第十九話 背中合わせの二人
『おい。
うちの生徒らも頼んで良いか? ……俺もここを防ぐ方に入らせてもらうぜ』
背後から聞こえた声に振り返ると、気絶した麗君を担ぎながらこちらに歩いてくる火黒先生がいた。先程の攻撃のせいなのか、彼の靴はなくなり素足のままペタペタと床を歩いている。その更に後ろから勝命君に肩を貸しながら歩いてくる微ちゃん。
『網前がこっちの情報を伝えりゃ、少しは作戦の足しになるはずだ。俺はここでコイツに一発入れてやる……それに、年長者の意地みてぇなもんだ。
一緒に戦わせてくれるか?』
あの時、死闘を繰り広げた二人。互いに守るもののために戦い、たゆたはそれに敗れて負傷した。ボタンがなくなったブレザーと、既にボロボロになったブラウスからその傷は容易に確認出来る。己が刻み付けた傷を見て思うところがあったのか、火黒先生はバツが悪そうに下唇を噛む。
『では、よろしくお願いします。……そういえば、自己紹介もまだでした。挨拶もなしに戦ってたなんて、なんだか恥ずかしい……。
羽降たゆたです』
『火黒穢麦だ……。すまねぇ、ただの一般人だったのにそんな傷を残しちまった』
たゆたの差し出した手を、火黒先生が掴もうとしたところでライムがさっとたゆたの手を掴んで二人の握手を阻止する。妨害するライムを睨み付ける火黒先生だが、当のライムは知ったことかとその視線を無視した。
劇薬コンビめ。
【必ず戻ります。白呪、主人をしっかりと守るように】
目に入る空間いっぱい構えられた、数え切れない矢の数々。放たれたそれを見ればなるほど……雨のようだと、どこか他人事のように考えていた。走り出す俺たちの先には、ライムが烏の姿となって麗君と勝命君を運びながら先導する。殿には大聖が配置され、移動を開始していた。
『こんな雨降ってるのに、あの先生って炎使いなんでしょ? 大丈夫なの?』
『問題ない。金ピカの炎は妖力と言う妖の力を帯びた特殊なもの。雨などでは消えたりはしない』
きぐねの質問に答えたのは、微ちゃんだった。何度か蚩尤の矢に当たってしまったのか体の所々から出血し、手に持っているのは短刀のみ。彼女が持っていた弓は無惨に破壊されて、腰に括り付けられていた。
『派手なのは頭だけではなく、その攻撃も同様だ。超攻撃型獣器であるあの者でも苦戦を強いられるとは……何とも、頭が痛い』
火黒先生が放った巨大な炎の塊を白呪が明星で殴って、散り散りになったそれが矢を迎え撃つ。炎から逃れた矢に火黒先生が対処し、次の矢を放つタイミングを与えないように白呪に抱えられたたゆたが接近戦で蚩尤に挑む。大して話し合うような時間もないのに、たゆたと火黒先生の息は合っている。お互いに攻撃の合間に次の行動を決め、次の瞬間には走り始めている。
そして、お互いを補うことを忘れないのだ。攻撃を防がれて着地したたゆたの足元に潜んでいた赤い鎖。捕まりそうになったその足元から鎖を焼き切って現れたのは荒々しい三本の火柱。慌てて火柱の間から抜け出したたゆたは、お礼を言いながら火黒先生の元へ行くと背中合わせになって蚩尤からの攻撃を防ぐ。
『……素晴らしいな。初めて会った者と、あそこまで連携が出来るとは。金ピカが多少は補っているが、文句なく合格だぞ』
三人で、蚩尤を止めた。こちらには矢の一本も届くことはなくなり背後から激しい戦闘の音が響くばかりだ。先程の方が人数は多かったのに、連携次第でこうも差が出るのかと驚かされる。
【確か、この辺りに……】
烏の姿のままキョロキョロと首を動かすライム。やがて目的のものを見付けたのか、高度を下げて人の姿に戻って二人を抱えながら俺たちに声を掛ける。
ライムが目指していたのは、武道場倉庫だった。
【入って下さい! 入り口に障壁を展開させます、急いで!】
バタバタと慌ててみんなが倉庫に入る。入り口の前で、後ろを振り返る。戦いは苛烈を極め、一進一退の攻防が止まない……。
