9「町の人々の反応」
「サム様が次の領主様になってくれればいいのになぁ」
その呟きは、領民のひとりの口からこぼれたものだった。
「そうだねぇ。サム様のようなお優しい方が領主様になってくだされば、私たちも困らないんだけどね」
周囲の領民たちが、同調するように頷く。
領民たちからのサムの反応はよかった。
以前は、気弱な子ではあったが、ときどき町に来ては子供たちと遊んでいる普通の子供だった。
剣の才能がないだけで父親から不遇な扱いを受けていることに、同情さえしていた。
そんなサムがここ一年で大きく変わったことに領民たちは驚きながらも、好意的に受け入れていた。
彼のおかげで、モンスターの危険が少なくなり、肉が振る舞われるのだ。
好意的にならないわけがない。
サムは時間を見つけては、畑仕事を手伝い、困っている人を助け、孤児院の子供たちの世話をしてもいた。
そんな彼を見ていれば、自然と領民たちは次の領主に彼がなってくれることを願うようになる。
だが、実際は、サムではなく、腹違いの弟マニオンが次の領主だと言われている。
「マニオン様は、剣は優れているようだが……サム様のように優しい方ではないからのう」
ひとりの老人が嘆息混じりに呟いた。
老人の声には、落胆も含まれていることに、周囲の人間はすぐにわかった。
「ありゃただの癇癪持ちの悪ガキさ。サム様とはできが違う」
「しっ。誰がどこで聞いているかわからないじゃないの」
「聞かれたってかまいやしないさ。どうせ、男爵家の使用人だって、マニオン様よりサム様を慕ってるんだ。俺たちと同じ気持ちさ」
「そりゃそうだろうけど、あまり大きな声でいうことでもないだろうに」
「俺の店は、あのガキが癇癪起こしたせいで窓を全部叩き割られたんだぞ!」
「それは領主様が弁償してくださったじゃないか」
「その後に、しっかりあの奥様の小言までもらったよ!」
ふんっ、と鼻を鳴らす男性の憤りを知っているだけに、みんなもそれ以上注意はしなかった。
彼のいう通り、例えマニオンの悪口を誰かに聞かれても、わざわざ報告をするような物好きはこの町にはいない。
それほどマニオンの評判はすこぶる悪いのだ。
もともとマニオンは、母親に過剰に褒め愛されて育てられていた。
次の領主であり、優れた剣の才能を持つ自らを選ばれた存在だと驕りもしていた。
子供ゆえ、というかわいいものではない。
現に、マニオンの言動は、子供がする範疇を超えていた。
使用人に対する横暴な態度から始まり、ときには暴力まで振るう。
癇癪持ちのため宥めることはそうそうできない。
少しでも咎めようとすれば、同じく癇癪持ちの母親が飛んでくるのでそれもできない。
当初は、傍若無人のマニオンに従う子供もいたが、それもこの一年でいなくなっている。
どんな悪ガキたちも、マニオンのわがままと悪態について行けず、今では敬遠さえしていた。
それは領民たちもおなじだ。
マニオンが町に現れると、水を打ったように静かになる。
誰も彼も、彼の気を引いた結果、何をされるかわからないと怯えているのだ。
マニオンの父がまともな人間であれば、まだよかった。
領民に平然と暴力を振るう息子を叱るなりしてくれたかもしれない。
だが、カリウス・ラインバッハ男爵は、息子に剣の才能がある、ただそれだけで満足し、他を気にしなかった。
ある意味放置しているのと変わらない。
その代わりとばかりに、母親が過保護にしているのでマニオンの言動が改まることはなかった。
「ヨランダ奥様も、もとは同じ平民だったのになぁ。サム様のお母様のメラニー様と同じメイド上がりだっていうのに、どうしてああなんだろうな」
「ヨランダ様は、ほら、もとからわがままな方だったじゃないの。メラニー様はお優しい方だったけど」
「メラニー様が早くに亡くなったことが悔やまれるな。ご存命であれば、サム様ももう少しまともな扱いをされていたかもしれないのに」
「そんなことはないよ。メラニー様もサム様と不遇な扱いを受けただろうさ」
「そう考えると、サム様もマニオン様もお母上に良くも悪くも似たんだろうな」
サムの母メラニーは早くになくなっているが、彼女の評判は今でもよかった。
メイド上がりではあることもあって、偉ぶることなく、領民の味方だった。
彼女が存命だったころは、カリウス男爵も今よりはマシだったかもしれないと思われている。
メラニーが他界し、その後釜にもともとわがままで気性の激しかったヨランダが収まってしまったことで、彼女の傲慢さは増していく。
カリウスもヨランダの日頃の態度を知ってか知らずか、止めるようなことはしなかった。
そのおかげで、今ではすっかり、サム以外のラインバッハ男爵家は嫌われ者だ。
これで悪政を敷いていたら、とうに領民は逃げ出していただろう。
「なんにせよ、サム様が報われる日がくるとええのぉ」
そんな呟きに、領民たちはこぞって頷くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます