8「一年後」②
「あの時は、サムくんが強いってわからなかったからね。でも、今じゃ、サムくんのおかげでこの町は平和よ」
「お役に立てているならよかったです」
「……でも、ごめんね。本部に報告しても、十歳の男の子がワイルドベアをひとりで倒すなんて、それも複数体なんて信じてもらえないの。だからランクを上げてあげられないの」
心底すまなさそうに眉を下げるメリア。
彼女にとって、実力があるにもかかわらず、子供だからといって正当な評価をされないサムのことがもどかしくてならないのだろう。
専属で担当してくれているからこそ、責任感もあるようだ。
「気にしていませんよ。俺は、依頼を受けることができるだけでいいんですから」
「でもね、ちゃんと評価されさえすれば、王都から声がかかることだってあるのよ。そのほうがサムくんだって、いいでしょう?」
彼女が気にしてくれている理由を察した。
ラインバッハ男爵領で生活をするメリアも、例外なくサムの家での扱いを知っている。
メリアは、サムのためにも冒険者ギルドで正当な評価をされてほしいと願ってくれているのだ。
そうすれば、家での対応が変わるかもしれない、もしくは大腕を振って家から出ていくことだってできるかもしれない、と考えてくれているのだとわかった。
「ありがとうございます。でも、本当にいいんです」
「――そう。うん、サム君がそう言うなら私もしつこく言わないわ。さ、今日も頑張って査定するからちょっと待っててね! あ、いつも通りでいいの?」
「お願いします。ワイルドベアの肉は、町のみなさんにわけてください。あ、でも」
「わかっているわ。孤児院とサム君の分はいつも通りに別にしておくからね」
「ありがとうございます」
サムが請け負った今回の依頼は、ワイルドベアの討伐だ。
この依頼は、ラインバッハ領の森に住まうワイルドベアが人を襲わないために行われている。
普通の熊と違い、ワイルドベアは繁殖能力も高く、放っておけば森は彼らで溢れかえってしまうだろう。
そのための討伐依頼だ。
討伐の証拠は、ワイルドベアの体の一部を持って帰ってくればいいのだが、サムの場合は身体強化した膂力で最低でも二体は毎度引きずってくる。
当初は自分で森と町を往復することで、退治したワイルドベアを冒険者ギルドに渡していた。
こうすることで、依頼達成報酬とは別に、ワイルドベアそのものを買い取ってもらえるのだ。
近い将来、家を出て行こうとしているサムにとって、よい資金源となっているのだ。
そして、サムは、ワイルドベアの肉を無償で町の人たちに分け与えている。
ワイルドベアの肉は絶品とまではいかないが、そこそこ美味しい。
滋養にもよく、内臓は薬にもなるし、骨や武器に、皮も加工できる。
ある意味、無駄のないモンスターだった。
ラインバッハ男爵領は小さく、町も小さな町が並んでいる程度で、あとは森が広がっているだけだ。
狩猟も行われるが、ワイルドベアが生息しているため危険を伴う。
なので、あまり住民たちが肉を口にする機会はすくない。
あっても、家畜として育てている鶏程度だった。
そんな住民に、この一年間、サムはワイルドベアを振る舞い続けた。
当初は一体二体程度だったが、あまりにも好評だったので今では退治したワイルドベアを全て渡すようにしている。
そのため、査定からは肉が除外されてしまっているが、それでもそこそこの金となるのだ。
「みんな喜んでいるわよ。サム君のおかげでおいしい肉が食べられるって」
「全員に届き渡らないのが申し訳ないんですけど」
「もうっ、子供がそんなこと気にしないの。私たちはお肉を無料でもらえるだけで嬉しいんだから!」
基本、ワイルドベアの肉は欲しい住民たちが集まりくじを引いている。
一度肉を当てた家族は、一回休みにすることで住民たちに平等に行き渡るようにしていた。
教会が運営する孤児院と、退治したサムだけには毎日肉が渡されているが、それは微々たるものだ。
メリアもワイルドベアの肉を家族と一緒に美味しく食べている。
サムのおかげで食事や豊かになったし、子供も大人もお腹を満腹にさせて喜んでいるのは周知の事実だった。
おかげでサムの評価は一年前とはまるで別物となった。
かつては、剣の才能がないというだけで不遇な扱いをされている可哀想な男爵家の長男という評価だった。
それが今では、剣の才能こそないが魔法の才能を持ち、領民への思いやりに溢れる将来有望な少年、となっている。
いずれ出ていく予定の領地ではあるが、評判がよくなって悪い気はしない。
領民との仲も良くなり、気軽に挨拶を交わすほどになっている。
孤児院の子供たちからは「兄」のように慕われ、シスターたちからも感謝される日々は、サムに充実を与えてくれていた。
身体強化魔法というひとつの魔法で、多くの人たちを笑顔にできたことが、サムにとって嬉しかったのだ。
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