38「リーゼ様に告白されました」




「サム、ちょっといいかしら?」


 決闘からはじまり、竜の襲来まで一日にいろいろありすぎたその日の夜。

 サムの部屋をリーゼが訪ねて来た。


「もちろんです。部屋の中にどうぞ」


 寝巻きを身につけ、うっすらとだけ化粧をしているように見えたリーゼが「ありがとう」と小さく微笑み、部屋の中に入る。


「よければお茶でも」

「突然訪ねて来たのに、ごめんなさい」

「お気になさらないでください」


 椅子に座ってもらい、手際良くお茶の支度をする。

 サムもまだ寝付けなかったので、ちょうどお茶を飲もうとしていたのだ。

 最近は、ウルの残した魔法書を読むのが日課だったが、今日は少し疲れていたので、ページを開いてもいない。


「あら、不思議な香りね」

「東方の、日の国のお茶です」


 ティーカップに薄い緑色の液体を注いでいく。

 落ち着きのある香りが部屋の中に漂い、サムたちの鼻腔をくすぐった。


「どうぞ」

「ありがとう」


 ふたりは言葉なくお茶を飲んだ。


(どうしたんだろ、リーゼ様? ちょっと緊張しているようにも思えるんだけど……まあ、緊張しているのは俺も同じかな。年頃の女性がひとりで部屋に、ちょっとどころかかなり緊張するよ)


 サムだって男だ。

 リーゼのような美女が、無防備な姿で部屋を訪れれば緊張だってする。

 とくにリーゼは普段から距離が近いため、異性としてつい意識してしまう。

 とはいえ、家族同然のリーゼに邪な気持ちを抱くのは申し訳ない。

 あくまでも弟として、弟子として、平静を装う。


「紅茶とは違った味わいだけど、美味しいわね。これ、好きよ」

「お口にあって良かったです。俺もお茶は好きなんです」


 前世――日本ではあまり口をしなかったお茶だが、こうして異世界で飲めるとどこか懐かしさを覚える。

 元の世界に戻りたいなんて気持ちも未練もないが、前世で口にしたものが、異世界でも手に入るのはなかなか不思議な経験だ。


「あの、ところで、なにか御用でしたか?」

「昼間はいろいろあったからちゃんと話をしたいなと思って。迷惑だったかしら?」

「そんなことありません。俺もリーゼ様とお話ししたかったですから」

「あら、嬉しい。サム――改めて、宮廷魔法使いの地位と、最強の座を手に入れたこと、おめでとう」

「ありがとうございます」


 接近戦の師匠であるリーゼから褒められるとくすぐったさを覚える。


「でも、とても心配したわ」

「ご心配おかけしました」

「サムが私との訓練でスキルを使わないことがずっと不思議だったのだけど、あれを見たら納得よ。あえて使わなかったのね」

「はい。俺のスキルは危険です。以前はそれほどではなかったんですが、攻撃魔法と併用して使っていたら凶悪なものになっちゃって。普段の戦いでもおいそれと使えませんよ」

「そうよね。私もアルバートみたいに真っ二つにはなりたくないわ。でも、勝ってくれてよかった。正直、やりすぎという声もあったわ。でも、サムが無事なら、アルバートなんてどうでもいいわ」


