26「剣聖雨宮蔵人様とお会いしました」②
「剣は続けてください。自分の身を守ることはもちろんですが、愛する人を守るために武力が必要なこともありますからね」
「はい。精進します」
「――しかし、剣だけでは解決しないことのほうが生きていれば多いのも事実です。それを忘れることなきように」
「はい」
剣聖の言葉に真摯に頷くリーゼを見て、彼が満足そうな顔をした。
「ならばよかった。祝事の報告にきてくれたのに、説教じみたことを言ってしまい申し訳ありません。お節介はこのくらいにして、最後にサミュエル・シャイト君」
「はい」
「リーゼは私にとって大切な弟子であると同時に、娘のようなかわいい存在です。どうか幸せにしてあげてください」
「命をかけて幸せにします」
はっきりとそう告げたサムに、リーゼは瞳を潤ませ、蔵人は深く笑みを浮かべ頷いた。
「君は素直ないい子ですね。リーゼは幸せになるでしょう。正式な発表などは何時ごろを予定していますか?」
剣聖の疑問に、サムとリーゼが顔を見合わせる。
「サムが成人してから――秋頃の予定です」
「楽しみですね。そういえば、ステラ様ともご婚約したと陛下から聞き及んでいますが?」
「あー、それは、その」
サムが気まずそうな顔をした。
娘同然に思っていると言った剣聖に婚約の報告をしにきたのに、実はもうひとり婚約していました、というのはなにかと居心地が悪い。
それでなくとも、見合い相手の花蓮をこの場に連れてきているので、サムは嫌な汗を額に浮かべてしまう。
「いえ、責めているのではありません。君は立場がある。婚約者が複数人いても、問題はないでしょう。陛下から、婚約に至った経緯も聞いています。ステラ様はなにかとご苦労の多い方でしたので、どうか、リーゼと一緒に幸せにしてあげてください」
「努力します」
サムに言えるのはそれだけだった。
まだ知り合って間もないステラとの関係は、そう深いものではない。
なぜステラが自分と結婚することに承諾したのは、その本意はまだわからない。
しかし、まずお互いを知るために手紙のやりとりを始めたばかりだ。
幸い、成人するまで時間はある。
それまでにステラとの距離が縮まり、彼女が本当に自分でいいと思ってくれているのかを知りたい。
サムも、彼女のことを知りたいし、知ってほしいと思っている。
まずは友達から――というわけではないが、少し時間をかけたかった。
「確か、花蓮殿とも先日お見合いをしたそうですね。せっかくですから、水樹ともお見合いをしますか?」
「か、勘弁してください」
「こら! サム! その言い方では水樹に失礼よ!」
「あははは。僕は気にしないよ。にしても、父上。少しサミュエル君をからかいすぎですよ」
「おっと失礼しました。肩の力が抜ければいいと気さくな冗談を言ったつもりだったのですが」
(全然笑えないから!)
