18「花蓮様とお見合いです」②



「……まったく。申し訳ありません。花蓮はこんな子なのです」


 孫を持て余し気味の木蓮が困った顔している隣で、花蓮が真っ直ぐ見つめていたサムに声をかけてくる。


「サミュエル・シャイト」

「はい」

「君はスカイ王国最強の魔法使いの座を手に入れたようだけど、アルバート程度の男を倒すくらい、わたしでもできた」

「はぁ」

「戦う価値のない人間だったから戦わなかっただけ」

「おやめなさい花蓮」

「でも」

「おやめなさい。サミュエル殿に失礼です」

「……わかった」


 顔色を動かず、サムを挑発した花蓮を木蓮が嗜める。

 祖母の口調が強くなったので、花蓮は渋々口を閉じた。


「サミュエル殿、お気を悪くしないでくださると助かります」

「いいえ、気にしてません」

「花蓮は回復魔法に長けた魔法使いでありながら、体術を得意としています。そのせいか少々男勝りな一面がありますが、いい子ですよ」


 孫の失言を庇うように必死になる木蓮。

 しかし、花蓮が再び口を開く。


「わたしより弱い人間に興味がない」

「……花蓮」

「お婆様、言わせてほしい」


 祖母のフォローを台無しにする花蓮のせいで、困った顔をする木蓮を見兼ねてサムが助け舟を出す。


「俺に気を使うことなんてありません。仰りたいことを遠慮なくおっしゃってください」

「じゃあ、遠慮なく。君は、子供としては強いかもしれない。竜と戦えたことも見事だと思う。それでも、所詮魔法使いでしかない」

「えっと、つまり?」

「魔法使いなんて詠唱させなければいい」

「仰る通りです」

「――え?」

「え?」


 花蓮の意見を肯定すると、逆に彼女が驚いた声を出し、はじめて顔色が変わった。


「意外。てっきりムキになって反論すると思っていた」

「ムキになんてなりませんよ。それに、花蓮様の言うことだって間違っていません。魔法使いには魔法を使わせなければいい。先手さえとってしまえば、どうとでもなります。それが魔法使いの弱点です」

「うん。その通り」

「だから俺も魔法に頼りすぎないようにしています。魔法を使うにしても、無詠唱を、体術も勉強しています」

「ふうん」

「花蓮様がどれほどの実力を持っているか知りませんが、尊敬する師匠であるウルが育て、リーゼ様が鍛えてくれた俺を、ただの魔法使いだと舐めない方がいいですよ」

「――へぇ」


 花蓮の言うことは間違いではない。

 魔法使いと戦うなら、まず魔法を使うことを妨害すればいいのだ。

 それを知っているからこそ、サムは体術を学び、無詠唱を癖のように使う。

 スキルも持っているので、魔法に頼らずとも戦えるが、その場合は例外なく命のやりとりになってしまうので、普段は使用を控えている。

 それでも、ウルとリーゼのおかげで強くなった自負があるサムは、初対面の人間がどれほどの実力であろうと、負けるわけにはいかない――と、安い挑発に乗りつつあった。


「やめなさい、サム」

「そこまでです、花蓮」


 もう一言、二言あれば、椅子から立ち上がろうとしていたサムに、ジョナサンが待ったをかける。

 花蓮も祖母に睨まれた。


「……旦那様」

「サム、お前らしくない」

「も、申し訳ありません」


 ジョナサンに窘められて、冷静を取り戻したサムは、肩の力を抜く。


「花蓮、挑発するのはおやめなさい。あなたのしたいことはわかっています。サミュエル殿をわざと怒らせて戦ってみたいのでしょうが、そうはさせませんよ」

「――ち」

「サミュエル殿、孫に代わって謝罪します。花蓮も本気であなたを軽んじたわけではなりません。お恥ずかしい話ですが、この子には強い人間と戦いたくなるという困った悪癖があるのです」


(やべ。もうちょっとで挑発に乗るところだったぁあああああああ!)


 初対面にもかかわらず、攻撃的な態度だった花蓮についイラッとしてしまっていた。

 もう少しで花蓮の思惑通り、戦うことになっていたかと思うと、嫌な汗が流れる。

 見合いをしにきたのに決闘などしたら、木蓮とジョナサンの顔に泥を塗ることになっていただろう。


「もうちょっとだったのに、残念」


 悪びれもなくしれっとそんなことを言う花蓮に、ちょっとだけイラッとする。

 深呼吸して、冷静になるよう務めると、なんでもないと笑顔を浮かべて見せた。


「……は、ははは、木蓮殿のお孫殿はずいぶんとお元気なようですね。い、胃が」

「お恥ずかしい限りです。こんな子ですから、男性との縁にも恵まれません。よいお話をもらっても、まず戦って相手の実力を確かめたがるので何度失敗したことか」

「わたしより強くない人とは結婚したくない」

「なので、サミュエル殿ならと思ったのです。孫娘をおしつけ――ではなかった、託してみようかと」

「今、押し付けようって言いかけましたよね!?」


 聞き逃せないことを耳にしたサムが、大きな声をあげるも、木蓮はなんのことやらと首を傾げて見せた。


「――はて? 気のせいですよ」


(このババァっ!)


 内心毒づくサムに、「おほほほ」と木蓮が微笑んだ。


「さて、盛り上がってきたようですし、そろそろ年寄りは失礼し、若い方だけにしましょう」

「盛り上がってなんてないんですけど!」

「さ、ウォーカー伯爵。別室にて昼食を用意してもらっていますので、そちらへどうぞ」


 やや強引にお見合いを進めていこうとする木蓮に、サムが突っ込むもスルーされてしまう。

 助けを求めようとジョナサンと視線を合わすも、


「――サム」

「旦那様」

「……頑張りなさい」


 ぽん、と肩を叩くと、木蓮と一緒に立ち上がり、部屋から出ていってしまう。


(旦那様ぁあああああああああああああ!?)


 まさかの裏切りにサムは心の中で絶叫した。



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