第二十話 傷だらけのスマートフォン

 デジカメを構えていたのは、黄田先生だった。そこから考えてもこのデジカメの持ち主は黄田先生だということ。卒業式の始まる直前までこのデジカメでみんなの思い出を残してくれていたのに、何故このカメラはこんなところにあるのか。


 何より。このカメラに刻まれた記録は、俺たちに記憶として残っていない。


【こちらを】


 言い知れない違和感を抱えながら、呆然とデジカメを持ったままでいると横から声を掛けられた。見上げた先にいたのは傷だらけのスマートフォンを両手で持つライム。それを手にすると、画面にはたゆたの持つ情報の全てが記載されている。


【ステータス】

【フレンド】

【ミッション】

【アイテム】

【プレゼント】


【……ステータスと、アイテムをご覧下さい。兄弟が私にそれを託したということはこの中の物を全て公開し、活かせということでしょう。


 この戦いが終わった時。全て、お話します。なので今は……まだ、我が兄弟を信じていただきたいのです。どうか、我らの愚かな正体を見ても正気であるよう願ってます】


【ステータス

 ・名前 羽降たゆた

 ・称号 悪魔の共犯者

 ・状態 重症 魂の欠損

 ・獣器 悪魔ライム 

 ・サブ獣器 邪鬼オーガ】


【アイテム

 ・黒縁メガネ

 ・写真

 ・ゾンビの腐肉

 ・天狗のお面

 ・ゴブリンの棍棒

 ・人面樹の枝

 ・生徒手帳

 ・マンティコアの毒針

 ・ラミアの目】


【アイテムの多くは、これまでの道のりで使いました。アイテムにあるものの大半は倒したビーストからスマホに自動的に入ってきます。


 アイテムにも容量があるようで……捨てたものもあります。最近はあまり戦闘をしなかったので、残っているのは大切なものや使い道がなかったもの。あまり役立たないかもしれませんが、活用していただければ幸いかと】


 知らない名前のビーストに、何よりも目に付いたのは彼女の状態……重症の二文字がすぐに理解出来なくて目の前が真っ暗になったような気がした。そして、魂の欠損という穏やかではない言葉も。


 何故、あの時に気付かなかったのか。


 スマホの傷は深く、多く……古かった。傷に触れても周りが丸みを帯び始めていて、黄田先生のデジカメに出来た傷のようにチクチクとしない。スマホの傷は、もっとずっと前から刻まれていたのだ。


『……勝命君が。たゆたが……誰かと通話してたって、言ってたんだ』


【はい、私です。周囲のビースト殲滅と並行して兄弟に彼らの所在を教えていました。あの時は協力出来る望みは薄いと判断していましたから、多少手荒な真似をしようと思っていたので。


 その手段も、詳しくは戦いの後で。少し……長いお話になりますから】


 たゆたのスマホを持って、専也の元に行きみんなで話し合いをする。たゆたの持つアイテムの説明をライムにしてもらい、蚩尤の特性を大聖に話してもらう。あーでもない、こーでもないと声を荒げながら話し合いは佳境を迎える。


『孫悟空……様。あの、変化の術って生き物じゃなくても可能だったりするでしょうか……?』


【出来るぜ。だがな、内容による……物によっちゃ残りの妖力全てを注ぐことになるからなァ。


 何に化けろってんだよ】 


 専也が伝えた、化けてほしい物……それを聞いた瞬間から大聖のテンションはあからさまに下がってしまった。尻尾は垂れ下がり、吊り上がっていたイカつい目つきは一気に垂れ目のようになってしまったのだ。


【お前俺様に喧嘩売ってやがんの? いや、この俺様に不可能なんかねーけどよ……外見は問題ねーけど、中身は無理だ。


 ……ああ。なるほどな、そういう……イケるかもな、それなら】


『おっしゃーっ!! はっ! す、すみません取り乱して申し訳ありません殺さないでっ!!』


 床に土下座しそうな勢いの専也の前で、大聖はふむふむと顎を撫でるとライムから借りたスマホを手に取る。


【だが。それでも足りないものがある。それをこれで補うわけか? はっ、人間にしちゃよく考えたもんじゃねーの。


 さてと。必要なもんは大分あるが……全てなんとかなる範囲だ】 


【見事なり】


 ポン、と一つ手を叩くと大聖は如意棒を担いでから俺の肩に肘を掛けて扉を指差す。


【おい。さっさと開けろ、俺様は先に出て奴等を援護しにいく。さっきから戦況がよくねーんだよ、作戦を実行する前にあの二人にくたばられちゃたまんねー。


 むしろアイツらは要だ。絶対に堕とすわけにはいかねェからな】


『で、ではみんなには作戦をっ……最初にハヤブサと網前さんには弓矢を! 本当なら麗君にも手伝ってほしいことが……』


『ならば叩き起こす。我らにとってこれは任務だ。いつまでも寝ていられては困る』


 微ちゃんが奥の畳の方へ歩いていくと、宣言通り彼女は二人を叩き起こした。怪我人に対してなんて遠慮のない拳なのかと感心するほど、迷いのない一発だった。


 神様の加護があるとされていた二人は、重症ながらも意外と元気でそこは安心した。麗君はしきりに自分の顔を隠そうと服でなんとかしようと試行錯誤するが上手くいかない。顔が隠せないと力を出せない彼は、それを気にしてかかなり焦っていた。


