59「宮廷魔法使いと戦います」②



「サム、あんな変態に負けないでよ。あんたはウルお姉様の弟子なんだからね!」

「私たちは少し離れて見守っているから。必ず勝つと信じているわ」

「エリカ様、リーゼ様、ありがとうございます。ウルに恥じないよう、勝ってみせますよ。ていうか、ウルの下着で変態行為する奴に絶対負けられません!」


 エリカとリーゼは激励の言葉を伝えると、中庭の端に移動し、対峙するサムとギュンターを見守った。


「準備はいいかな?」

「いつだって構わない」


 涼しげな顔をしているギュンターに対し、サムは気合十分だ。

 サムにとって、王都にきてから初めての戦闘となる。

 先日、ダンジョンで貴族と揉めたが、あんなのは戦闘のうちに入らない。

 今回は、宮廷魔法使いが相手だ。

 自分の実力を試すいい機会だった。


「おっと、その前に戦う準備をしておこう」


 ギュンターが指を鳴らす。

 刹那、幾重もの結界が中庭や建物を覆うのがわかった。


「――結界」

「へえ、気づいたかい? 僕は結界術師なんだよ。そして、僕の自慢の結界は、今のところウルリーケ以外に破られたことはないんだ」

「じゃあ、俺で二人目だな」

「ふふふ、勇ましいね。そうなることを期待しているよ。僕の戦い方は至ってシンプルだ。結界を張ることしかできない。戦闘ができないわけじゃないけど、僕には合っていないのさ」

「お上品なことで」

「だから、僕の結界を貫くことができれば降伏しよう。君の勝ちだ。ウルリーケから継承した力で頑張ってほしいかな」


 戦闘前にもかかわらず、凪いだ湖面のように穏やかなギュンターからは余裕が窺えた。


「上から物を言いやがって、その態度がいつまで続くか見ものだな」


 対し、サムはギラギラと瞳を輝かせて獰猛に犬歯を剥き出しにして笑う。

 これから宮廷魔法使いと戦うことに、うずうずしているのだ。


「ウルリーケの弟子である君に敬意を抱き、全力で結界術を使うと誓おう。さあ、かかっておいで」

「――いくぞ」


 合図はいらなかった。

 ふたりが目を合わせ、小さく頷くと、サムが地面を蹴った。

 魔力によって爆発的に強化した身体能力で、一気にギュンターに肉薄する。


「――うんうん、速いねっ! でも反応できない速度じゃない。仮にできなかったとしても」


 サムが渾身の力を込めた拳を放つ。

 しかし、


「僕を守る結界が君の攻撃を阻むだろう」


 ギュンターの言葉通りに、サムの一撃は轟音を立てながらも硬い結界に受け止められてしまった。


「――ちっ」

「お行儀が悪い子だ。だが、速さ、一打の威力は素晴らしい」

「たった一撃止めただけでいい気にならないでほしいんだけど、なっ」


 サムが魔力を高めた。


「――炎よ」


 轟、と炎がサムを包む。

 強化された身体能力がさらに高まり、炎を帯びた。

 再び地面を蹴ったサムが、ギュンターに向かい拳と蹴りを次々に放っていく。


「へえ。炎を纏った身体強化魔法か……これは見たことがないな」


 結界に攻撃が阻まれるも、サムは手を緩めることはない。

 一撃で駄目なら、二撃。それでも駄目なら、繰り返し攻撃すればいい。

 この世に絶対はない。

 たとえ強固な結界だとしても、ウルが破壊したと言う前例があるのなら、サムにだってできる。


「リーゼの癖がところどころに見えるかな。体術の師匠はリーゼかな、いや、ウルリーケが育て、リーゼが鍛え上げたみたいだね」

「うらぁああああああああああああっ!」


 渾身の蹴りを放ったが、またしても結界に阻まれてしまう。

 この間に、ギュンターは一歩も動いていない。

 もちろん結界を維持するために魔力を消費しているのでなにもしていないわけではないが、余裕があることは間違いない。


「僕自身を強固な結界が守っているのがわかるだろう? 君の攻撃は、打撃と炎の二重攻撃なんだろうが、僕にはどちらも届かないよ」

「それはどうかな?」


 にやり、とサムが唇を吊り上げる。


「――なに?」


 身に纏う炎をすべて振り上げた拳に集中させる。

 今まで以上に、強化された拳に、高密度の炎が宿った。

 これでもかと魔力を込めて炎を勢いづかせた一撃が放たれる。


「うらぁあああああああああああああああああああっ!」


 拳が結界に激突し爆炎をあげる。

 サムは止まらない。

 結界を突き破らんと、さらに一歩踏み込み、魔力を高める。


「――っ、素晴らしい魔力量だ!」


 熱量だけでもとんでもないものだった。

 結界がなければギュンターも焼け死んでいた可能性だってある。


「だが、僕の結界を貫くほどでは――なっ!?」


 ギュンターが大きく目を見開かせ、サムが笑みを深くした。


「俺の勝ちだ!」

「馬鹿な!」


 ギュンター自慢の結界に亀裂が入っていく。

 まるでガラスがひび割れていくような音を立て、彼を覆う結界が、一枚、また一枚と軋んでいく。


「――実にいい。それでこそ、ウルリーケの弟子だ。身体強化魔法と炎、一見すると単純だが、君の凄まじい魔力量があれば大きな脅威となる。なるほど」

「硬い結界だ。だが、破れないほどじゃない! 南大陸で戦ったドラゴンのほうがまだ硬い結界を展開してたぞ!」

「ふふっ、ドラゴンと比べられたら困るよ。だが、サム。僕の結界はまだ維持されている。たとえ亀裂が入ろうと、砕けてはいない」

「見りゃわかるさ」

「そして、君もまだ本気を出していない。そうだろう?」


 ギュンターの問いかけに、サムは炎を消し、大きく後方に跳躍した。


「決着をつけよう。君に僕の結界を破れる可能性があることはわかった。これから僕は全力で結界を展開する。君も僕に全力をだしてほしい」

「受けて立つよ。でもその前に聞いておく。中庭を覆う結界は、本当に頑丈なんだろうな? リーゼ様たちに何かあったら困る」

「ふ、ふははははははっ、まるでウルリーケのようなことを聞く! もう勝ったつもりかい? 君が攻撃するのは僕だろう? よほどのことがなければ、たとえ僕の結界になにかあっても、彼女たちを守るはずだ」


 サムが最初から全力を出さなかった理由は、リーゼたちを巻き込まないためだ。

 ここは市街地であり、ウォーカー伯爵家の屋敷でもある。

 周囲に被害を出すのはサムとしても望んでいない。

 なによりも、戦いはしているが、サムにはギュンターを殺すつもりはない。

 むしろ、死んでもらっては困る。

 ゆえに、様子見をしていた。


「今、この場を覆う結界は、ウルリーケと本気で戦うことを想定して作った最高の結界術だ。力を受け継いだだけの君に破壊されるほど、脆くないさ」

「――なら、試させてもらう」


 サムは、静かに両手を広げ、小さな声で詠唱をした。

 短くも魔力を帯びた詠唱は、サムの内側にある魔力をすべて解放した。


「……美しい」


 サムを包むように立ち上る、真紅の魔力。

 その魔力は、サムの黒髪でさえ赤く染め上げていく。


「死ぬ気で結界に力を込めろよ」


 ウルリーケによって教わり、そして受け継いだすべての魔力が今、ここに解き放たれたのだった。



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