10「父親の呼び出し」




「ダフネいるー?」


 孤児院にワイルドベアの肉を届けたサムは、屋敷に戻って厨房に顔を出していた。


「ぼっちゃま?」

「あ、いたいた。はい、これ。今日のワイルドベアのお肉だよ」

「まぁ、ありがとうございます。私たち使用人はぼっちゃまのおかげで毎日お肉を食べることができるので、一同喜んでいます」

「喜んでくれるなら俺も嬉しいよ」


 普段からよくしてくれる使用人たちへの恩返しだと思っている。

 なにかと問題のあるラインバッハ家で働いてくれているのだ、肉を食べて精をつけてほしい。


「しかし、最初はどうなるかと思いましたが、ぼっちゃまも今では立派な冒険者になりましたね。このダフネ、大変嬉しく思いますし、誇らしいです」

「そうかな?」

「そうですとも! 失礼ながら、まだぼっちゃまは十歳という子供です。ですが、魔法を使い戦う実力は大人顔負けです!」


 まるで自分のことのように喜んでくれるダフネに、サムの頬が緩む。

 いつだって姉のように見守ってくれているダフネに褒められるのは嬉しかった。


「今夜も腕によりをかけて食事を支度をさせていただきますね」

「うん。ダフネのごはんは美味しいからいつも楽しみだよ」


 ちなみに、ラインバッハ家の当主とその妻と息子はワイルドベアの肉を食べたことがない。

 不出来な息子が得た肉など食べたくもないだろうというサムの気遣いと、それに同意した使用人たちによって、そもそも肉を手に入れてることすら伝えられていなかった。


 サムとしても、日頃よくしてくれている使用人たちのために用意した肉であって、名ばかりの親に食べさせるつもりは毛頭なかった。

 ときどき、いい匂いがする、と弟マニオンが厨房に顔を出すことがあるらしいが、使用人たちの連携プレーで現在に至るまで見つかっていないらしい。


「じゃあ、よろしくね!」

「かしこまりました」


 ダフネと他の使用人たちに手を振って、自室に戻ろうとすると、前方から執事のデリックが慌てた様子で小走りにこちらにやってきた。


「ここにおいででしたか坊っちゃま」

「デリック? どうかしたの」

「旦那様が坊っちゃまをお呼びです」


 つい「うえっ」と変な声が出そうになった。


「珍しいね、父上が俺を呼び出すなんて」


 転生してから約一年が経ったが、父親が自分のことを呼び出したことはない。

 廊下ですれ違っても、基本無視。

 食事も使用人と一緒なので、顔を合わせないという徹底ぶりだ。


(そういえば、俺って父親の声さえ知らないんだよな)


 わざわざ嫌味を言いに来る義母や、隙あらばいじめようとする弟はサムの前に顔を出すことがあるが、父親だけは本当に接点がない。

 そんなサムを気遣ってか、デリックがいろいろと父の話をしてくれる。

 基本、父親は執務室に籠もって仕事をしているか、剣の鍛錬をするのがほとんどだという。


 サムだけを放置というわけではなく、妻ヨランダと息子マニオンも基本的に放任しているようだ。

 そのおかげで、ヨランダは好き勝手していると、以前ダフネがぼやいていたのを覚えている。

 ただ、マニオンには毎日剣の稽古をさせているようだ。

 ときには打ち合いをし、マニオンを鍛えているらしい。

 やはりカリウスにとって剣こそすべてなのだろう。


「その、坊っちゃま」

「うん? って、どうしたの、デリック? 顔色が悪いよ?」


 サムの指摘通り、デリックの顔色は真っ青だった。

 彼は、なにか言おうとして、でも言うことができず、言葉を探しているようにも見えた。

 しばらく待っていると、デリックは静かに口を開いた。


「サム坊っちゃまは、いずれ領地から出ていくことをお望みですが、私たち使用人たちはお残りいただきたいという気持ちがございます」

「あ、うん」


 どうしたんだろうか、と首を傾げる。

 デリックがこんなことを言ったのは初めてだった。


「最近では、領民たちのサム坊っちゃまへの評判もとてもよく、もしかしたら、という淡い期待もございました」

「えっと、なんだか、あまりよくない呼び出しみたいだね」

「残念ですが、はい」


 デリックはおそらくカリウスがサムを呼び出した用件をもう知っているのだろう。

 そして、それはサムにとってあまりいいことではないらしい。


「うん。わかったよ。前もって、悪い知らせだってわかってよかったよ。ありがとう」


 気を使わせてしまったデリックに、内心謝罪しながら、カリウスの執務室に向かう。

 すると、背後から声をかけられた。


「サム坊っちゃま」

「うん?」

「我々使用人一同は、サム坊っちゃまの味方です」


 デリックの言葉に、どれだけの意味があったのかわからない。

 だが、彼はいつだってサムの味方でいてくれた。

 カリウスよりも、よほど父のようだった。

 そんなデリックが今にも泣きそうにしていることに胸が痛む。

 サムは、平気だと言わんばかりに、笑って見せた。


「――ありがとう」




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