第6話 新しい作戦


鬼塚おにづかおはよ」

「……。(読書中)」


 あれからというもの、この通り鬼塚はまた俺をシカトし始めたのだ。


 どうやら陰キャの俺におへそを見られたことを相当根に持っているらしい。まぁ、大人っぽいブラの形も確認済みだけどね。

 バドミントンで死ぬまで無限ラリーしたい(言ってない)と鬼塚から懇願(してない)してくるようになったばかりだったのに、これは正直かなり痛い。また振り出しからスタートとなるわけだ。

 周囲の視線は相変わらず『もういい加減諦めろよ』、とでも言いたげだが、馬鹿野郎こんなところでくじけてたまるか。お前らは知らない——鬼塚のあの無垢な笑顔を、可愛いおへそを、キュートな赤面顔を。


 俺としてはこの通りすでにリングに上がっているつもりなのだが、まぁ現状はこのありさまなので、とりあえずは作戦を練り直さなくてはならない。

『おはようキャンペーン』は毎日継続するとして、とりあえず不要不急のコミュニケーションは控えておこう。もとより鬼塚からすればこの俺からの『おはよう』も不要不急極まりないのかもしれないが。やべ、自分で言ってて悲しくなってきた。

 自分の席に着いた俺は、今日も変わらず狸寝入りで思案する。


 迎えた昼休み。俺が便所飯から戻ると、何やら教室が騒がしい。

 ドアの隙間から顔だけ出して覗いてみたが、そういえば俺はステルス性能を持ち合わせていたんだった、と自らが異能者であることを思い出したので、至極当然しごくとうぜん堂々と教室に足を踏み入れて自分の席に着いた。ほれみろ誰もが見向きもしない。

 騒動も継続中なので俺はここで秘儀㊁(狸寝入り)を発動させてみた。


『わ、悪い鬼塚さん。これ今日友達に貸りたやつでさ……俺が持って来たってわけじゃないんだよ』


「そう。じゃあなんで今読んでたわけ? それ漫画よね? 家に帰ってから読めばいいじゃない」


『え、えっと、読んでたっていうか、中身を確認してただけで……』


「確認? それなら一時間目の数学の授業でやってたじゃない。五十分丸々使って」


『げっ……』


「あぁ、あと二時間目の世界史と、三時間目の保健体育、さっきの古文の授業でもやってたわね」


『……全部見てたのかよ』


 鬼塚に詰め寄られ、男子生徒はばつが悪そうに身をすくめた。いいなぁあんなに鬼塚に話しかけてもらえて。距離もそこそこ近いし。いい匂いしそうだなぁ。あ、見てても問題無さそうなので狸寝入りはやめたよ。


 それなのにあの……名前忘れたけわ、男子Aは、はなんであんなに死人のような顔つきになってるんだ。理解できない。


『ご、ごめんなさい……』

 男子Aがそう謝ってがっくりと肩を落とすと、風紀委員長鬼塚は冷淡れいたんな眼差しのまま口にした。


「次やったら燃やすから。あと放課後は残ること。十八時まで反省文と教材室の掃除。終わらなかったら明日もだから。よろしく」


『そ、そんなぁ……!』


 …………そこそこキツイペナルティだな。

 思えば俺は今までああいう現場を目撃したことが無かったな。なるほどなるほど、確かに鬼ですわ。つかいまどきいるんだな、ああいう風紀委員って。そもそも風紀委員自体そんなにないと思うんだけど。令和もなめたもんじゃないな。


 ——とまぁそんなことはさておき! 一連の流れを見ていた俺は閃いてしまった。

 そういえば鬼塚は風紀委員長だ。なんなら鬼だ。ならばその条件を逆手に取ってしまうというのはどうだろう。何を言っているんだこの変態はと思われているかもしれないが、要するに俺もあの男子Aと同じ立場になればいいというわけだ。


 端的に言うと、校則を破りまくればいいのだ。


 そうすればわざわざ俺からあれこれコミュニケーションを取りに行かなくても、鬼塚の方からぐいぐいぐいぐい、ぐぐいのぐいだ。うぐいすもびっくりだ。

 その上! 放課後は鬼塚と二人っきりで空き教室の掃除! まぁ反省文は少し厄介だけど、鬼塚との甘々激甘シロノワールな放課後ライフを送れると考えれば安い通行料だ。

 そうと決まればこれしかない。これしかなくね?

