エピローグ「見守る家族」




 全裸のギュンターがサムを追いかけている光景を見つめながら、リーゼとエリカが大きく嘆息した。

 まだ十四歳という年齢で宮廷魔法使い第五席のギュンターに敗北を認めさせたサムも凄いが、あれほどのサムの攻撃を受けてピンピンしているギュンターもなかなかに規格外だと姉妹は思う。


「サムに変態の影響が出ないうちにギュンターを始末しておくべきね」

「変態変態だと思っていたけど、ほんとっ、救いようのない変態ね!」


 自分たちよりも高みに立っているふたりに嫉妬心さえ抱くことができない。

 それだけの差があるのだ。


 リーゼは、もともと才能があり姉からも魔法を継承したサムに自分の技術を教えることで将来どれほどの人材になるのか楽しみでならなかった。

 姉をも超える、いや、リーゼが尊敬する剣聖とさえ戦えば勝利できるような豪傑になるのではないかと期待してしまう。

 彼の将来を考えただけで、胸の奥が熱くなるのを感じた。


 エリカはウルという最愛の姉であり目標を亡くしてしまったが、今日、新たに目指すべき人を見つけた。

 自分よりも年下で、でもちょっと生意気なところがあり、びっくりするほど優しい少年だった。

 サムを目指そう。姉の全てを受け継ぎ、姉を愛する真っ直ぐな少年にいつか追いつきたい。

 新しい目標を見つけたエリカは密かに興奮していた。


「まったく。ずいぶんと盛大に暴れたようだね」

「あら、お父様」

「パパ、見ていたの?」


 姉妹に声をかけたのはふたりの父であるジョナサン・ウォーカーだった。


「あれほどの魔力の高まりを感じさせられたら、じっとしていることなどできないよ。それにしても、サムの実力は私が想像していた以上だった」


 ジョナサンは「屋敷を壊されなくてよかった」と苦笑いしている。

 うっすらと額に汗を浮かべているのは、言葉通りサムの実力を見誤っていたからかもしれない。


「私もです。どうやらサムのことを過小評価していたようです」

「あたしも」


 姉妹の返答に父が頷く。


「ギュンターの結界術を容易く破壊できる実力を持ち、まだ力を温存しているというのなら、宮廷魔法使いにふさわしい力を持っているんだろうね」

「サムのことを宮廷魔法使いの空席に推薦してくださるとのことです」

「いい考えだ。あれほどの力を持ったサムがフリーでいるにはもったいない。とはいえ、私の見る目もなかったな」

「パパ?」

「いや、宮廷魔法使いを目指していることは知っていたし、ウルの全てを継承したのならいつかは……と、思っていた。それまで魔法軍で預かって鍛えようとな。しかし、サムの実力はすでに私を上回っている。私も、推薦者に名を連ねよう」


 姉妹同様父もサムの力を見抜けていなかった。

 ジョナサンはサムの将来に期待する。

 若くして才能に満ち溢れていた娘の全てを継承した少年が、どれほどの高みに上り詰めることができるのか楽しみでしかたがなかった。

 娘の分までサムを見守ろうと、心に誓う。


「国立魔法軍副隊長のお父様の推薦があれば、サムもきっと喜びます」

「だが、まだ足りない」

「そうでしょうか?」

「年齢で判断するのは愚行だが、サムはまだ未成年だ。未成年で宮廷魔法使いになるなど前代未聞だ。無論、反対する人間は多いだろう」

「でしたらどうしましょう?」

「もうひとりくらい推薦者がほしい」

「魔法軍の隊長様にお願いしますか?」

「いや」


 ジョナサンは首を横に振るう。

 どうやら他に心当たりがあるらしい。


「デライト・シナトラ殿だ」

「――っ、その方は姉上の」

「そうだ。ウルの師匠であり、宮廷魔法使いの座を追われた方だ。しかし、彼の実力は本物であり、彼の復帰を望む声は今でも多い。彼にサムを紹介しよう」

「い、いいのですか? デライト様は」

「リーゼの心配もよくわかる。その上で、サムをデライト殿に会わせたいのだ」


 リーゼは全裸のギュンターに追い回され、追いつかれ、取っ組み合いをはじめたサムに視線を向ける。

 父の考えていることはなんとなく想像できる。

 だがそれは、サムにまたひとつ面倒ごとが舞い込むということだ。


(サムも大変ね。私が力になれることがあればいいのだけど)


 リーゼは年下の少年が苦労することを知り、心配になるのだった。



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