27「剣聖雨宮蔵人様とお会いしました」③
その後、蔵人と水樹と会話が弾んだサムたち。
花蓮だけが、言葉が少ないこともあって会話にあまり交われず、眠たそうにうつらうつらしている。
気づけば、もう三十分ほど話をしていた。
そのほとんどがリーゼが道場にいたころの思い出話だったが、婚約者の知らなかった一面を知ることができて、サムにとっても嬉しい時間となった。
「――リーゼ、君とこうして話をしているのも楽しいのですが、せっかく道場まで足を運んでくださったのです。久しぶりに、私と手合わせをしませんか?」
不意に訪れた剣聖の提案に、リーゼが目を丸くし、「手合わせ」という単語に花蓮から眠気が消えた。
「もちろん、花蓮殿も歓迎します。先ほどから、私と戦いたいようですし、あまり退屈な思いをさせてしまっても申し訳ありませんから」
「……花蓮様」
「ごめん。でも――お誘いを受けたのなら断る理由がない」
意気揚々と立ち上がった花蓮は、拳と拳をぶつけてにやりと笑う。
相変わらず戦うことが好きな人だ、とサムが嘆息すると、剣聖から声がかけられる。
「サミュエル君はどうしますか?」
「いえ、俺は魔法使いですので、道場の中で戦うにはちょっと」
「リーゼから体術を教わっているのでしょう? 身体強化魔法を使った接近戦もなかなかだと伺っていますよ」
「……あはははは」
サムは誤魔化すように笑った。
魔法を学ぶことは好きだが、花蓮のように誰構わず強い人間と戦いたいというバトルジャンキー的な欲求はない。
必要があれば戦うし、戦うなら容赦も手加減もしないが、不必要に戦うことを望むほど、戦いに飢えているわけではない。
(――それに、この人と戦ったら全力で戦っても勝てないだろうし、いや、全力を超えて戦いたくなるかもしれない)
手合わせを手合わせで終える自信がないのも乗り気でない理由のひとつだった。
そんなサムの心中を察したのか、それとも別の理由があったのか、蔵人はそれ以上誘ってくることはなかった。
「あ、サミュエル君。じゃあ、ことみに会ってくれないかな?」
父の代わりに提案したのは水樹だった。
彼女は三つ編みを揺らしてにこりと微笑む。
「さっそくだけど、僕と妹に日の国の話をしてよ」
「……ことみが喜ぶでしょうね。サミュエル君、ご迷惑でなければ、よろしいでしょうか?」
「喜んでお話しさせていただきます」
断る理由はない。
それに、サムも魔法使いとして魔力が大きすぎる少女のことが気になっていたのだ。
「ありがとう。水樹、サミュエル君をご案内してください。くれぐれも失礼がないように」
「わかったよ。さ、いこう」
「はい。じゃあ、リーゼ様、花蓮様、俺はことみ様にお会いしてきますね」
「ことみ様によろしくね」
「いってらっしゃい」
ふたりに頷き、立ち上がると、水樹と一緒に道場に一礼をして出て行く。
屋敷の廊下を歩き、階段を登っていく。
剣聖の称号を持つだけあって、屋敷は広い。
途中、すれ違うメイドたちも、なんらかの武術の心得があるのか、戦う人間の雰囲気を纏っていた。
「君と会えるなんて妹は喜ぶと思うよ。実は、妹は君のファンなんだ」
「ファンって、そんなどうしてですか?」
歩きながらそんなことを言う水樹に、サムは戸惑った。
ファンができるようなことをした記憶がないのだ。
すると、水樹が苦笑して続けた。
「どこからともなく王都に現れ、あのウルリーケ・シャイト・ウォーカー様の弟子を名乗り、スカイ王国最強の魔法使いからその座を奪い取り、王都を襲おうとした竜とも単身戦った。まるで物語の主人公のようじゃないかい?」
「そんなものですかねぇ。いろいろなことがありすぎて、ここまであっという間でした」
王都に来てから二ヶ月でいろいろなことがあった。
失意のどん底から王都を訪れたが、今となっては亡き師匠の導きだったのかもしれないと思う。
おかげで、愛する人、家族、友人と出会うことができたのだ。
「僕は少しだけ君のことが羨ましいや」
「水樹様?」
「僕は、この道場で剣術を教えていく将来が決まっているからね。後継者が僕以外の人間になっても、僕のすべきことは変わらない。それって、それ以外の選択肢がなかったってことでもあるよね」
「将来に疑問があるんですか?」
サムの問いかけに水樹は否定するように首を横に振った。
「あ、誤解させちゃったね。剣術は好きだし、師範という立場に誇りもあるよ。なんだかんだいって、僕は剣術を誰かに教えるのが好きなんだ。でも――幼い頃から剣だけだったから、ちょっと違う未来を考えてしまうことがあるんだ」
(もしかして、剣聖の後継者じゃないことに、思うことがあるのかな?)
口には出せなかったが、そんなことを思った。
リーゼ曰く、剣聖の弟子の中で一番の使い手は水樹だという。
ならばなぜ、彼女が後継者候補から外されているのかわからない。
おそらく、その疑問は水樹自身も抱いている可能性がある。
父と娘の関係が良好なだけに、その疑問も大きいのかもしれない。
「俺は水樹様が羨ましいですよ」
「僕が?」
「俺には剣術の才能がまるでないですから」
「そうらしいね。聞いた話だと、構えることもできないんだっけ?」
「一応、構えることはできますが、そのあとですっぽ抜けます」
肩をすくめてそう言うサムに、水樹は面白そうに笑った。
「あはははは。それは見てみたいなぁ。ある意味才能があるんじゃないかな?」
「残念ながら笑いのネタにしかならないみたいです」
先ほど少しだけ暗い表情をした水樹が、声をあげて笑ってくれていることにサムは安堵した。
家の事情にそう易々と関われるものではないし、デリケートな話に足を踏み入れていいのか困る。
話題を変えるように、他愛ない話を続けながら、サムは水樹と屋敷の中を移動するのだった。
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