58「宮廷魔法使いと戦います」①
ドン引きするサムたちの視線など気にすることなく、ウルのショーツに鼻を押しつけ深呼吸を続けたギュンターは、気が済んだのかゆっくり顔を離した。
彼の表情は恍惚としており、端正な容姿が台無しになっている。
しかし、ギュンターはすぐに顔を元の涼しげなものに戻すと、サムに視線を向けて微笑した。
「先ほどから黙って聞いていたけど、僕のことを気持ち悪いといったね?」
「いや、普通に気持ち悪いだろ。ウルの下着でなにやってんだよ」
「やれやれ。僕は彼女の香りを定期的に摂取しないと体調不良になるんだよ」
「聞いたことねーよ。そんな病気!」
「愛の病さ。まったく、妻になるというのに夫の病に理解がないとは……悪い子だ」
「――ひぃっ」
ねっとりとした視線を向けられ、サムが後ずさる。
ウルを失っておかしくなったのか、それとも以前からこんなだったのかわからないが、ギュンターが危険人物であることは間違いない。
(やばい……このままだと俺の尻が危ない)
相思相愛であれば同性との恋愛もいいだろう。
実際、ここスカイ王国でも同性結婚するカップルはいる。
だが、サムは同性に興味を持つことができないし、公衆の面前で下着の匂いを嗅いで恍惚とするような奴は、性別以前の問題として嫌だ。
「あ、あの、リーゼ様、エリカ様、あの人をなんとかしてくれませんか?」
「なんとかって」
「リーゼ様の得意な剣術で切り捨てるとか」
「……してあげたいけど、あんなのでもギュンターは強いのよ」
嘆息混じりでそんなことを言うリーゼにサムは驚いた。
単純な剣術なら相当の腕を持つリーゼが強いというギュンターの実力はどのくらいなのか、と疑問に思う。
(リーゼ様が強いと認めているのなら、あの変態でもかなりの実力者ってことなのか? うわ、信じられない)
「単純な戦闘能力なら、今の私でも勝てるかもしれないけど、魔法を使わせたら負けてしまうわ」
「魔法使いなのは一目見たときからわかっていましたけど、それほどですか?」
「ええ。だって、ギュンターは宮廷魔法使いだもの」
「――は?」
「しかも第五席に地位を持っているわ」
「はぁあああああああああああああああああ!? こんな変態が宮廷魔法使いですって!?」
信じられない。
信じたくない。
自分の目指している宮廷魔術師に、すでに目の前の変態がいることに納得ができなかった。
「おっと、サミュエル君。いや、妻となる君だ。もっとフレンドリーにサムと呼ばせてもらおうかな」
「いや、呼ぶなよ!」
「僕が宮廷魔法使いで、なぜそうも驚くのかな?」
不思議そうにしているギュンターに癪ではあるが打ち明けることにした。
「……俺は宮廷魔法使いを目指しているんだよ」
「ふむ。もしかすると、ウルリーケがかつて宮廷魔法使いだったことが関係しているのかな?」
「だったら、なんだって言うんだ?」
「妻の目標を応援してあげたい気持ちはもちろんあるよ。ただ、問題は君の実力――は、ウルリーケから継承魔法ですべてを受け継いだおかげか、それとも君にもともとかなりの素質があったのか、凄まじい魔力だ。魔法を使う才能にも優れているようだね」
「――っ」
ただ見ただけで、見通すようなことを言うギュンターに警戒する。
ただの変態ではない。
相手の実力を見抜く目を持っている、油断ならない相手だ。
「では、こうしよう。――僕と戦おう」
「なんだって?」
「僕に勝てとは言わないよ。君はまだ未成年で発展途上だからね。だけど、ふさわしい力を見せてくれたのなら、宮廷魔法使いになれるだけの実力を示してくれたのなら、僕が君を宮廷魔法使いの空席に推薦してあげよう」
「どうして急にそんなことをする気になったんだ?」
「この身で、ウルリーケの力を君が本当に継承したのか確認したいのさ。だけど、もし、ウルリーケから力を継承しておきながら、無様な魔法を晒すというのなら――」
「なら、どうする?」
「――君を殺す」
敵意も殺意も一切なく、ギュンターは微笑を浮かべたままそう言った。
「ギュンター! さっきから言っていることがめちゃくちゃじゃない!」
「姉上が亡くなって悲しいからってサムに当たらないで!」
エリカとリーゼがギュンターに抗議をするも、彼は姉妹を見ないで真っ直ぐにサムだけを見続けている。
「エリカ様、リーゼ様、いいんです」
「サム!?」
「いいの? 相手は宮廷魔法使い、つまりこの国で最上位の魔法使いなのよ?」
「俺もウルの弟子としてのプライドがあります。それに」
彼女たちに庇われるのはありがたいが、目の前の変態よりも弱いと言われているようで嫌だった。
サムにとって宮廷魔法使いなど通過点に過ぎない。
ウルから受け継いだ魔法で最強の魔法使いへと至るのだ。
こんなところでつまづくわけにはいかなかった。
「宮廷魔法使いがどの程度の実力か知るいい機会です」
「……サム」
「いいのね? ギュンターの言動に騙されたら駄目よ。やってることは変態だけど、実力は宮廷魔法使いにふさわしいわ」
「油断はしません」
「僕の申し出も受けてくれると言うことで構わないかな?」
姉妹の背中に隠れていたサムが、ふたりより前に出てギュンターと視線を合わせて不敵に笑った。
「俺がウルの後継者として、宮廷魔法使いとしてふさわしい力を見せればいいんだな?」
「そうだよ」
「別にお前を倒してもいいんだよな?」
「もちろんさ。それができるのなら、僕は喜んで君を宮廷魔法使いに推薦しよう」
「言質は取ったぞ」
思わぬ出会いだったが、サムにとって降って湧いたチャンスだった。
最強の魔法使いを目指す以上、いつか宮廷魔法使いとぶつかることはあっただろう。
「どうせ遅かれ早かれ宮廷魔法使いをぶっ倒そうと思っていたんだ。最初のひとりにしてやるよ、戦おうぜ、ギュンター・イグナーツ!」
「いい目だ。楽しませてくれると嬉しいよ、サミュエル・シャイト」
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