21「花蓮様が屋敷に来ました」




「というわけで来た」

「どういうわけですかっ!?」


 お見合いを終えた翌日。

 ウォーカー伯爵家の玄関の前で、藍色の衣服に身を包み、荷物を抱えた花蓮がいた。

 彼女は荷物を地面に下ろすと、サムに小さく頭を下げる。


「まず、昨日君に失礼なことを言ったのを謝罪したい。ごめんなさい」

「あ、いえ」

「できればあの挑発に乗って戦ってくれたら話は早かったんだけど、そうならなかったから直接確かめに来た」

「確かめるって、なにをですか?」

「君の本当の強さ」


 見合いのときの話はまだ続いていたんだ、とため息をついた。

 花蓮はいい人だと思う。

 サムも彼女が嫌いではなかった。

 バトルジャンキーな感じはするが、真っ直ぐな性格は好ましく思う。

 だが、サムの中では先日のお見合いの後、なにも連絡がなかったので話は流れたものだと思っていたのだ。


(まさか、直接やってくるなんて……しかも、この人荷物まで持ってきて、絶対に住む気だ)


「そ、そう言われても」

「ウォーカー伯爵には許可をもらったから大丈夫」

「え? 許可が出てるんですか!?」

「うん」

「……なんでそんなことに……いえ、驚きましたが、それ以前にもうちょっと考えて行動してほしいかなって思うんですけど」

「ん?」


 サムの言いたいことをよくわかっていないような花蓮が無表情で首を傾げる。


「あのですね、婚約者の家にお世話になっているのに、そこに女性が来るとか、前代未聞じゃないですか」

「大丈夫。わたしは気にしない」

「俺が気にするんだよ!」


 ついに我慢できずに声を荒らげてしまった。

 そんなサムの背後から聴き慣れた声が届く。


「サム?」

「――ひぃ、リーゼ様! ごめんなさい!」


 声の主は、最近スカートを履くようになったリーゼだ。

 以前のパンツルックの彼女も好きだったが、ベージュのスカートと白いブラウスをシンプルに身につける彼女も魅力的だった。

 そんなリーゼに反射的に謝ってしまうサムに、彼女は不思議そうな顔をした。


「なにを謝っているの? あら、そちらはもしかして紫・花蓮様?」

「そう」

「お待ちしていました。紫・花蓮様。私は、リーゼロッテ・ウォーカーです。サムの婚約者ですわ」


 サムの前に出て、握手を求めるリーゼ。

 花蓮は彼女の手を握る。


「よろしく。わたしはサムの婚約者じゃないけど、あなたとは仲良くしたい」

「もちろんですわ。私も花蓮様と仲良くしたいと思っていました」

「花蓮でいい」

「え?」

「あなたのほうが年上だから、花蓮と呼んでほしい」

「わかりました、花蓮。私のことも、どうかリーゼとお呼びください」

「うん。よろしく、リーゼ」


 握手と自己紹介を終えたふたりに険悪な様子がないことにサムはほっとする。

 むしろ、親しげに会話していることが不思議だった。


「では、お部屋に案内するわね」

「よろしく」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 自分を置いてきぼりに話が進んでいくことに慌ててサムが待ったをかける。


「どうしたの?」

「リーゼ様は花蓮様がお屋敷に来ることを知っていたんですか?」

「それはもちろ――あ」

「あ、ってなんですか?」

「ごめんなさい、伝えるのを忘れていたわ。ほら、昨晩花蓮のことを言おうと思っていたのだけど、あっちが盛り上がってしまったからつい」

「あー、はい、すみません。俺が悪かったですね」


 昨晩、話があるとリーゼが言っていた気がするが、そんな彼女を抱きしめ、話は後にしようと提案したのは他ならぬサムだった。

 その後、盛り上がってしまい、気づけば真夜中。

 お互いに気力体力を使い果たし、抱き合ったまま朝までぐっすりだった。


(うん。俺のせいだね!)


「婚約者との仲が良好でなにより」

「そこに反応しなくていいから!」


 表情を動かさず親指を立ててくる花蓮に、サムが羞恥を覚えて叫ぶ。


「ふふふ。でも、よかったわ」

「リーゼ様?」

「花蓮は思っていたよりもいい方ね。それに、サムとも仲がよさそうで安心したわ」


 サムと花蓮のやりとりを見て、おかしそうにリーゼが笑う。


「花蓮は素直そうな子じゃない」

「いい人だとは思いますが」

「強い人と結婚したいと思うくらいかわいらしいものよ。女性の中には、相手に求める条件が厳しすぎる人だっているのだから。長男で跡取り、親はまとも、資産は遊んで暮らせるほどある、酷い人なんて浮気しても怒らない、なんて条件を出す人もいるのよ」

「……女性は怖いです」

「それに比べたら、強い人と結婚したいなんて些細なことよ。それに、サムは強いじゃない。少し一緒に暮らせば、花蓮もすぐに婚約者の仲間入りね」

「はぁ」


 なぜか花蓮が婚約者になることを疑っていないリーゼに、サムは首を傾げるばかりだ。

 ただ、かわいい婚約者がご機嫌なところに水を差すつもりはないので黙っていることにした。

 そうこうしている内に、リーゼが花蓮の荷物を手に取る。


「さ、花蓮、サム、いきましょう。今日は花蓮の歓迎会よ」

「うん。ありがと」


 リーゼに連れられて花蓮が屋敷の中に入ってく。

 そんなふたりの背中を見送りながら、サムは腕を組み「うーん」と唸る。


「……今回はリーゼ様嫉妬しないんだ。ステラ様のときは嫉妬したのに。自分が知らないところで婚約者が増えたのが嫌だったのかな? 嫉妬してほしかったような、ほっとしたような、このモヤモヤはどうすればいいんだろう?」


 婚約者のかわいい反応を見逃したことを嘆くべきか、嫉妬されなかったことを安堵すべきか、サムは悩むが結局答えはでることがなかった。


(女心は複雑だ)


 サムは荷物を運ぶのを手伝うべく、彼女たちを追った。


 余談だが、後日、どこぞの公爵家の変態跡取りが「ずるいじゃないか! 僕も一緒に暮らす!」と屋敷に乗り込んで駄々をこねることになるのだが、それはまた別のお話。



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