 ただ一つ気を付けなければならないのが、校則を破るのはあくまで鬼塚と接近するためだということだ。罪の味に快感を覚え、罪を犯すことに熱を入れてしまうのはお門違いというもの。ゴールがぶれてしまっては本来行きたかった場所には行けないだろう。


 学校に漫画を持ってきたり授業中に弁当を食うぐらいなら大きい罰は無いだろう。退学とか停学は流石にシャレにならないので、流石に爆発物を持ち込んだりはしない。鬼塚がいないなら女子更衣室を覗くようなこともしない。いたらわからない。見たい……。


 がしかしむやみやたらに動くのもまずい。同じような失敗をしないためにも、まずはあの男子Aの動きを探るとしよう。今日は屋上での昼寝は無しだ。ステルス全開であいつに張り付こうと思う。っていうか俺が代わりにやるって名乗り出てもいいんだけどそれはあいつのためにならないし鬼塚も怒るよな。なんか俺いい奴みたいだな。


 こうして俺の、影山樹かげやまいつきの影山樹による影山樹のための鬼塚と接近大作戦が幕を開けた。


 放課後、一度屋上に避難した俺は、しばらくしてからもう一度教室へと戻ってみた。

 なぜ一度避難したのかというと、陰キャが放課後教室に残り続けるのは明らかに不自然なので、普段通りすでに帰宅したように見せかけるためだ。あとは己のステルスを信用するのみ。


 教室のドアの隙間からそっと中を覗いてみると、窓際の席の二つの影が目に付いた。


 見ると、男子Aが必死にペンを動かしている横の席で、鬼塚が腕を組んでおっぱいを強調しながら男子Aを見張っている。ご褒美タイムかな?


 案の定教室には奴ら二人だけ。こうしていると廊下を行き交う生徒もちらほら見受けられるが、大体皆ジャージやユニフォーム姿なので運動部の連中だろう。楽器を持ったおさげの可愛い女の子が一人通った。吹奏楽部だ。お、あの楽器はクラリネット。大変だよね木管楽器は。リード代かかるし手入れとかめんどいし音細かくて楽譜は真っ黒だしその上そこまで目立たないしたまには金管みたいなファンファーレでマーチの冒頭を飾ってみたりしたいよね。懐かしいなぁ中学時代を思い出すようんうん。


 というかあれ、まじで神イベントじゃないか。隣の席に座って小一時間推しに自分だけを見てもらえるなんて。一体前世でどれだけの徳を積んだらああなるんだ。羨ましい。羨ましいぞ男子A!


『あ、あの……家で書いてくるからさ、今日はもう帰っても……』


「ダメに決まってるじゃない。早く書きなさいよ。終わるまで見ててあげるから」


 鬼塚! 俺が書く! 書くよ! 俺が書くから! 俺のことも見ててくれ! というか俺だけを見ててくれ! 好きだ! ——今の、内緒な!


 というか思った通り、あの反省文は少し厄介だな。それでいて何度も校則を破るとなると、反省文も数をこなさなければならなくなる。あらかじめフォーマットを何通りか用意しておこう。


 それから男子Aがやっとの思いで反省文を書き終えると、鬼塚は間髪入れずに二階の教材室へと連行していた。放課後イチャイチャデート後半戦スタートである。

 俺は先ほど同様教材室の扉の前にしゃがみこんで、少しだけ開いた隙間からそっと中を覗き込む。なんかこれ、癖になりそうだな。鬼塚云々うんぬんは置いといても普通に楽しい。男の子は好きだもんな、スパイごっことか。


「じゃあ十八時まで手伝って。時間になったら帰っていいから」


『う、うん……。えっと、まずなにからやればいい?』


「そこのボックスにペンが入ってるでしょ? 色がバラバラになってるから全部元通りにして。あ、一本一本試し書きして使えるのとそうじゃないのはわけること。文化祭準備が始まったらまた各クラスに貸し出さないといけないから。隣にある書類やマグネットも一つ一つ確認すること。ゴミは分別してテーブルの上にまとめて、帰るときに捨ててきて」


『お、多すぎだろ……』


「別に今日だけで終わらせろなんて言ってないわ? 長引くなら毎日来ればいいじゃない」


『……嫌に決まってんだろ』


「何か言った?」


『ひぃ! なんでもないです!』


 ——鬼塚! 俺がやる! やるよ! 毎日俺がやるから! 俺が一緒にやるから! なんなら鬼塚の部屋の掃除も手伝う! 生涯手伝う! 好きだ! 結婚しよう!


 それからさらに小一時間、男子Aと鬼塚は黙々とほこりっぽい教材室で片付けにふけっていた。

 鬼塚があれこれパシる以外で二人の間に会話が生まれることは無かったが、いやはや羨ましい。羨まし過ぎる。


 教材室とは名ばかりで、実際のところ小さな物置みたいなものだ。普段使われている教室よりも全然狭い。つまるところ、あの状況は密室で男女と二人きりというシチュエーションにほかならない。羨まし過ぎて唇を噛んでいたせいかさっきから血の味がする。なんだこれ。昼ドラかな?


 そんなこんなで時刻はあっという間に十八時。片付けも終わり、すっかり疲れ果てた様子で男子Aは帰宅していった。



 ふむ、要領は理解した。

 ——影山樹、動きます。






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