19「花蓮様とお見合いです」③




「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「そんなにため息を盛大につかれるとわたしも傷つく」

「あ、すみません。別に花蓮様がどうこうではなく、実はですね、俺にはリーゼロッテ・ウォーカー様とステラ・アイル・スカイ様とも婚約していまして」

「知ってる」

「まだ未成年で、宮廷魔法使いになったばかりなのに、奥さんを増やしてばかりでいいのかなと悩んでいるんです」

「……ハーレム希望じゃないの?」

「違いますよ! そんな誤解されていたんですか、俺!?」


 なんて酷い誤解をされているんだ、とサムは肩を落とす。


(まあ、リーゼ様に続いてステラ様と婚約したのに、今日花蓮様と会っているんだからハーレム願望があると誤解されても仕方がないのかもしれないけど――俺は潔白だ!)


 リーゼが誤解していないことを幸いと思うべきだろう。

 彼女に、ハーレム願望野郎などと思われていたら、絶望してしまう。


「君がハーレム願望を持っていても、持っていなくてもどちらでもいい。わたしと君は結婚するかわからないし。今のところ未定。でも」

「でも、なんですか?」

「君がわたしに強さを示してくれたのなら、応じるつもりはある」

「強さを示す、ですか……一応、聞いておきますけど」

「なに?」

「その、俺に他の奥さんがいても強ささえ示せばいいってことですか?」

「うん。一夫多妻は貴族じゃ珍しくないから気にしない。お父様も奥さんは三人いる」


 貴族の男性に複数人の妻がいるのはやはり珍しくないようだ。

 サムの一番よく知る貴族といえば、ジョナサン・ウォーカー伯爵だが、彼は妻はグレイスのひとりしかいない。

 リーゼたち曰く、グレイスはとても嫉妬深いらしく、側室をよしとしなかったという。

 それ以上に、ジョナサンがグレイスに入れ込んでいることもあって、他の女性に目がいかなかったというのもあるらしい。

 ふたりはちゃんと恋愛し、お付き合いを経て、結婚に至った珍しい貴族でもある。


「わたしが望むことは、優れた魔法使いと結婚して優秀な魔法使いの子供を残すことだけ」

「…………」


 花蓮の言葉を聞き、サムは問わないといけないと思った。


「あなたと結婚するかどうかは俺の方でも未定ですが、聞いておきたいことがあります」

「ん」

「もし、俺たちが結婚して、将来的に子供ができたとします。その子に魔法の才能がなかったらどうするんですか?」


 結婚するしないの問題以前に問わずにはいられなかった。

 リーゼのことはよく知っているので、平凡な子が生まれてきても何事もなく愛してくれることはわかる。

 ただ、花蓮のように魔法使いとして、戦闘者として優れている彼女が、子供に才能がなかった場合どうするのか不安に思った。


 かつてサムは剣の才能がないというだけで不遇な扱いを受けたことがある。

 サム自身は辛いとは思わなかったが、扱いに腹が立つのは事実だった。

 お世辞にも褒められないラインバッハ家の人間たちのような人間と花蓮が同じであれば、この場で席を立つつもりだ。


「――考えたこともなかった」

「考えるべきですよ。望んだような子が必ず生まれるわけではないのですから」

「うーん」


 腕を組み、考える仕草をする花蓮は、しばらくして口を開いた。


「それはないと思う。紫一族は、例外なく魔法の才能を持った子供が生まれてくる」

「でも、最初の例外があなたの子供の可能性がありますし、魔法の才能があっても、優れているとは限りません。そんな子供を、あなたはちゃんと愛することができるんですか?」

「……おもしろいことを聞く。親が我が子を愛することは自然なこと。むしろ、愛せない人間はどこか欠陥があると思う」


 人間としてどうかと思うのは同感だ。

 しかし、サムは望み通りに生まれてこなかった子供を愛さなかった親を知っている。


「でも、あなたは優れた魔法使いの子供を求めているのでしょう?」

「それが第一希望。でも、わたしの希望通りになるなんて思っていない。世の中は理不尽で意地悪だ。君の言うように、わたしの子供が魔法を使えない可能性はある。でも、それなら体術を仕込むし、剣を学ばせたっていい。元気ならそれで嬉しい」

「……失礼しました。てっきり俺は……花蓮様を誤解していたようです」


 花蓮のはっきりした言葉を受け、サムは少々敏感に反応していたと自覚し謝罪する。

 そんなサムに気にしていないと彼女は首を横に振った。


「――ん。でも、意外だった」

「なにがですか?」

「君はお見合いに乗り気でないと言っていたのに、子供ができたことを想定して話をしていたから」

「いえ、あの、それは、なんといいますか」

「冗談。君が剣の才能がないせいで実家でいい思いをしなかったことを知ってる。だから、気になったんでしょ?」

「はい」

「結婚するかわからないけど、君が優しい人でよかったと思う」


 そう言って花蓮は微笑んだ。

 はっきりと表情が変わった彼女を初めて見たサムは、思わず息を飲む。

 無表情を貫き通していた花蓮は、笑うととてもかわいらしかったのだ。

 彼女の笑顔に一瞬とはいえ目を奪われてしまったことを誤魔化すように、咳払いをすると、サムは話題を変えた。


「さて、これからどうしますか?」

「お腹へった」

「そろそろお昼ですからね。せっかく高級レストランにいるんですから、なにか頼みましょう」

「ん」


 無表情に戻りながらも頷いた花蓮はどこか食事を楽しみにしている、そんな顔をしている気がした。

 サムは呼び鈴を鳴らすと、花蓮と一緒に食事を注文する。

 貴族御用達の高級人気店だけあって、料理はどれも絶品だった。


 花蓮とは結婚するかわからないし、サムも乗り気ではなかったが、他愛ない会話を重ねていくと、彼女と話があうことがわかった。

 感情が表に出にくく、言葉にもあまり感情の篭らない花蓮であるが、しばらくすると彼女の感情を読み取れるようになった。


 会話ははずみ、あっという間にお見合いの時間は終わった。

 花蓮が健啖であること、魔法と体術を日々努力していること、祖母への不満や憧れ、そんな話を聞きながら楽しい時間を過ごせた。

 少しだけ、本当に少しだけ、花蓮ともう少し話していたかったなと思ってしまう。

 わずかな名残惜しさを覚えながら、お見合いは無事に終わったのだった。




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