『なぁ。一つ思ったんだが……』


 千之助とハヤブサがたゆたのスマホをライムから見せてもらっていると、ふと千之助が声を上げる。


『たゆたのスマホにある、このお面を出して顔を隠したらどうだ?』


 取り出されたのは、白い天狗のお面。それをかぶって麗君が両手を前に出すと、そこには彼のハンマーが現れた。


『……っ感謝するのである!! 何という着眼点、推理力!! ああ、これで戦える……本当にありがとう!』


『いやいや、これはたゆたの持ち物だからな。礼を言うならたゆたに。俺はただ思ったことを口にしただけさ』


 天狗のお面をした麗君が千之助の両手を握りしめてぶんぶん、と風を感じるほど振り回す。彼は満足したように次は笑の元へと向かって同じように手を握る。


『君にも、感謝を! 手を治療してくれてありがとう。ハンカチを汚してしまい、申し訳ない』


『いえ……遠慮なく汚して構いません。私もアイテムの中にウエットティッシュがあって今回初めて出せたから。気休めくらいにしかならないけど……』


 とんでもない、と感謝を口にする麗君に後ろからそっと専也が近づく。何か言いたいことがあるようだが人見知りの激しい専也が、必死に話し出すタイミングを窺う。しかし中々それが出来ないため、少しだけ手伝うことにする。


『麗君! うちの作戦隊長が君の能力についても知りたいみたいだから、少し話しておいてくれないかな』


『むむ、それは申し訳ない。作戦のためとあらばいくらでも力を貸す所存である』


 専也と麗君が話し合う中、入り口ではライムが結界を解いて大聖がその外に出るところだった。慌ててライムの隣に立つと、同じように大聖を見送る。


 ふと振り返った大聖と目が合うと、彼は驚いたように赤い眼を丸くしてからそれを細めて笑う。


【俺様の勇姿をしっかり見てろよ、小僧。むしろこの作戦の重要すぎる鍵は俺様なんだからな!】


『俺、まだ作戦のこと全然聞いてないんだけど。何か俺に出来ること、ある?』


 自分のことを指差してそう問いかけると、大聖は黙って如意棒を持っていない方の手で俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。かたい、おおきな手。


 知らないはずなのに。懐かしいんだ。


【お前に出来ること、あるぜ。いや……小僧、お前にしか出来ねーよ。


 生きたいと言い続けろ。未来を望み続けろ。それだけ出来れば、あの娘は報われるんだからな。


 俺様はお前の獣器だ。武器だ。だから、俺様は何度でもお前に勝利を授ける】


 觔斗雲を呼んだ彼は、それに乗ってひとっ飛び。金色の粒子を飛ばしながら消えた不思議な雲を見送ると、その先に戦い続ける二人を見た。


 片方は酷く息があがっていて、何度も激しく肩が上下する。既にあのオシャレなスーツのズボンは裾が燃えて台無しに。ダラリと下げる左手からは、酷い流血が。


 もう片方は、鬼の背に乗って巨体を攻める。火黒先生を庇っているのか積極的に白呪と共に前に出て囮となって戦っているらしい。蚩尤の足元から飛び出る赤い鎖を明星で砕きながら、応戦してみせる。白呪が蚩尤からの打撃を喰らいそうになり、バランスを崩してたゆたを落としてしまった。足場を失って落ちるたゆたを救ったのは、觔斗雲に乗った大聖。


 何事か話す彼らを見て、バクバクと鳴る胸を押さえながら安堵する。


『良かった……、ナイスだ大聖』


 觔斗雲で金色の線を描く大聖を見ながら、小さく胸の前でガッツポーズをする。


 ああ、俺の獣器が……彼女の力になっているんだ!


【……さぁ、作戦の続きを。斉天大聖が言っていたように、あなた方が我が兄弟の何よりの力なのです。


 ここを突破しましょう。共に】


『ライム……。


 ああ!! 勝とう、俺たちで力を合わせて! みんなで、みんなの力で!!』


 準備は整った。正真正銘、これがぶっつけ本番の大勝負。作戦をミスれば地獄は確実、先へは進めない。


 専也の作戦は、とんでもないものだった。本当に成功するかもわからないし、想像すら出来ない。だけど大聖は合意したのだ。こと戦いに至っては斉天大聖孫悟空ほど経験を積んだ者も少ない、その大聖が頷いた。


 ならば、光はある。


『作戦に必要なのは、タイミングとか勢いだとか色々あるけど……。


 やっぱり、気持ちだと思うんだよね。貪欲に勝ちを望む、大切だと思う。僕も正直、ゲームとかではいつも心の中にあるのはそれだもん。勝ちたい! 勝って、自信にするんだ! これはゲームじゃない。よっぽど厳しい現実だ。だけど、ゲームなら一人の方が多い……今は、違うっ!』


 みんなで円陣を組んで、叫ぶ。


『やってやろうじゃない、ここまで来ちゃったもんね』


『いやー楽しくてしょうがないよ』


『ふふっ、私たちはあんまり出番ないけどね』


 それでも構わない。今、ここにみんなでいることに意味があるのだから。必要ない奴なんて一人もいない。誰も欠けちゃいけない。


『よし、一致団結!!


 火黒先生とたゆたと助けに行こう! 俺たちで勝利を掴むんだ!!』




 高らかに響いた声に、少女が振り返った。


 傷だらけの体を気にすることなく、共に戦う者に背中を預けて秘密を抱えたまま……幸せそうに、笑う。



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