 確かにやりすぎだという声もあることは覚悟していた。

 すべてを予想した上で、サムはすべての憂いを断つためにアルバートを殺したのだ。

 生かしておいても害しかないと思っていたし、生かしておいても敗北した奴がどんな馬鹿な行動をするのかも不明だった。

 命を奪っておけば、あとになって「殺しておけばよかった」という後悔をせずに済む。


「でも、まさかその後に竜と戦うとは思いもしなかったわね」

「本当です。しかも、アルバートのせいですからね」

「本当に碌なことをしない男だったわ。でも、そのおかげでひとつだけ、わかったことがあるの」

「わかったこと、ですか? えっと、それはなんでしょうか?」

「それはね、私の気持ちよ」

「リーゼ様のお気持ちですか?」


 彼女の言わんとしていることが理解できず、サムは首を傾げる。

 そんなサムに、リーゼは言葉を続けた。


「私ね、ずっとサムのことをかわいい弟のように思っていたわ」

「それは、ありがたいです」

「ふふ、私にとってははじめての弟子だし、とても教え甲斐があるからかわいくてしかたがなかったの」

「俺もリーゼ様に感謝しています。おかげで接近戦を勉強できました」

「でも――」


 少しだけリーゼは躊躇いを見せた。

 しかし、意を決意したように言葉を口にする。


「気づけば弟以上に、サムを想うようになっていたわ」

「えっと、それってどういう?」

「私の過去を知っても変わらずに接してくれただけでも嬉しかったのに、私はサムに分不相応な想いを抱いてしまったの」

「リーゼ様?」


 彼女の言いたいことがいまいち理解できず、戸惑ってしまう。


「この気持ちを隠しておこうと思ったわ。でもね、サムが竜と戦うことになって、もしかしたら二度と会えなくなるんじゃないかって思ってしまったら、せめて気持ちだけでも伝えておきたいって思ってしまったの」


 灼熱竜との戦いは、リーゼに大きく心配をかけたことは理解できた。

 謝罪の言葉を口にしようとしたサムよりも早く、リーゼが言葉を続けた。


「あのね、これはあくまでも私が勝手に伝えたいことだから返事も何もいらないわ。むしろ、ここだけの話にしてほしいの」

「はぁ、リーゼ様がそうおっしゃるなら。でも、なにを」




「――好きよ、サム」





「へ?」


 なにを言われたのか理解できなかった。


「あなたをひとりの男性として慕っているわ」


 ようやくサムもリーゼの言葉の意味を理解した。

 したが、動揺を隠せない。


(え? え? え? リーゼ様が俺のことを?)


 美人で剣の達人である女性が、魔法しか能のないこんな子供を好きになってくれるなど、とてもじゃないが信じられなかった。

「冗談よ」と笑われれば、そちらのほうが納得できる。

 しかし、リーゼの顔はあまりにも真剣で、頬がうっすらと赤くなり、潤んだ瞳でまっすぐ自分のことを見つめている。

 彼女の気持ちが本当なのだと、恋愛経験が少ないサムにもはっきりとわかった。


「あの、リーゼ様」

「サムがウル姉様を愛しているのは知っているわ。それでも、伝えておきたかったの」


 そう。確かにサムはウルのことを今でも愛している。

 その気持ちが変わることはないだろう。

 きっと生涯、サムはウルを愛し続ける。


 ウルはそれを望んでいなかった。

 いつか別の誰かと結ばれ、家庭を持ち、幸せになってほしいと言ってくれた。

 愛した人の言葉とはいえ、なかなか簡単なことではない。


 だから、いつかそんなときが来るかもしれない、と思う程度だった。

 だが、まさか、そんな自分を、リーゼが好きだと言ってくれるなんて夢にも思わなかった。

 リーゼのような優しく魅力的な人に好かれて嬉しくないわけがない。

 サムは返事をしようと、言葉を必死に探す。

 だが、動揺と戸惑いで、うまく言葉が出てこなかった。

 それを察したのか、リーゼが口を開く。


「無理に返事をしなくていいわ。私が気持ちを伝えておきたかっただけだから」

「リーゼ様、でも」

「本当にいいの。ただ、覚えていてほしいの。サムのことを好きな人がいるってことを。ウル姉様は亡くなってしまったけど、サムのことを心配している人間がまだいるんだってことを」


 リーゼはそう言うと、立ち上がり、サムの傍に近づいた。

 そして、腰をかがめると、そっとサムの唇に自らの唇を重ねる。


「――っ」

「ごめんなさい。でも、これだけは許してね」


 驚くサムに、少しだけ悪戯めいた顔をしたリーゼが微笑む。

 突然の告白と、キスに硬直しているサムの髪を優しく撫でたリーゼは、


「おやすみなさい、サム。いい夢を見てね」


 そう言い残して部屋から出て行ってしまう。

 サムは彼女を引き止めようとしたが、引き止めてなにを言っていいのか思い付かず、結局、彼女の名を呼ぶことができなかった。

 そのわずかの間に、リーゼが部屋から出て行ってしまう。


 ひとり残されたサムは、自らの唇に手を当てると、


「――リーゼ様」


 竜と戦ったとき以上の緊張を覚えてしまう。

 明日からどのような顔をしてリーゼと会えばいいのだろうか。

 そもそも返事はどうする。

 いらないと言われたが、それも不誠実に思う。


(――俺はどうすればいいんだ!?)


 姉のように慕っていた人からの告白に、サムは眠れぬ夜を過ごすのだった。



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