第7話 断罪の時

 土日が明けて、陰鬱いんうつな月曜が幕を開けた。日本の場合、恐らく月曜日の自殺率が一番高い。


 どうせ読むなら新しいものの方が面白いなと思ったので、俺はこの土日で読みたい漫画を何冊か買ってきた。——【異世界に転生したので魔王城に就職してみたらめっちゃホワイト企業でした】、【異世界に転生したので寿司屋を流行らせてみた】、【異世界に転生したけど絶対に働かない】……すごいね異世界ブーム。


 ちなみに俺の日々の奇行が漫画やラノベになるならどんなタイトルが付くだろうか。【鬼の風紀委員長と結婚してみた!】とかがいいな。俺は鬼塚おにづかと結婚するためなら何度でも死ねるよ。


 万全の状態を整えた俺は今日も意気揚々いきようようと登校し、自分の教室へと入る。

 お行儀よく文庫本を読んでる鬼塚も相変わらず。でもちょっと今日はいつもより眠そうだね。あ、目こすった。可愛い。好き。

 そんな鬼塚の席を横切りながら、いつも通り挨拶をしてみた。


「おはよう鬼塚」

「……(読書中)」


 うん。だよね。


 しかし今日からの俺は少し違う。ぼっちで陰キャだからとあなどるなかれ。これからは立派な非行少年だ。その勢いと言ったらもう、盗んだバイクがまた誰かに盗まれてしまうぐらいだ。


 HRホームルームが終わり、一時間目開始の鐘が鳴る。試合開始のゴングでもある。

 一時間目は世界史。温厚なおじいちゃん先生だ。まぁちょっとやそっとじゃ怒られなさそうだし、俺は安心して非行に走れるというわけだ。


 そいうことで作戦その㊀——漫画を読む!


 教科書とノートは一応机の上に広げた状態で、俺は堂々と漫画も取り出した。ちなみにタイトルは……長いからいいや。あれ、異世界寿司屋。

 授業はいつも通り淡々と進行されていく。陽キャのうすら寒いおふざけでちょっと教室中がにぎやかになるのもいつも通り。見てて腹が立ってきたけどまぁそれは置いといて。


 ……ここで俺は今、重大な落とし穴に気が付いた。


 俺の席は鬼塚の二つ後ろ。ちなみにこれはあいうえお順なので妥当な話だ。席替えのくじ引きで俺が不正を働いたわけでは断じてない。それに鬼塚は俺にとってディスティニー的存在。ラノベ主人公らしからぬ幸運体質の俺だからそんな姑息な真似はしない。


 いや、何の話だ。つまりあれだ、俺がいくら非行に走ったところで鬼塚が気付くことはないのだ。まさかこんなところでこの幸運体質が災いするとは。全俺が震撼しんかんしてるよ。


 隣の席の女子がさっきから『うわ何その漫画つまらなそう』、みたいな視線をチラチラ送ってくるがそれには同感だ。これ全然おもんないよ。よかったら読む? ——なんで俺と目が合った瞬間一層嫌そうな顔すんの? ねぇ。つかもしかしてその嫌な目線は最初から俺に向けてた?


 それからも何事も無く授業は進行していき、結局俺は一冊全然面白くもない漫画を消化しきって終業の金が鳴った。

 作戦その㊀、失敗——つまり全部失敗じゃないか。自分の浅はかさを呪う……。


成すすべなく二時間目、三時間目は真面目に授業を受けて終わり、迎えた四時間目。

 この時間でこその名案が脳をよぎる。


 ちなみに授業内容はというと数学でそこそこ年配の優しいおっちゃん先生なので、まぁ怒られることは無いだろう。


 先生の、『教科書二十九ページ開いて~』という指示で、俺はバッグの中から弁当箱を取り出した。そう、早弁である。

 これなら鬼塚も、不意に鼻についた食べ物の匂いは無視できまい。なんせ今は授業中なんだからな。授業中にからあげや生姜焼きの匂いがしたらおかしいもんね。お前の好きな断罪だんざいのときだよ、鬼塚。


 あとは俺の弁当が梅干し一個の乗せの鮭弁とかじゃないことを祈るのみ。まぁここも心配ご無用。俺の母さんは基本面倒くさがりなので、弁当に白米を敷き詰めてその上に焼いた肉をドンだ。今のは効果音のドンと丼をかけたわけじゃない。よって弁当は毎日肉丼となる!


 赤い包みをほどくと、青く透明なタッパーが現れる。

 先生が何やらよくわからん数式を黒板に書き始めたのを一瞥して、俺はタッパーの蓋を開けた。よしきた、今日の弁当は生姜焼き丼だ。

 本日は少し早いお昼ご飯。それでは実食、いただきます。の前に。

 甘辛いたれの香ばしさが極力鬼塚の方に向くように、俺は教科書で弁当をあおいでみる。

 いやにしてもすごい匂いだな。っていうかみんなこっち見てるわ。めちゃくちゃ変な汗出てきた。

 しかしこれなら完璧だ。そう確信を得て、ふと鬼塚を見ると。


 ——ぱちり。しっかりと目が合った。


『こいつ何やってんの⁉』みたいなすごい顔、まさしく鬼の形相というやつで固まっているため、俺はすかさず追い打ちをかける。

 たれのよく絡んだ大きな豚肉一枚に狙いを定め、下に敷かれた白米を包み込むようにぎゅっと箸を押し入れ、そのまますくい上げる。


 そして豪快にがぶりと一口。


 う、うまい! なんだこれは! これに勝る罪の味は無い!


 一方鬼塚はというと、よしよしばっちりドン引きしている。

 言うまでもなく他のクラスメイトもドン引きしているが、モブはどうでもいい。勝手に見ててくれ。このチキン野郎ども。


 作戦は完全なる大成功を収め、波乱に満ちた四時間目も終わりを迎えた。


 そしてやってきた昼休み。俺が再び生姜焼き丼を堪能していると、案の定鬼塚がやってきた。ようやくラブコメの始まりである——否、ラヴコメの始まりである。

 バシンと俺の机に手を付いて、他人ひとでも殺すような目つきの鬼塚がぐいっと俺に迫ってくる。ここで俺も負けじと顔を前に伸ばしたらチューとかしちゃうんだろうね。一瞬やりかけたけどなんとか自制したよ。いやあにしても奇麗だ。可愛い。奇麗なものは遠くにあるから奇麗だというけど鬼塚はどこから見ても奇麗だ。


「あんたどういうつもり? 授業中にお弁当食べるとか、いい度胸してるわね」


「どうだ、あまりの男気に惚れ直したか」


「キモイわね。一回も惚れてないから」


「そっか……」

 普通に冗談だったし言われなくてもわかってるけど真面目にへこんじゃったよ……。


「とりあえずあんた、放課後残んなさいよね。反省文と掃除やらせるから」


「ま、マジで⁉ いいの⁉」

 つい、席を立って喜んでしまった。


「——は、はぁ⁉ 気持ち悪っ! と、とりあえず、帰ったら殺すから! 覚えておくように!」


「了解した!」


 目を輝かせて、俺は鬼塚に敬礼する。

 要件を済ませつつも困惑を隠しきれていない鬼塚は、そのまま自分の席へと戻っていった。


 俺も無事ミッションをこなしたので、食べかけの弁当を小脇に抱えてトイレに駆け込んだ。忘れちゃならないが俺の食事場所は本来ここ、男子トイレである。 

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る