37「リーゼ様の過去を知りました」②



「あー、お腹いっぱい」


 食事を終えて、アイテムボックスに用意してあった紅茶を取り出し、カップに注いでリーゼに手渡すと、彼女は嬉しそうに微笑んで口にした。


「食後のお茶が飲めるとは思わなかったわ。サムって本当に便利よね」

「俺じゃなくてアイテムボックスですけどね」

「少なくともお姉様はアイテムボックスにお茶を入れたりしなかったわよ」

「そういえば、食料を入れ忘れて空腹で倒れているところで俺とウルは出会ったんですよ」

「ふふ、お姉様らしいわ。結構ガサツなのよね」


 思い返せば、懐かしい思い出だ。

 ウルがガサツだったおかげで出会うことができたとも言える。

 アイテムボックスを持ちながら空腹で倒れるとか、そうそうない。


「ねえ、サム」

「はい」


 お茶を飲みながら、静かな時間を過ごしていると、そっとリーゼに声をかけられた。


「ちょっと話をしましょう」

「いいですよ」


 今まで会話をしていたのに、急に改まってどうしたんだろうと思う。

 が、彼女の顔を伺うと、真面目な表情を浮かべていたのでサムは背筋を正した。


「私はサムの過去をいろいろ知っているわ」

「ええ、そうですね」

「そのことを申し訳なく思っているの」

「そんなことは」

「いいえ、不当に扱われた幼少期があったことを赤の他人である私に知られて、あまり面白くはないでしょう?」

「だから気にしていませんって。それに過去のことですし、家族はさておき使用人のみんなはとてもいい人たちでしたから、そこまで深刻でもありませんでしたよ」


 サムは転生し、今のサムとなる前の記憶もちゃんともっている。

 以前のサムも、家族からの扱いが酷くても、メイドのダフネという姉のような存在と、執事のデリックという祖父のような存在がいてくれたので孤独ではなかった。

 今のサムは、ラインバッハ男爵家の人間に対して家族らしい情を持ち合わせていない。

 サムにとって大切なのは、ダフネたちと、町で繋がりをもった人々と、そしてウルだけだった。


 もちろん、リーゼのいうように過去を知られているということになにも思わないわけではないが、仕方がないことだとわかっているのでどうってことはない。

 しかし、リーゼはサムの許可なく彼の過去を知っていることに負い目を感じているようだ。


 彼女は快活でお転婆だが、その内面は優しく繊細だ。

 そんな彼女らしい、と苦笑が漏れそうになる。

 きっと、今回の狩りだって、自分と話をする時間を作るためのきっかけだったのだろう。


「私はサムのことを知っているのに、サムは私のことをなにも知らないでしょう」

「ええ、まあ」

「なんだかそれはずるいかなって、思ったの」

「そんなことないと思いますけど」

「ううん。それにね、私のことをサムに知ってほしいと思ったから、きっかけがほしくて狩りに誘ったのよ」

「そうだったんですね」

「私の過去なんてあまり面白いものじゃないけど、聞いてくれる?」

「お話してくださるなら、もちろんです」


 すでに剣聖の弟子だったことは知っている。

 だが、彼女はそのことを過去形で語っていた。

 なにやら事情があるかもしれないと思っていたし、内心では気になっていた。

 だが、女性の過去を根掘り葉掘り尋ねる趣味はサムにはない。


 なので、こうしてリーゼのほうから歩み寄ってくれるのは、彼女との関係が深まったと思えるので少しだけ嬉しかった。

 そんなサムに、意を決意したようにリーゼが口を開く。


「あのね、私ね――結婚していたの」


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