26「ウォーカー伯爵家です」




 一週間後、サムはスカイ王国王都にあるウォーカー伯爵家の屋敷の前にいた。


「ここがウルの生まれ育った家か」


 最愛の師匠の亡骸を丁寧に抱き抱えたサムは、ウルの生家を見上げていた。

 伯爵家の屋敷だけあって、それ相応の敷地と建物だ。

 三階建ての屋敷と、花々が咲き誇る花壇、そして噴水が見える。

 屋敷を覆うように、塀も設置されていた。

 屋敷の門から見える伯爵家は、サムの実家であるラインバッハ男爵家が霞むほどだ。


「ラインバッハ家は二階建ての普通の家だったしな」


 田舎なので庭こそ広かったが、伯爵家ほど華やかではなかった。

 辺境の田舎貴族と、王都に住まう都会貴族の差を見た気がした。


「とにかくウルのご家族に会わないといけないんだけど、どうしよう。ノックすればいいのかな?」

「おい、貴様!」


 伯爵家を伺っていると、門番と思われる兵士が一名現れ、サムに声をかけてきた。


「何者だ! ここがウォーカー伯爵家のお屋敷と知っているのか!」


(よかった。この人に繋いでもらえばいいのか)


 サムは門番に軽く頭を下げた。


「存じています。俺は、ウルリーケ・シャイト・ウォーカー様の弟子の、サミュエル・シャイトと申します。ウォーカー伯爵家のご当主と会わせていただきたいのです」

「お前のような子供が、ウルリーケ様の弟子だと?」

「はい」

「あの方は、五年前に出奔なさってから行方知らずだぞ!」

「そのウルリーケ様とずっと一緒にいました」


 すでにサムは、ウルが病気を隠すため、後継者を探すために家族になにも言わずに家を出たことは知っている。

 が、門番がそんなことを知る由もなく、サムを怪訝そうに見ている。


「ならばウルリーケ様はいずこに?」

「亡くなりました」

「……なんだと?」

「俺が見取りました。ご遺体と、ご家族へのお手紙を預かっています」


 門番の視線が、サムの腕に向く。

 そして、震える声を出した。


「ま、まさか、お前が抱き抱えているのは」

「ウルリーケ様です」

「――っ、ま、待て! ご当主様に報告をする! だが、事が事だ、お前を信じていいのかわからん。まず、お前がウルリーケ様の弟子だという証拠はあるのか?」

「ウルリーケ様が残した遺書でよければ」

「わかった。そちらをご当主様たちにお届けし、確認してもらおう」

「お願いします」


 サムはウルの亡骸を抱き抱えたまま、懐から彼女の残した遺書を取り出し、門番へ手渡した。


「確かに預かった。あと、お前が本当にウルリーケ様の弟子かどうかもわからん。言いたくはないが、弟子を語る詐欺かもしれん。悪いが、拘束させてもらう」

「もちろんです。抵抗はしません。どうぞ」

「協力的なことに感謝する。では、まず……そちらのご遺体を預かろう」


 門番がウルの亡骸を預かろうとするも、サムは一歩引いた。

 彼女を不用意に渡してしまっていいのか悩んだのだ。


「丁重に扱うことを約束する。私は昔からウォーカー伯爵家の門番だ。ウルリーケ様のこともよく存じている。だが、まさかお亡くなりになるとは……できることなら間違いであってほしいと思っている」

「俺も、嘘であればいいと思っています」


 サムは門番を信じ、ウルを引き渡した。

 彼女の重みが腕からなくなると、喪失感が襲いかかってくる。

 本当に彼女を失ったんだと、また思い知らせれた気分だ。


「しばし待っていろ。まず、ご遺体と遺書を届けてくる」

「はい」


 門番が屋敷の中に戻り、数分で戻ってきた。


「待たせたな。では、拘束させてもらう。後ろを向くんだ」

「はい」


 門番に従い、サムは後ろを向いた。

 両手首に枷がはめられる。


「しかし、ご遺体を持ったままでよく王都の中に入ることができたな? 衛兵たちは調べなかったのか?」

「強行突破しました」

「――な」

「ですから、俺の言っていることが嘘ではないと証明されたら、俺のことを追っている衛兵たちにとりなしをお願いします」


 サムはウルの亡骸を不用意に晒したくなかった。

 しかし、王都を守る衛兵たちがそれを許すはずもなく、力づくで突破してきたのだ。

 今頃、衛兵たちは許可なく王都に侵入したサムを血眼になって探しているだろう。


「お前なぁ」


 門番が呆れたように嘆息する。


「わかった。それに関してもご当主様にお伝えする」

「ありがとうございます」

「ではいくぞ」


 拘束されたサムは、門番に連れられてウォーカー伯爵家の敷地に足を踏み入れたのだった。




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