大聖に背中を押されながら倉庫に入ると、扉は閉じて障壁が張られた。
『紙とペンはある?』
『使える武器を、相性とかは』
『今までの攻撃パターンと、その特徴を!』
倉庫に入ると、三組のみんなが話し合いのために場所をあけて床に紙やペンを広げていく。その光景に唖然とする微ちゃんを呼んで、作戦会議を開始する。
負傷して眠る二人は倉庫の奥にある畳の上で寝かせて、笑が出来る限りの手当てをしてくれている。
『まずは弱点だろ、あの巨人に弱点がない。純粋な力勝負じゃ確実に負ける』
海我がそう話すと、専也はそれに頷くも紙に何かを書き殴っていく。
『蚩尤の武器の一つ一つは封じられることがわかった。たゆたちゃんがそれを証明してくれたし、力も多少は白呪君が上回ることもある。たゆたちゃんと白呪君の体力がある今が攻め時なのは間違いないんだ、だけど……それだけじゃ勝てない、無限に湧き出る武器とか本当チートすぎぃっ!!』
鬱陶しそうに前髪を払う専也に、きぐねがヘアピンを貸してあげた。紙に何かを書いていた専也が、ふと微ちゃんへと目を向ける。
『あ、の……君たち四人のステータス、っていうか……どういう戦闘スタイルで何が出来て得意な武器とか教えてほしいなって……思いますすいません!!』
『構わない。
私はアパイアー神というギリシャの女神を宿す神器。その特性として姿を消すことが出来る。武器は弓矢だが……先程、蚩尤によって破壊されてしまった。時間と道具さえあれば麗が直せるが、今の状況では無理だ。すまない……』
やはり彼女の武器は蚩尤によって破壊されていた。しかし、姿を消す力というのは凄い。専也も興奮したように声を上げながら手元の紙に新たな情報を書き殴る。
『金ピカは、
側にいる人間が、諸共焼き殺される』
あれで、まだ制御した火力だったのか。
これには皆、驚く他ない。あんなに凄い技より、更に威力が上がるなんて。靴が焼き消えてなくなっても、本人は火傷一つ負っていなかったのも空亡故の体質。
『麗は、火と鍛治の神であるヘパイストスを宿した神器だ。同じくギリシャの神で、様々な武器作りにも精通している。だが、先代からヘパイストスを継承している家系ではあるが正直麗本人との相性が悪い。器としての形は完成しているが、魂が不一致でな……だから麗はヘパイストスの力を完全に引き出せない。
特に今は、マスクがない。あのマスクはヘパイストスが嫌う麗の顔を隠すもの。顔を隠さなければ、彼の整った顔を嫌うヘパイストスが一切の力を封じるのだ。だが、ヘパイストスの力を使って生み出す奴の武器は強力だ』
神の器である条件を揃えているのに、神に嫌われた少年。気絶した麗君は、その整った顔を晒して眠るも……神様はそんな彼の素顔を嫌う。彼が目覚めればかなり心強いが、現状では戦線の復帰は難しそうだ。
『勝命は、勝利のニケ神をその身に宿している。ニケ神もギリシャ神であり我ら三人はギリシャ神チームと呼ばれているわけだ。
勝利の女神たるニケ神を宿した勝命は、まさに勝利の鍵だ。ニケ神はティタノマキアというオリュンポスの神々対クロノス率いるティターン巨神族の戦いにて、あのゼウスに賞されるほどの女神。勝命自身がまだ力を使い熟せていないこともあるが、確実に勝利を呼び寄せる力があるのは間違いない』
以上だ、と言って説明を終わらせた微ちゃんは流石に喋り疲れたのか溜息を一つ吐いてから専也を見る。紙に次々と情報を書き綴る彼の様子を見守っていると、専也はバッと顔を上げると大聖を見上げた。大聖は仕方ないと言わんばかりに入り口付近に背中を預けていた状態からみんなの方へ歩いてきた。
【斉天大聖 孫悟空様だ。さっきも見せた通り、俺様は如意棒と筋斗雲……あとはそォだなあ、神通力もあるが蚩尤の心は読めねぇ。単純なことだ、今の俺様のレベルじゃ神通力もかなり精度が落ちてやがる。
