12「決意しました」①
「おい、無能!」
父親の執務室から自室へ歩いていると、あまり聞きたくない声に呼び止められてしまった。
嘆息するサムの視界の先には、木刀を持ったブロンドの髪の少年――マニオンが、ニタニタした笑みを浮かべて待ち構えていた。
マニオンはサムを見つけて近づいてくると、いやらしい顔をして唇を釣り上げた。
「父上から話は聞いたようだな」
「あ、うん。後継者おめでとう。がんばってね」
「――は?」
「え? だから、がんばってね」
せっかく応援してあげたのに、マニオンは唖然とした顔をした。
サムは理解できず、首を傾げると、感情が爆発したようにマニオンが叫ぶ。
「なんだっ、それは!」
「なにって、正式に後継者になったんだから、おめでとうって言ったんだけど」
「ふざけるな!」
「えー」
なぜか理不尽に怒鳴られてしまった。
今にも木刀を振り回しそうな弟を不思議そうに眺めていると、
(――あ)
彼の怒りの理由がようやくわかった。
(俺が悔しがるとか、泣いているとか思っていたのかな? それを見て小馬鹿にするためにわざわざ来たんだろうけど……はあ、つまらない子だなぁ。もっと他にすることないの?)
腹違いの弟の幼稚な行動に呆れてしまう。
いや、むしろ、九歳の子供がわざわざ兄が嘆く姿を見て馬鹿にしようと企んでいたことに驚きさえ覚える。
(陰湿なのは間違いないけど、大人顔負けなほど嫌味な子だなぁ)
しかし、残念ながら時間の無駄だった。
サムは、このラインバッハ家に愛着もなにも持っていないので、後継者になれなかったことを嘆くことなどしない。
むしろ、今後、自分が望むままに生きられることをワクワクしているくらいだ。
もしかしたら、マニオンに仕えろと父親から命令が来るかもしれないが、そんな命令に素直に従うつもりはない。
成人したらさっさとこの家を出ていくだけだ。
「……なんだ、こいつ? 本当にあのサミュエルか? ふんっ、まあいいさ、僕が次期当主だ。お前のような、メイド風情が産んだ下賤な血を引くお前ではなく、この僕が当主なんだ」
「そうだね」
「――っ、貴様! なんだその態度は! 使用人と領民から少しチヤホヤされているからって、調子に乗るなよ!」
「あのさ、結局、なんの用なの?」
日課の魔法の訓練をしたいのに、マニオンのせいでそれもままならない。
サムは内心、イライラしていた。
しかし、マニオンはそんなサムが気に入らなかったようだ。
「――っ、貴様! その舐めた態度をやめろ!」
唾を飛ばして激昂する弟に、サムは何度目かわからないため息を吐く。
どうやら弟の感情は、瞬間湯沸かし器のようだ。
「俺がいつ君に舐めた態度を取ったっていうの? 変な言いがかりつけるなら、そろそろ行ってもいい?」
「くっ、なんだ、貴様は! この間とはまるで別人じゃないか!」
「さあね。まあ、意地の悪い弟に木刀で殴打されて死にかけたら、そりゃ変化も起きるでしょう」
サムにとって、マニオンなどどうでもいい存在だ。
家族の情なんてあるはずもなく、向こうもそれは同じだろう。
強いていうのなら、あの日、サミュエル少年の意識と今のサムが入れ替わったとき、まだ九歳だったサミュエル少年は死んだと思っている。
なので、マニオンはサムにとって、仇であった。
そんな人間に愛想良くできないし、するつもりもない。
今までは突っかかってきても放置していたが、あまりにもしつこいようなら対応しなければならない。
別にマニオンの将来などどうでもいいが、このまま彼がわがままで傲慢に育ってしまうと、将来的に使用人のみんなや領民たちが苦労するのは目に見えている。
それはサムにとっても好ましくなかった。
「貴様っ、僕を馬鹿にするなと言っているんだろう!」
自分の思い通りの展開にならないことに、マニオンの限界は簡単に訪れたようだ。
手にしていた木刀を、なんの躊躇いもなくサムに向けて振るう。
だが、サムは迫りくる木刀の切っ先を、片手で易々掴んでしまったのだった。
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