたことを疑問に思っているのかもしれない。
「木蓮様が私には魔法使いの才能があるって言ってくれました。だから、お願いします!」
ことみの真摯な訴えに、サムは、
「うん、わかりました」
あっさり承諾をしてしまった。
これに驚いたのは水樹だ。
「――っ、やったぁ!」
「え? サム? 本気なのかな?」
「もちろんです。木蓮様がおっしゃったようにことみちゃんには間違いなく魔法使いの才能があります。将来素晴らしい魔法使いになるでしょう。そのお手伝いができるのなら、光栄です」
両手を挙げて喜ぶ言葉に、「ですが」とサムは釘を刺すことを忘れない。
「弟子入りは、まず蔵人様のご許可をちゃんともらってからです。もちろん、ことみちゃんが元気になってからというのも絶対条件ですからね」
「サム、本当にいいのかな?」
「いずれ俺も弟子を取るように言われるでしょうから、ことみちゃんが嫌でなければ願ってもいないことです。ただ、やはり元気になることと、蔵人様のご許可は絶対条件ですけどね」
「――まさか本当にことみを弟子にするなんて」
「将来的に、ですけどね」
まず父親蔵人の許可がでるかもわからないし、ことみが元気になれば、剣聖として剣を学んでほしいという願いもあるかもしれない。
それでもひとりの魔法使いとして、将来有望な少女のために、かつて自分がウルにしてもらったように導いてあげたいと思う。
「必ず許可をもらいます! そうしたら、私がサム様の一番弟子になれますね!」
嬉しそうにすることみに、サムはもちろん、困った顔をしていた水樹もまたつい微笑んでしまうのだった。
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