ああ。だが、変化なら出来るぞ。俺様の変化はスゲーぞ。だが……物によっては一度きりだ。それを終えれば、俺様は消える】
そこで決めろ。そう言い終えた大聖は、再び壁に背を預けて俺たちの様子を眺める。その言葉を受けて専也は……何度も頭を抱えて唸り、紙をぐしゃぐしゃに丸めては捨てを繰り返す。
こういう時の専也は、暫く声を掛けないのが鉄則だ。俺は気になることがあったのでハヤブサの元へと向かった。
『ハヤブサ。俺のプレゼントに入ってた大聖の毛ってやつ、長押ししたら実体化したんだよ。ハヤブサのさっきのアイテムも、それで出るんじゃないか?』
ハヤブサと共に、彼のスマホにある二つの謎のアイテムを実体化させるための実験を行う。
結果を言えば、成功した。アイテムを取り出すことに成功したのだ。床に散らばる、鍵とデジカメ。
『ああ……、思い出した。思い出したぞ、尊』
鍵を持ったハヤブサは、それを倉庫の奥にある金庫へとさした。鍵はピッタリと嵌って扉が開かれる音がした。
『これは、体育関係の三番目の鍵……三番は武道場倉庫の鍵だ。一年の頃、体育の
ハヤブサは、一年生の頃はその類稀なる運動神経から様々な運動部に勧誘されていて当時興味を示して積極的に通ったのが弓道部だった。しかし、やはり走ることが好きだったハヤブサは半年程で陸上部に入ったのだ。本人は楽しいから部活をする、というスタンスだったからアッサリと転部をしてその後はずっと陸上部だった。
金庫の中には、弓道部が使うものや予備の弓に、矢が入っていた。
『凄いじゃないか! これを微ちゃんに使ってもらえばいいし、ハヤブサもまだ射てるんじゃないか!?』
『そう、だな……だが。何故鍵が俺のスマホに……。弓矢が入ったこの金庫の鍵は大切なものだから、黄田先生が持っていたはずだが……』
三番と刻まれた鍵を見ながら、ハヤブサは暫く黙って何かを考えた後で先程拾ったデジカメに目を向ける。
『尊。これも見てみよう……』
『デジカメか? そうだな。何か良い手がかりがあるかもしれないし』
そして俺たちは、それを起動した。
後ろからそれを見守るライムが静かに目を閉じて俯き、大聖がそんなライムを見ては盛大な舌打ちをしたことなど知らずに。
『写真だ、これ……卒業式の……』
デジカメは、まるでこの日のために購入されたものだったのか新品に近い。データを消しただけかもしれないが、写真は全て今日の卒業式の日のものだ。正確には、卒業式を控えた俺たちが教室で待機してバカ騒ぎしている時のものや登校の時の写真ばかり。
卒業式本番の時のものはなく、最後にある写真に映されていたのは廊下で待機する俺たちの姿だった。
『尊、ムービーが一つだけある』
それを再生した時、何故か俺たちは違和感を感じずにはいられなかった。廊下で待機して、言葉を交わす先生と俺たち。
「先生〜、泣いてるの? 私たちが初めて受け持つ大事な生徒だもんね!」
「俺たちが全員で卒業するのが夢なんでしょー? 先生もう夢叶っちゃったじゃん。おめでとう、先生」
「何を言う。先生の夢はな、九十のヨボヨボなお爺ちゃんになるまで長生きすることだぞ」
「ははは、何それ。普通百でしょ」
「たゆたのお婆ちゃんが九十なのに凄い元気バリバリだったからな……百歳は流石にちょっと欲張りだろ。
全く、おめでとうを言うのは先生の方だぞ。ああ。黄田先生、校長から卒業生たちに配ってほしいものがあるそうで……他のクラスの子たちにも配ってきていただけますか?」
「校長が? 今までそんなことなかったがな……。わかりました、お手伝いしますよ」
映像は、そこで切れていた。
先生と言葉を交わしていたのは、間違いなく俺たちなのに……どういうことなのか?
俺には、廊下でそんなやりとりをした記憶がないのだ。
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