第三十一話 ソロモン72柱

『秘密を教えられた。ソロモンの気配を孕むそこの娘を使って神典を生もうと我策したが丹小櫓なる一族に阻まれて断念しようとした際に。


 ある神器が現れ、協力を申し出て来た。この世界をひっくり返すために各地で神典を生み、神の時代を築くとその神器は言った。どうでも良いと断ろうとしたが、奴は重ねてこの学校のある秘密を喋ったのだよ』


 この学校の、秘密?


 それを聞いた瞬間たゆたがモレクの言葉を止めようと、必死に叫ぶ。しかしそれは俺たちの苦しみを望む奴にとって何よりの褒美である。


 モレクは、俺たち九人を見つめた後で満面の笑みを浮かべた。


『かつて。ソロモンが神より賜ったソロモンの指輪を知っているだろうか。その行方は言明にされずそれは返されただの、ソロモンと共に眠るだの様々だが。


 実際はな。強大すぎる指輪を封じることも出来ず、かと言って神に返すこともしなかったソロモンは指輪を十に分けて十人の人間を選別してその身に封印したのだよ。


 理解しただろうか。人間、そこの十人の人間こそがソロモンの指輪を代々封じられし人間なんだ』


 唖然とする俺たちと、同じように俺たちを見つめる火黒先生たち。誰もがモレクの言葉を受け止めきれず、混乱する中で更にモレクは続ける。


『ソロモンの指輪と、ソロモンの気配をより濃く受け継いだ娘。


 触媒にはもってこいだった。そしてこの卒業式という日には多くの人間が集う、生贄の儀式には好都合でしかない。此れなるは最初はその十人がどの人間かはわからなかった。そこで先に捕まえておいた三柱の神器と我が権能の一部を消費して神典を構え、その中である程度の召喚能力を与えれば良い。


 何故だと?


 当たり前だろう。十人に与えられたのはソロモンの指輪。それを宿す人間はそこいらの人間よりも上手く獣を使役出来るのは当然なのだ』


 聞きたくない、もうこれ以上。


 何人も耳を塞いで床に座り込んだ。邪神の嘘だと、何度も自分に言い聞かせて。


 だって、そうじゃなきゃ。


『計算違いが、一つあった。


 戦神 蚩尤の存在だけが最もな障害。あれはこの学校の校長が此れなる神典に呑まれた際に最後の足掻きに召喚したもの。その身を全て投げ打って蚩尤を出現させた。あの男、スマートフォンを一つ隠していたらしい。そして本来ならば現れない蚩尤が、己の権能を使って強引にこの地に再臨した。


 蚩尤は、ソロモンの十人を此れなる御前に通さぬためにあの場所に留まっていた。指輪までも奪われれば、完全に人類は破滅に一歩駒を進めるから』


 だから、だから彼は。


 していたのは、モレクに対してであって……全てを、守るために扉を守っていたのか。


『人間が此処で全て死ぬべき、蚩尤はそう判断した。例え全ての人間が此れなる神典で息絶えても問題はない。死して初めて指輪は封印を解かれる、死体を探す手間が増えるだけ。


 しかし、蚩尤はそれで良しとした。時間を稼げさえすれば良い。それしかないと戦神でさえ諦めた』


 泣いては、ダメだ。泣いたら奴が喜ぶだけだろ。


 痛いくらいに腕を握り、痛みでこのどうしようもない悲しみを忘れようとした。しかし、どんなに自分を痛め付けたところでもう顔を上げることすら出来ない。


 知らない。


 そんなの、知らない。俺たちには関係ない、俺たちはただ……平和に。


『どういう気分だ?


 どんな気分かと聞いている。己らの存在のせいで何百という命の犠牲が生まれたのは。その命のせいで、今日という地獄を迎えた気分は』


 その言葉を皮切りに、仲間たちが泣き叫ぶ。床を殴り、顔を覆い、涙を流す。


 俺たちのせいだ。


 俺たちがいたから。


 とうとう溢れた涙を止めようと両手で押さえ付けても、それは決壊を続ける。ふと隣の友人を見れば、彼も泣きながら自身の両手を見つめていた。


『あんなに、大事だったのに……壊したの、俺じゃんっ……』


 初めて見る新食の涙。彼にとって何よりも得難い、大切と言える仲間たち。その大半を失った。


 俺たちが、此処にいるから。


『……愚かな人間共。幾年、時を重ねようとその愚かさは治らないものか。


 楽になると良い。涙を流しながら、その理由を得るための糧となって』


 迫る熱に、体が警鐘を鳴らす。身を焼かれる耐え難い炎に悲鳴を上げる体だが、もう一歩だって歩きたくない。


 だってもう、生きたくない。生きていたところで辛いだけ、犠牲を積むだけだ。


 長い両手が、手招きするように俺たちを誘う。あんなに恐ろしかったのに、今は許しを与える神のようにも見える。だからそれを受け入れた時……記憶の底で、大切な師匠が何かを叫んでいたような気がしたけど


 俺は、死を受け入れた。





『私ね、知ってたの』


 呟いたのは、君だった。


『蚩尤がね。一度目に私たちの正体を明かした。まだ、言ってなかったことがあるの。


 あの時、他にも何人かの生き残った生徒がいて、私たちは散々罵倒されて傷付けられて……何体かの獣器は自分から自滅したほど、酷い有り様だった』


 それは、果たしてそんな笑顔で語っても良いことなのだろうか?


