36「リーゼ様の過去を知りました」①
「うーん! 久しぶりに体をちゃんと動かしたわね」
森についたサムとリーゼはモンスターや魔獣を手当たり次第に狩った。
不思議と森の住人たちは戦う気満々であり、サムたちに襲いかかってきた。
しかし、サムの出番はほとんどなく、すべてのモンスターをリーゼが真剣で一刀両断してしまうのだった。
「俺の出番ありませんでしたね」
「あら、サムには大事な役目があるじゃない。はい、このモンスターも高く売れるから収納収納」
「アイテムボックスがあるからって、人を便利な道具扱いして」
「お姉様にも何度かお願いしたことがあったけど、狩りに付き合ってくれなかったから」
「ウルなら面倒だって言いそうです」
「それよりも酷いわよ。森ごと焼いてしまえばいいなんて言い出して、一度本当にやろうとしたんだから」
「やることがいちいち過激派だなぁ、ウルは」
戦闘面ではまるで必要のない子だったサムも、師匠から譲り受けたアイテムボックスのおかげでその後は大活躍だった。
(ま、いくら高値がつくモンスターを狩っても、持ち運ぶのに限度があるしね。そういう意味ではアイテムボックスって無敵だな)
今のところ、どのくらいのものが収納できるのか不明だ。
確かめようと思ったが、手持ちのものでは少なすぎて調べようがなかった。
しかし、今まで倒したモンスターの遺体をそのまま収納できてしまうのだから、相当な収納空間があると思われる。
「さてと、モンスターも収納したのでそろそろお昼ご飯にしましょう」
「そうね。体を動かしたからお腹が空いてしまったわ。ところで、サム」
「なんですか?」
「あなた、料理はできるかしら?」
「そりゃできますよ。ウルと各地を転々としていましたから、自炊くらい覚えますよ」
ウルは最低限の料理はできるのだがざっくりとした大雑把な人だったので、代わりにサムが食事の支度をしていた。
旅の半分は宿屋や食堂で食事をしていたが、やはり野営することも何度もあった。
サムはウルとの冒険はもちろん、前世でひとり暮らしだったので家事はもともとできたので問題なかった。
むしろ、これ幸いとウルに料理当番を押し付けられたのはいい思い出だ。
「ならよかったわ。自慢じゃないけど、私は料理ができないの」
「……でしょうね」
「ちょっと! でしょうね、ってなにかしら! まるでできないのが前提みたにい言わないでちょうだい!」
「でも、できないんですよね?」
「で、できないけど。でもね、勘違いしないでね。まるで駄目なわけではないわ。ただ、包丁を振り回すなら、剣を振り回した方が楽じゃない」
「普通包丁は振り回しませんよ」
「言葉の綾よ! そうじゃなくて! とにかく、料理はできないわけじゃないけど、お母様や料理長から頼むからやめてくれって言われているの。だから、お昼の準備をする栄誉をサムにあげましょう」
「ありがたき幸せ」
「ふふふ、よろしい」
失礼だが、もともとリーゼが料理をできるとは期待していなかった。
彼女の腕がどうこうではなく、使用人たちに囲まれた伯爵家のお嬢様が自炊するとは思わなかっただけだ。
貴族の女性に家事ができない人は多い。
というかする必要がないのだ。
「一応言っておくけど、料理以外の家事はできるからね」
「……まあリーゼ様がそう言うのなら、そういうことにしておきましょう」
「ちょっとサム! 信じてないでしょう!」
「ははは、まさか。俺がリーゼ様のことを疑うなんて……ありませんよ?」
「怪しいわ!」
そんな冗談を言い合いながら、サムは手際良く食用可能なモンスターをナイフで解体していく。
剣の才能はないサムではあるが、ナイフくらいは普通に使えることがこの四年でわかった。
戦闘になるとナイフもまったく使えず、投擲さえまともにできないのだから笑えてくる。
「じゃあ、お肉焼きましょう」
「楽しみだわ」
アイテムボックスから網と塩胡椒を取り出して、火を起こす。
下味を軽くつけた肉を網の上に置けば準備完了だ。
火が肉を炙り、油が滴る。
香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、お腹が動いていく。
「今さらですけど、リーゼ様」
「なあに?」
「ナイフとフォーク、あとお皿ありますけど、使います?」
「わかってないわね。こういうお肉はがっつり齧り付くのが美味しいのよ」
「それはそうなんですけど……伯爵家のお嬢様に直火で炙った肉を丸かじりさせるのもどうかなって」
あとで旦那様や奥様に怒られやしないだろうか、と今さらながらに不安になる。
だが、リーゼは楽しそうに笑うだけ。
「あのね、剣聖様の修行の一貫で夜営をしたって言ったでしょう。箱入りのお嬢様じゃないんだから、そのくらいへっちゃらよ」
「ですよね。リーゼ様ですもんね」
「――あら。今の言い方気になるわね。どういう意味かしら? まさかお転婆とでもいいたいの?」
「……あ、お肉焼けましたよ。美味しそうなところをどうぞー」
「ありがとう――じゃなくて、誤魔化さないではっきり言いなさい、サム!」
サムとリーゼは、まるで実の姉弟のように笑い合った。
愛しい師匠を失い、気が滅入っていたサムは、リーゼのおかげで心から楽しいと思える時間を過ごすことができたことに感謝するのだった。
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