27「ウルの家族と会いました」①




 一時間後。

 サムは、拘束を解かれウォーカー伯爵家の客間に通されていた。

 彼を部屋の中で待っていたのは、四十半ばほどの美丈夫の男性と、三十後半に見える亜麻色の髪の女性だった。


 敬愛する師匠の両親であることはすぐにわかった。

 両者とも雰囲気がウルにどことなく似ているからだ。

 どちらも目元を赤く腫らしている。

 ウルの亡骸と遺書の確認をしたと思われる。


(――ふたりがウルの)


 ふたりは、サムが部屋の中に入ると、椅子から立ち上がり深々と頭を下げた。


「サミュエル殿。私の娘の亡骸と遺書を届けてくださったことに心から感謝する」

「どうもありがとうございました」

「顔をあげてください。弟子として当然のことをしただけです」

「それでも感謝の言葉しかない」


 サムに感謝の言葉を伝えたふたりは、ゆっくりと顔を上げた。


「さあ、座りたまえ。君とはいろいろ話がしたい」

「はい」


 促されて、サムはふたりが椅子に座ったのを見届けてから、腰をおろす。


「まず自己紹介をさせてもらおう。私は、ジョナサン・ウォーカーだ。ウォーカー伯爵家の当主をしている」

「わたくしはグレイス・ウォーカーです」

「はじめまして。サミュエル・シャイトと申します。どうぞ、サムとお呼びください」


 サムは名乗り、頭を下げる。

 すると、ふたりは少し驚いた顔をした。


「シャイト……偶然かな、娘の魔法名もシャイトだった」

「ウル、いえ、師匠から家名としていただきました」

「そうか。ウルリーケはよほど君のことを気に入っていたようだね」

「そうであれば嬉しく思います」


 ジョナサンはサムの顔をまじまじと見つめた。

 そして、ふう、と疲れたようにため息をつく。


「あの破天荒な娘が弟子をとって可愛がっていたのも驚いているが、まさか病に侵されているとは知りもしなかった。親として情けない限りだ」

「娘の最後はサム殿が看取ってくださったとか?」

「はい。もっと早くに師匠の病に気付いていれば、無理やりにでも王都に連れてきていたのですが、申し訳ございません」

「君が謝る必要なんてなにもない。むしろ、感謝しかない。君のおかげでウルリーケの葬儀ができるし、墓にも入れてやれる」

「そう言っていただけると助かります」


 ジョナサンもグレイスも涙をハンカチで拭いながら、サムに改めて礼を言った。

 サムも気を抜けば涙がこぼれてしまいそうだった。


「すまないね。どうしても、まだ娘の死を受け入れるのは難しい」

「心中お察しします」

「ありがとう。話は変わるが、君についてだ」

「はい」

「娘の残した遺書には、君のことがたくさん書かれていた」

「……そうでしたか」

「君がとても優秀な魔法使いであること、娘の魔法を継承したこと、そして、娘が君を愛していたことも」

「私も師匠のことを心から愛していました」


 すでに伝わっているのなら、隠してもしかたがないのではっきりと告げた。

 ウルへの想いを偽ったりはしたくない。

 たとえ責められることになることを覚悟しつつ、サムは正直に答えた。


「……こんなことを尋ねるのは非常に躊躇われるし、君を傷つけるかもしれないが、聞かせてくれ。ウルリーケと君の間に男女の関係はあったのかね?」

「いいえ、ありませんでした」

「すまないね。デリカシーのないことを聞いてしまった。ただ、ふたりがどれほどの関係だったのか知りたかったのだよ」

「お気になさらないでください。俺は師匠のことを愛していましたが、それを伝えることができたのは最期のときでした」

「そうだったのだね」

「師匠との関係は、図々しく言わせていただけるなら、家族です」

「――そうか。家族か」


 実の家族を目の前にして、ウルを家族と呼んだサムに、ジョナサンたちが不快感を表すことはなかった。

 サムは、少しほっとする。

 もしかしたら、自分たちの知らないところで、弟子になっていたサムを快く思っていないかもしれないという懸念もあったのだ。

 今のところではあるが、ふたりからそれらの感情は伝わってこない。


「あの子が寂しくないようでよかった」

「本当に。サム殿がそばにいてくださり、娘も喜んでいたでしょう」

「そうであれば、俺も嬉しいです」

「さて、君は娘からすべてを受け継いだという」

「その通りです」

「正直に言うと、魔法を継承させると言う技術を娘が使えたことに驚きを隠せない。君は娘のなにを受け継いだのだね?」


 ジョナサンの疑問もよくわかる。 

 ウルからすべてを継承したサムでさえ、いまだにそんな技術があったことを信じられずにいるのだから。


「師匠の魔法、魔力、知識、そしてスキルを受け継ぎました」

「――すべてか?」

「はい。まだ使いこなすことはできませんが、すべて受け継ぐことができました」

「まさか、そんなことが本当にできるとは。学会で発表したら大ごとになるぞ」


 ジョナサンに動揺が浮かんでいた。


「あなた、今はそれよりも」

「そうだったな。すまない。サム殿」


 話の方向が変わりそうだったところを妻に窘められたジョナサンが咳払いし、話を戻す。


「はい」

「君は、娘から受け継いだ力を持って、これからどうするのかな?」

「しばらく王都にいるつもりです。すべきことがありますから」

「すべきこととは?」


 問われたサムは、じぶんのすべきことをはっきりと告げた。




「師匠を超える最強の魔法使いになります」




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