 過去の記憶を話すたゆたは笑顔で、唯一その記憶を覚えているはずなのにそれを悲しむ素振りはしない。


『酷い言葉を投げ付けられて、攻撃もされたよ。みんな悲しんでそこから優勢だったはずの戦況は一気に覆された。流石戦神だよね、戦場じゃ上手うわてだった』


 俺たちに、決して言えない過去の記憶。


『だけどね、みんな。忘れないで。私たちはそこから残った獣器たちに救われて生き延びたんだよ。残ったケルピーと愚者は、他の生徒たちを守るために。


 忘れないで。みんなを助けたくて、命を掛けた人たちがいることを……忘れないで』


 何故、たゆただけがこんなに平静を保てるのか……思い出した、彼女の特殊な出自を。幼い頃から神と近くで過ごし、自身も同じように特別な力と共に育った。


『みんなは悪くないよ、何考えてるの。


 私たちを利用して他の人を殺したモレク神が悪いに決まってるでしょ。みんなは忘れちゃったかもしれないけど、なんでみんなが沢山の色んなビーストを倒したのにアイテムが殆どないか、わかる?


 生き残った生徒たちに配り歩いてたからだよ。私なんて殆どみんなのために使ったけど、みんなは他の学年の生き残った生徒や他クラスの生徒にも分け隔てなくアイテムをあげて励ましてたんだよ』


 海を荒らし、人々を困らせる要因を作ってしまう。しかしそれは彼女が悪いわけではない、間接的に悪いのだ。


 だから彼女はある意味、こういう現象に……慣れている。


『死んでも良いだなんて、二度と思わないで。言ったでしょ、私。


 今度は、私がみんなを守るって』


 笑うたゆたを、業火が呑み込もうと牙を剥く。その根源を見ればモレクは忌々しげに顔を歪めてたゆたに右手の掌を向けていた。


『目障りな……折角の涙を止めるなど。


 その光を摘めば、更なる絶望に涙するだろうか? 最初の生贄は貴様だ……ソロモンの娘』


 最後まで俺たちを見て、微笑んでいたたゆたが呑まれた。走り出そうとした俺たちよりも早く駆け出したのは、火黒先生だった。生徒たちの制止の声も聞く耳を持たず彼は炎の中に飛び込んだ。


『俺はな!! 教師として、この子どもを救うべきなんだよ! この、娘だけはな……この娘は、誇り高い同盟者だ!!』


 炎に包まれた二人は、一向にそこから出てこない。火黒先生がたゆたと共にそこから出てきて、なんでもないように助かる……そんな妄想はいつまでも現実にならない。


 残された者たちが、最悪の結末を想像した時……声が、聞こえた。









『告げる。


 契約に従い、その身を我が前に現せ』


『我が最後の願いに耳を貸したまえ』


『我が魂に誓って、自由を』


『召喚術式固定 ソロモンにより鍵を受け継ぎし身が、十の指輪と共にあり』


『ソロモン72柱の悪魔に告ぐ』


『再臨せよ、忠誠を此処に』



 虹色の魔法陣が、体育館全体に展開されて詠唱が終わると共に眩い光を放ちながら視界を遮る。


 薄暗い体育館に、薄気味悪い像がひしめいていた体育館に……何十体もの異形のモノが現れた。鳥の形をしたもの、二体以上の動物が組み合わさったもの、人型のものと様々なものが辺りを占拠している。


 いつの間にか業火が消えていて、そこにはたゆたを抱えた火黒先生が呆然とその中心にいた。見慣れた紳士が、そんな二人に近付くと慣れた様子でたゆたを奪い上げてついでとばかりに火黒先生を蹴り飛ばして満足気に主人にくっ付く。




【兄弟!! 大丈夫でしたか、怪我は!? ああ、気のせいかあなた、少し痩せてませんか!?】


『うーん、気のせいかな』


 ライム!!


 もう言葉もない、これは一体どうしたことかと誰もが開いた口が塞がらない。驚く中でたゆたの指に何か……光るものを見た。


 全ての指にはめられたのは、指輪だった。


『え。ライム……どう、なってるのよ……だってさっきライムは』


『どうなってるの?』


【説明して差し上げましょう】


 芽々ときぐねの背後から、ぬっと現れた存在に二人は悲鳴を上げながらその場から走り出してハヤブサの背後に隠れる。


 モノクルを光らせ、屈強な肉体を隠すのは全身白いスーツを決めたインテリっぽいけどマッスルな男に、場は凍り付く。


 悪魔のセンスは、わからん……。


【これはこれは。アタクシ、この度羽降たゆた様により喚び出されし序列 31番フォラスと申します。


 そうです。此処に参上した72の悪魔は、ソロモン72柱の悪魔で御座います】


 お見知り置きを、と柔らかに笑う男は屈強な肉体を小さく折ってお辞儀をする。釣られて同じように挨拶をして、事の重大さに気付いて大声を上げる。


 悪魔たちは、そんな俺たちをニヨニヨと小馬鹿にするように眺めていた。


【アタクシたち全員を喚び出すなんて、中々度胸のある人間かと思えばなるほど。あのソロモンの血が、僅かながら流れている。


 こうして72柱が再集結するなんて、何百年振りでしょうね】


【来る気なかったけどな。無視すりゃ良い話だが……


 まさか既に40番を陥落させてるたー驚きだよ、全くさ】


【斯様に必死に飛び回る40番は初めて見た。僅かながらに心揺らされた我らに非があるだろう】


 様々な悪魔が、一気に喋り出すがライムが一つ手を叩くとそれは静まり音一つなくなる。ライムの腕の中から出たたゆたが、72の悪魔に命令を下す。


『再臨を、心から感謝します。私は、誓います我が魂に。


 この戦いを最後に、私は指輪を今度こそ破棄します。言葉通り、これがあなたたちの最後の72柱としてのお仕事となります。


 望みは、一つ。二度と私に孤独を味合わせないで……元凶たる邪神 モレクを、倒して下さいッ!!』




 

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