第三十三話目 獣鬼
総勢七十二に及ぶ悪魔の群勢。対するは異界を生み出し、世界に悪影響を及ぼすほどの邪神。圧倒的な数に加えて、何よりも恐ろしいのは悪魔たちの姿だ。
しかし、どの悪魔もその目線、或いは向く方角は全て邪神に。どれだけ巫山戯た態度をしても彼らは絶対にそいつに背を向けることはなかった。何体かの悪魔がたゆたに興味深そうに近付いてはライムに牽制されて面白がって更に構い始めたり、退散していく。
『そんな……こ、こんなに沢山の悪魔を一度に召喚するだなんて』
『そんなに凄いこと……なんですか?』
笑の問いかけに、勝命君は首が取れそうなくらい激しく上下して肯定する。そんな彼に若干引き気味になりながらも、隣にいた微ちゃんから理由を教えてもらえた。
『勝命が壊れるのも無理はない。
悪魔とは、邪悪にして残虐な生き物であり決して人はそれらに心を許してはならないとされてきた。だが、悪魔には人にも神にも獣にもない特殊な力や魔力を体に宿して魔術を行使するのが大半という恐るべき存在だ。
だからこそ。悪魔は己らの欲望を満たすために人間を騙し、悪用する。それを眺めて如何に悲劇を嗤うかが、奴等の喜びだからな』
『我々の全学校にも、数十人の生徒と教師や関係者が存在するが……悪魔を宿す獣器は二人だけである。
ある意味では、神よりもお目にかかれない珍しいであろうな……』
そんな三人の側に、一羽の鳩が飛んできたかと思えば地に足をつけた瞬間姿を変えて人型となって現れた。草臥れた中年男性という表現が合う、気怠げに下げられた垂れ目が特徴的なポンチョのような服を着た悪魔は口に咥えた煙草を外して、また気怠げに息を吐く。
【コンニチハァ。
オジサンね、ハルファスって呼ばれる序列38の悪魔サン。いやぁオジサン、神を下ろした人間なんて見るの久しぶりだよ】
ポンチョを可愛らしく揺らしながら三人の周りできゃらきゃらと騒ぐ中年悪魔。必死に麗君にしがみ付く勝命君を面白がって彼の背中や腕を突いては悲鳴を上げる人間の姿を見て喜ぶ、悪魔。
そんな悪魔に短剣を向ける微ちゃんに怯えるような声を出しながらも笑い続けるハルファスは、やがてその背後から現れたインテリ筋肉ことフォラスによって身柄を拘束された。
【いけませんよ、ハルファス殿。そちらは我らが主人である羽降たゆた様のご友人だそうです。そう揶揄うものではありません】
フォラスのフォローに、揶揄われていた勝命君は更に傷付いてしまったらしく完全に麗君の背に隠れてはへこんでいた。
悪魔に庇われたのが相当ショックだったらしいな……気の毒に。
【だってさ、フォラス君。オジサンたちの他に神やら妖者やら世界のビックリ箱みたいじゃない。いやはや、久しく戦争なんてしてなかったけど、新しいご主人様は楽しいステージを用意してくれて優しいなぁ】
【アタクシたちは後衛ですからね。
おや。あの邪神に最も因縁のある方がやって来ました】
フォラスがそう言って、たゆたに近付くある悪魔を指差す。
全身を血で滲ませ、身に付けた包帯のあらゆる箇所から出血をしている。折れた角に、欠損した右腕。しかしそれ程の重傷を負った、二足歩行の巨漢とも言える……神話のミノタウルスを思わせる一体の悪魔は堂々と歩いて、たゆたの横に跪いた。
【召喚を心より感謝致します、我が王】
反対側でたゆたの耳元で何事か耳うちするライム。それを聞き終わると、たゆたは同じように地に膝を着いて目の前の悪魔と目を合わせる。
『モラクス、と呼んでも?』
【勿論です。我が王……あの邪神めを討ち取る機会を与えて下さった、尊き方。我が全身全霊を持ってお仕え致します。
どうか。どうか、我が身を前線へ】
あれだけ騒がしかった悪魔たちが、その勢いを潜めて二人のやりとりを見つめる。その目はどれも真剣そのもので、人間相手に頭を下げる同胞を馬鹿にした者は誰一人いなかった。
【モラクス君は、さぞ悔しかっただろうからね。あんな扱いされてしまえば、オジサンだってちょっと世界の一つくらい呪い殺してしまいそうだよ】
【はい。モラクス殿は苦渋を飲まされ、その特性故に反撃すらも許されなかった。
反撃のチャンスを掴めるとは彼自身が一番驚いているでしょう。まさか、人間が邪神の前まで辿り着いた挙句……自身を召喚できるあのソロモンの指輪を所有していただなんて】
ハルファスとフォラスの意味のわからない会話に、俺たちは全く着いていけなかった。余程間抜けな顔をしていたのか、俺たちを見たフォラスが俺たちが知り得ない真実を語る。
【皆様は、同一視という言葉を知っていますか? あそこにいる序列21の悪魔であるモラクスは、ある者と同一視されていたのです。それが、モレク神。異なるはずの二つの存在が、いつしか同一であると見做され、浸透する。二つは確かに別の存在でしたが、世界がいつしかそれらは同一であると決め付けてしまったために歪みが生まれる。
今回、モレク神がこの神典を生み出した際に己に宿っていたモラクスとしての側面を削ぎ落としました。純粋な邪神として自身の神としての格を上げてモラクスとしての悪魔の力を神典へと注ぎました】
初めは、確かに別々の存在だった邪神と悪魔。それが人々のせいで混ざり合い、同一視されたのがモレク神と悪魔モラクス。
『なんで削ぎ落としたりしたの? ソロモン72柱の悪魔だったモラクスがいた方が、それを利用したり出来たんじゃない?』
新食の言葉に、ハルファスが他の悪魔たちを指差して言った。
【君。あんな奴らが、神に気前よく自分の力を貸すと思うかい?】
その言葉には、何も反論出来なかった。あんな個性の暴力みたいな奴らがすんなりと言うことを聞いて従うとは思えない。
事実、モラクスも相当暴れたらしい。
【モレク神が本格的にモラクスを邪魔だと思ったのは、彼のある工作がバレたせいです。あなた方のその黒い機械はモレク神があらゆる魔術を込めて作り上げた物。テスカトリポカやパンドラの権能も込められているそうですよ?