水樹が嫌とかそうではなく、これ以上お見合いしたりするのは望まない。
貴族として、宮廷魔法使いとして、と言われてしまうかもしれないが、元日本人の感覚をまだ持っているサムにとっては、展開についていけないのだ。
リーゼと愛を育みながら、少しずつこの世界の習わしに慣れていきたい。
「まったく父上は……そういえば、父上。サミュエル君は、日の国にも行ったことがあるそうだよ」
「ほう。それはそれは、よくあの遠い島国まで足を伸ばしましたね」
サムが困った顔をしたのを見かねてか、水樹が話題を変えてくれた。
その甲斐あって、蔵人の興味は日の国へ移動したようだ。
彼は日の国出身であるからだろう。
サムは水樹に小さく頭を下げると、彼女は苦笑して頷いてくれた。
「鎖国的な国だったので大変だったでしょう」
「ええ、ですが、最後はみなさんよくしてくださいました」
「日の国にはどのような要件で? 剣術を学びにでしょうか?」
「炎の魔法を学びにいきました」
なるほど、と蔵人が納得する。
「日の国は剣術と炎の魔法が盛んですからね。よい勉強になったでしょう?」
「多くのことを学ばせていただきました」
魔法を学び、日の国の剣士たちの恐ろしさを嫌と言うほど知った日々だった。
日の国は蔵人の言う通り、閉鎖的な国だった。
異国の人間であるサムとウルに興味がないわけではないが、関わろうとはしない、そんな感じだった。
しかし、ウルが持ち前のマイペースさを発揮し、現地の人たちと交流を深め、気づけば友人となり、魔法を学び、戦い、笑い合った。
今でも忘れることのできない思い出が鮮明に脳裏に焼き付いている。
「よろしければ、水樹ともうひとりの娘のことみに日の国の話をしてあげてくれませんか? ふたりとも、私の故郷に行ってみたいと言ってくれているのですが、なかなか機会に恵まれません。私も役職があるためおいそれと国を離れることができず、だからといって娘だけで行かせるには心配でしてね――ははは、親馬鹿だと笑ってください」
「スカイ王国からだと長旅になりますからね。ご心配もわかります」
大陸を東に移動し、海まで渡らなければならないのだから結構な距離がある。
日の国は文化もそうだが、モンスターまで大陸では見られないものばかりだ。
日本の知識でいうところの、妖怪が平気で存在し跋扈しているのだから、それだけで恐ろしい国である。
剣術に優れていたとしても、娘だけがそんな国に行こうとするのは親として心配なのだろう。
「あの、蔵人様。ことみ様のご容態はいかがですか?」
(――そういえば、体が弱いって言ってたよね)
リーゼが心配そうな声で尋ねたので、先ほどの蔵人の言葉を思い出した。
木蓮に見てもらっているとも言っていたし、知己であろうリーゼが心配するのも無理はない。
「ことみのことを気にかけてくれてありがとう。最近は、体が成長したおかげで前ほどか弱いわけではないのです。時には道場で素振りをするくらい元気な日もあるんですよ」
「お元気になっていたのですね――よかった」
リーゼに安堵が浮かぶ。
ここにはいないもうひとりの剣聖の娘のことを案じていたのがよくわかった。
「ことみはリーゼのことを慕っていたからね、よければ後で会ってあげてほしい」
「喜んでお会いさせていただきます」
「――ああ、すまないね、サミュエル君。君は知らないと思いますが、次女のことみは体が弱いのです。いや、その言い方は少し違うかもしれませんね」
「どういうことでしょうか?」
サムの疑問に、水樹とリーゼは顔を曇らせ、蔵人は少し悲しげに返事をした。
「ことみはまだ十二歳と幼いのですが、魔力はとても大きいのですよ。その魔力に体がついていけないようです」
「魔力が多い子によくありますね」
「そうですね。病気ではないので安心はしているのですが、それでも年頃の子供が遊ぶことができずにベッドの上で寝てばかりの日々なのは、親としても堪えるもがあります」
「心中お察しします」
「ありがとう。しかし、先ほども言ったように、体が成長したおかげで前よりも元気なったのでほっとしているんですよ。木蓮殿に魔力の使い方を教わってもいるので、体への負担も減ったようですしね」
剣聖の次女ことみの体質はサムもよく知っていた。
魔力量の多い子供によく見られる。
解決策はなく、魔力が体に馴染むのを成長と一緒に待つしかない。
幸いというべきか、命に関わる病などではなく、幼少期だけに現れるものだ。
サムは経験したことがないが、ときには体が痛んだり、熱を出したりするらしい。
もともと魔力量の多い人間が少ないこの世界では珍しいことだ。
だが、この症状が現れる人間は例外なく魔法の才能に満ち溢れているという。
「ことみは剣の才能もあるんだけど、木蓮様曰く、魔法の才能もあるみたいなんだ」
「身内贔屓と笑われてしまうかもしれませんが、水樹の言う通り、ことみには剣術と魔法の才能があります。そして、その身に宿す魔力量……実に将来が楽しみな子です」
水樹と一緒ににこやかに笑う蔵人の姿に、ことみが家族からとても愛されているのを感じるのだった。
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