20「花蓮様とお見合いです」④




 紫・木蓮と紫・花蓮は、お見合いを終えて帰路の馬車の中で祖母と孫の会話をしていた。

 もちろん、話題はサムのことだ。


「サミュエル殿はどうでしたか?」

「ん。いい人だと思う。お見合いには困っているみたいだったけど、ちゃんと先のことまで考えてくれていた。誠実だと思う」

「まあまあ、珍しく殿方を気に入ってくれたようで祖母はほっとしています」

「でも、まだ強さを見せてもらっていない」


 あくまでも強さに拘ろうとする孫娘に、木蓮は嘆息した。


「あなたはアルバート・フレイジュを弱いと言いますが、彼は強かった。それは間違いありません」

「私の求める強さは、あいつとは違う。どちらかといえば、デライト・シナトラ様のほうが強かったと思う。あいつは押しが強いだけ。技術もなにもない。ただの火力馬鹿。あれを王国最強にした陛下も馬鹿」

「おやめなさい。まったく……確かにデライト殿も素晴らしい魔法使いでしたがお互い合意で決闘した上での敗北だったのですから仕方がありません」


 花蓮にとって元王国最強の魔法使いアルバートは本当の意味で最強ではなかった。

 一度、戦場でアルバートの戦い方を見たことがあるが、分不相応な力を持つ子供が弱者を甚振るような戦い方をするので不快感を覚えたことがある。

 パワータイプの魔法使いを否定する事はしない。どちらかといえば花蓮もパワータイプだ。

 だが、あんな弱い者いじめのような、技術もなにもない戦い方はしない。

 アルバートよりもデライトのほうがよほど最強の名にふさわしい戦い方をしていたと記憶している。


「火力だけで強いと決めるなら、ウルリーケ・シャイト・ウォーカーを王国最強にすればよかった」


 孫の言葉に、木蓮は眉を潜めた。


「ウルリーケ殿はそれらの称号に興味のない方でしたからね。――ご病気だったことも原因でしょうが」


 木蓮はウルが不治の病にかかっていることを知っていた数少ない人間だ。

 治療方法を探していたウルが、医者の次に頼ったのが、王国で一番の回復魔法使いである木蓮だった。

 しかし、不治の病を治すすべは木蓮にもなかった。


 決して病気であることを口外しない約束を交わしてから、しばらくしてウルが出奔した。

 死に場所を求めていたのかと思ったが、彼女はすばらしい弟子と出会い、すべてを託すことができたという。

 同じ魔法使いとして羨ましい限りだ。

 木蓮は花蓮という後継者がいるが、すべてを継承することは難しいだろうと思っている。


 花蓮が悪いと言うわけではなく、単純に孫と自分の魔法使いとしてのあり方が違うのだ。

 これは家族だろうと関係ない。

 ひとりひとりの人間の個性のように、魔法にも個性がでる。それだけの違いだ。

 だが、ウルは自分と波長の合うサムと出会えた。

 これは奇跡のようなものだ。もしくは、ふたりが出会うのが運命だったのか。


「以前、喧嘩を売って叩きのめされたときには、まさか病気だと思わなかった」

「花蓮ったら、そんなことをしていたのですか?」


 我が孫ながら、喧嘩っ早いところが悩みの種だ。

 優れた魔法使いであるが、まだまだ精神的に未熟な面が目立つ。

 祖母としては、良き伴侶と巡り合い、もっと落ち着いてほしいと思うばかりだ。


「まともに魔法を使ってもらえず、身体強化魔法だけでこてんぱんにされたのはいい思い出。彼女が死んだのは、この国の宝が失われたのと同じ」

「ですが、彼女にはすべてを受け継ぐ弟子がいます」

「うん。だから、お見合いには乗り気になれなかったけど、サミュエル・シャイトと会ってみた。想像以上だった。会ってよかった」


 普段から感情が顔に出にくい孫娘が、ほんのりと頬を赤らめて興奮しているのがわかると、木蓮は意外と好反応ではないかと期待する。


「感じ取れる魔力だけでもわたしより上。しかも、スキル持ちだと聞いている。実際に戦ったらどうなるのか――考えただけでわくわくする」


 花蓮はサムと戦ってみたくて挑発したものの、乗ってくれなかった。

 失礼な言動はしたが、実際は、竜と戦ったサムを尊敬していた。

 戦いが得意である花蓮だが、竜と戦えと言われたら恐怖を覚えるだろう。

 サムは実際に戦い、互角に戦ったと聞く。その上で、倒すのではなく、会話をし、和解したという。


 戦って勝つ以外に解決方法を見出したサムを素直に、花蓮は感心していた。

 自分では真似できなかっただろう。

 なによりも、竜と対等に戦えたゆえに、会話が成立したのだと思う。

 竜よりも弱かったら、話など聞いてもらえなかったはずだ。


「何度も釘を刺しておきますが、無闇に戦ってはダメですよ」

「ぶー」

「私も、孫が両断された挙句、灰になってしまうことは望みません。とはいえ、このままですとあなたはサミュエル殿に素直に嫁ぎはしないのでしょう?」

「うん」

「頭が痛いですね。どうしたらいいのでしょうか」


 できることなら花蓮はサムに嫁いでほしい。

 よくも悪くも真っ直ぐすぎる孫娘が利用されずに、ありのままでいられる相手というのは少ない。

 宮廷魔法使いの祖母を持つだけでも色眼鏡で見られることも多く、そのせいで下心のある人間が近づいてきたことも何度もあった。


 本人があまり気にしていないのが幸いだが、結婚という人生最大ともいえるイベントを、できることなら成功させてあげたいし、幸せになってほしい。

 花蓮もサムが自分以上の実力者だとわかっているのだろう。その上で、その身をもって試したいと思っているのだから質が悪い。

 バトルジャンキー気味の孫娘に思わず苦笑と嘆息が漏れてしまう。


「心配しないでお婆様。サミュエルが強いのはわかっているから、しばらく観察してみる」

「観察ですか?」

「できれば戦いたいけど、駄目なら観察するだけでもいい。わたしが思っている強さを持っているのなら――喜んで結婚する」


 なんとなく孫娘がしようとしていることを察した木蓮は、これから迷惑をかけるだろう人物に内心謝罪した。


「あまりウォーカー伯爵にご迷惑をかけてはいけませんよ。あの方、最近胃薬を常用しているようですから」

「ん」


 花蓮がサムへ予想以上に興味を持ってくれたことに、今回のお見合いは成功だったと木蓮は手応えを感じるのだった。



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