モラクスは、足掻きの果てにそれにあるものを取り入れさせた。自身の魔力を込めた宝石を埋め込み、それを媒体として召喚者により良い使い魔を与えるようにと】
スマホを握りしめ、額にそれを当てる。感謝と喜びが入り混じって、仕方ない。
ああ。
俺の最優は、君で間違いない。
【支配権を奪われ、足掻くだけ足掻いてもモラクスは力だけを奪われ続けて最後は何もかも空っぽとなりアタクシたちの世界に帰って来ました。
大変でしたよ。力に変換するため腕まで奪われたのに武器を取り、怪我を治さないまま再戦をと泣き喚く同胞を押さえ込むのは。そもそもアタクシたちは、召喚されなければ世界を行き来できませんので……モラクスはそれはそれは、暴れ回って手が付けられなかった】
そんな時、彼に転機が訪れたわけだ。
自分を陥れ、散々こき使って挙句には無抵抗のまま力だけを抜かれて腕まで失うはめになった相手に。敵対する人間が現れ、しかもその人間によって召喚されたのだ。
屈辱を晴らすのに、これ以上の舞台はない。
【丁度良いタイミングでライム殿が飛び込んで来ましたからね。真っ先に彼の話に飛び付いて同じようにアタクシたちを引き摺って来たのもモラクスですから】
そうか、だから……だから悪魔であるはずの彼らがこうして全員揃って来てくれたわけなのか。
たゆたの両手を取り、泣きながら感謝を述べるモラクスに彼女は何度も同じように感謝の言葉を送る。
【そうでした、邪神に挑む前に我が王に贈りものを。心ばかりの礼でございますが我が王ならば喜んで下さるはず】
モラクスが立ち上がると、指を一つ鳴らす。暫く何も起こらなかったがその変化はすぐに形となった。
あの、巨像の炎から……聞き慣れた、獣の咆哮が体育館を揺らす。生贄を閉じ込めて灰も残さないような業火から飛び出て来た、赤には似ても似つかないその白は、再度咆哮を上げて復活を叫んだ。
走る少女が、その身に両手を伸ばす。
そんな感動の再会を今まで静かにしていた邪神が邪魔するべく再び周りの像を操って無防備な体に向ける。
が、それは許されない。
少女の背後に現れた、ハルファス。先程まですぐ近くにいたはずの中年悪魔は、その気怠げな目をそのままにポンチョを翻しながら武器を取り出す。宙に舞うありとあらゆる武器を後から来た悪魔たちが手にすると、それらを駆使して迎撃を開始する。
真っ青な馬に乗った髭を蓄えた老人が、見事としか言えない槍捌きでたゆたの身に迫る全ての危機を払う。炎を宿した双剣を携えた青年が、楽しげにたゆたの前に立ち塞がる小さな像を壊しては道を拓く。
そして、悪魔たちの完璧なサポートの元、二人はお互い抱き合って再会を喜び合うのだ。
『白呪っ……、白呪ぅ……』
【うん……うん。わ、こう。羽降、怪我、は……ない?】
主人の身を心配をする鬼に、たゆたは何度も頷いてはその身に縋り付いて名前を繰り返し呼ぶ。その度に白呪は応えて小さな主人を大切そうに抱えた。
【モラクスは召喚者により良い使い魔を与える力を持ちます。自分よりも下位なビーストであれば召喚は可能ですからね。
蘇って早々ですが、あなたにも参戦していただきますよ、白呪】
二人の元にライムが来れば、やっと元の三人が揃った。
ライムの言葉に同意を示すと白呪は明星を手にして戦闘態勢を取る。邪神の攻撃を全て封じた悪魔たちに……心底面白くなさそうに神典の主人は口を開く。
『……何故、指輪が存在している。子どもらが死ななければ出現しないはず。
ああ。全く……此れなるは、神であるというのに。いいだろう。指輪があるのならば奪うまで。
討ち零した悪魔諸共、全て、全て……此れなる神典の贄に供えてあげよう』
【召喚された身であれば、今度こそ貴様に一矢報いることが出来る。
覚悟しろ、邪神風情が。悪魔の真髄をその身に叩き付けてくれるわ】
ソロモン72柱の悪魔対、邪神モレクの戦いが今、開戦を告げる。
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