11「父親の呼び出し」②




「来たか」

「はい。お呼びとのことで、馳せ参じました」


 カリウス・ラインバッハは、まだ三十代後半という若さの男だった。

 短く刈り込んだ茶色い髪と、清潔に整えられた髭。

 そして、不機嫌そうな厳つい顔が印象に残る。


 サムが、大袈裟なほど丁寧に一礼した。

 父親がどんな人物か知らないが、剣の才能だけで子供の扱いを変えるような人間だ。

 礼儀がなっていないと怒鳴られても時間の無駄だ。

 幸い、礼儀作法はダフネとデリックから教わっているので、問題なかった。


「…………」

「どうかしましたか?」

「お前はそんなだったか?」

「どういう、意味でしょうか? なにか不手際でも?」

「もっと気弱……いや、いい。どうでもいいことだ」


 カリウスがなにを言いたかったのかわからないが、「いい」と言ったのでそれ以上尋ねることはしなかった。

 サムとしても、カリウスと長々と会話をするつもりはない。


「お前に伝えておくことがある」

「はい」

「周りくどいことは言わぬ。私の後継者は、マニオンに正式に決まった」

「あ、はい。そうでしたか」

「それだけか?」

「はい。それだけですが? 他に何か?」


(それだけかって、このおっさん、もしかして俺に悲しんでほしかったのか? くっだらね)


 もしかするとわざわざ呼び出したのも、サムが落ち込む姿を見たかっただけかもしれない。

 そう考えると、実に趣味の悪いとこだと思う。


(デリックが暗い顔をするわけだ。ま、俺としてはこんな家に未練はないんだけどさ)


 世話になっている老執事には申し訳ないが、後継になれなかったことをサムは喜んだ。

 もともとこの家に愛着などないし、当主を継ぎたいと思ったことだって一度もない。

 むしろ、マニオンに決まってせいせいしている。


「一週間後、リーディル子爵家でパーティーがある。その場にぜひ後継者と一緒にと招待された。なので、私は正式にマニオンを後継者に選んだ」

「はぁ。そうですか」

「お前は長男だが、剣の才能がない。そんな人間をラインバッハの後継にはできぬ」

「もちろんです」

「なに?」

「俺はラインバッハ家に相応しくありません。それに比べ、マニオンなら、剣の才能に満ち溢れ、聡明な頭脳を持ち、使用人と領民からも慕われるような人格です。ラインバッハの後継者に申し分ありません!」


 間違っても、この家の後継になどなりたくないので、これでもかと弟をよいしょしておく。

 すると、なぜかカリウスは戸惑った顔をした。


(――なんで、あれ? みたいな顔をするんだよ?)


「お前はそれでいいのか?」

「はい。もちろんです。剣の才能もなにもない俺など、マニオンの足元にも及びません!」

「……そうか。ところで、最近、冒険者の真似事をしていると聞いたが?」

「お恥ずかしい限りです。本当に冒険者の真似をしているだけです。薬草採取などで小遣い稼ぎをしています」

「なぜそんなことをする必要がある?」

「私にはなにも才能がありません。将来、マニオンの邪魔にならぬよう、成人後は冒険者として家を出ていくつもりです。その予行練習だと思っていただけると」

「……なるほどな」


(面倒だなこのおっさん。なんで親子の会話しようとしてるの!? 早く解放してよ! そろそろボロが出そう!)


 サムの返答になにやら考えるような仕草をするカリオンに、嫌な汗が流れる。

 ワイルドベアを退治していることすら知らないくせに、なぜそうも質問してくるのか理解に苦しむ。


「ご用件はそれだけでしょうか?」

「あ、ああ」

「では、俺はこれで失礼致します」


 これ以上、父親の相手をしたくないとばかりに、サムは話を切り上げる。

 深々と頭を下げ、早々に執務室から出ていく。

 幸い、サムを引き止める言葉はなかった。


(なんだったんだ、あのおっさん。もしかして、俺が将来を不安に思っていると笑いたかったのか? なら残念だったな! 俺はこれからの異世界冒険に心がわくわくしてるんだよ! あー、早く成人したい!)


 成人までまだ五年。


(あと五年もこの家で嫌な思いをしなきゃいけないと思うとゾッとするな。でも、今は耐える時か。うん、我慢我慢!)


 その時間はあまりにもサムにとって長すぎるのだった。

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