第十三話 戦線崩壊
『尊。少しいいだろうか』
多目的室を出て移動する中、ハヤブサが前列から外れて駆けてきた。スマホを片手に思い詰めたような表情を浮かべたハヤブサの様子からすぐに話を聞いた。
『すまない、つい先程知ったから知らせるのが遅れてしまったことがある』
『良いよ。どうしたんだ?』
歩きながらハヤブサからスマホを手渡されるとそれを受け取って画面を見る。画面に表示されていたのはアイテムの覧だった。俺はプレゼントの中に変な毛、しかないが。
『一番初めに教室でスマホを確認していた時には、何も表示されてなかったはずなんだ。だが、今確認してみたら妙なものが入っていた。今まで確認していなかったから、いつ増えたのかは不明だ。
千之助にも伝えて来たが、お前にも知っておいてほしかった』
いつもいつも切りすぎてしまうとボヤく彼は、前髪がかなり短い。前をよく見るために頻繁に切るのと、苦手なくせに自分でやるのが失敗の元だ。
だから、ハヤブサと話す時は嫌でもその真っ直ぐな目と目が合う。素直すぎる彼の言葉と目力にはハッキリとした力がある。
『鍵・三番とデジタルカメラ……? デジタルカメラは兎も角、鍵の三番ってなんだ』
『それが、なんとなく頭に引っ掛かるものがあるんだが思い出せないんだ……。考えても考えても、全く思い出せない……申し訳ない、思い出したらすぐに伝える』
淡々と話しているが、かなり焦っているのがわかる。意識していないとすぐに早足になってしまう癖が出て、まだ妙な方向に歩いていきそうになるハヤブサの背中を引っ掴んでやる。
やめてくれ、お前はこの中の即戦力組なんだぞ。どっか行くな。
『わかったよ。それとなくみんなにも伝えておく、そこまで考えさせたくはないんだろ? お前も頑張れば思い出せそうだし』
そう問いかければ、無表情ながらも頭を抱えたハヤブサが数秒の間を置いてからコクリと一つ頷く。それを見て満足した俺は最後に聞きたいことがあったので彼に尋ねたのだ。
『で? なんで俺に相談したんだ。リーダーには話したんだろ?』
千之助なら、俺と同じように後でみんなに聞いてくれただろう。大して変わらない対応しか出来ない俺に、何故?
『尊は裏リーダーだ』
その言葉に、思わず声を出してしまった。間抜けな、言葉にもなっていないそれを聞いて周りからの痛いくらいの視線が集まっているのにハヤブサは全く臆さずに続ける。
『尊は、いつも俺たちを後ろから見守っている。千之助は前だ。前でみんなに指示を出せるリーダー。
お前は、俺たちをよく見ている。そして理解していて、更に知りたいと思ってくれている。何かあれば、最後まで心配して寄り添ってくれるのはクラスでも尊が最たる人物だと思う。
すまない。言葉足らずで上手く言えないが、そうだな。一言で片付けてしまうのは業腹だが、あれだ。“一番信頼出来る”うん、これが一番しっくりとくる』
最初から最後まで、奴は真顔だった。なんでもないような顔で、クソ恥ずかしいことを直球正面どストライクでかまして来やがるんだからタチが悪い。
五秒ほど、たっぷりと時間を掛けながら深い溜息を吐いた。
『やめてくれぇー……、わかった。わかったから、信頼度No. 1の尊さんが請け負ったから……お前もう戻りなさい』
ハウス、と告げれば素直な返事をしてハヤブサは前列へと駆け足で戻って行った。そして先程から感じる気配へと目を向ければ案の定新食が腹と口を押さえて大爆笑していた。なんとも器用に、歩きながら。
『おーおー。笑え笑え、死ぬ前に死ぬほど笑っとけ。いっそ笑い死ね。笑い上戸が』
『だっ、…てっ! ぶはっ、はははっ! 良かったじゃない、尊。裏リーダーっ、くふっふふふ、あははははっ!!』
もうどうしたって止まらないアホを放っておいて、暫し考える。
自分は、そんな風に思われていたのかと。
『……俺も、お前には感謝してる』
ダメ押しとばかりに声を出したのは、前を歩く海我だった。隣にいないたゆた。数時間前はその隣を歩いていた彼女を思い出すように、海我はその場所へ少し視線をずらした。
『……お前たちがあの島からたゆたを連れ出して来てくれたから、俺はまた学校に行けた。たゆたっつーキッカケがなけりゃ、俺は二度と学校なんざ来る気はなかったからな……。
俺とたゆたの人生は、お前たちのおかげで大分良くなった。……俺とたゆたは二年間しかいなかったけどよ、アイツは本当によく笑うようになったぜ? 俺も、お前らといるのは気が楽だった』
だから、ありがとう。とこちらを一切振り返ることなく海我は一方的に喋ってから早足で歩き出してしまった。ここにたゆたがいればきっと、そんな彼を引っ張りながら再び礼を言いに来るような気がするが生憎と彼女は眠ったまま。
そんな風に、みんな思ってたなんて……知らなかった。
『なんだよ、みんなして……』
鼻がツンとして、視界が潤んで仕方ない。ニヤニヤと笑う悪友が煩くて、絶対にそれを零すまいと天井を見上げて必死に鼻水を啜る。汚いや、煩いと女子たちから非難されるが関係ない。そのままでみんなにハヤブサからの話や、少し緊張を解せるようにと色んな会話を混ぜて話してきたが収穫はなかった。むしろ誰かと話せば、その分だけいじられるのだからたまったもんじゃない。
ここが、卒業式の場であったのならなんの躊躇いもなくこの涙を流すことが出来たのに。
『……異界が開くぞ』
真っ暗な廊下の先が、グニャリと吸い込まれたかと思えば今までなかった扉が当たり前のようにそこに存在する。木製の両開きの扉と、その上にある札に刻まれた武道場の文字。漸く現れたその場所を前に、キンと耳鳴りがするほど静かな空間に耳が痛む。一番前を歩いていた火黒先生が扉に手を掛け、それを開く。
そこは、俺たちの知る武道場よりもよっぽど広い空間だった。一体どこのサッカースタジアムに来てしまったのかと錯覚するような広さは明らかに、本来のそれが捻じ曲げられたものだ。
そして、それはいた。
『……っ、三年生共。お前らは極力離れたところにいろ。戦闘に巻き込まれないことはほぼ不可能。お前らを守る余裕は、多分……ねぇからな』
火黒先生の言葉が終わると、勝命君たちがその周りを固めるようにそれぞれの武器を手に覚悟を決めたように立つ。
『お前らも、ここで死ぬかもしれねぇからな。俺も……本気出してもヤバいだろうからなぁ……。
死んでくれるなよ、お前らは』
持っていた上着を投げ捨てた火黒先生は、最前線を行く。そんな彼を追いかけるように小さな少年少女が何の迷いもなく歩き出す。そして、もう一人。
【私も行きます。彼らだけでは、歯が立たない相手でしょうからね】
大切に抱えていたたゆたを俺に預けて、ライムはステッキと剣を出した。たゆたを抱えたまま、その服を掴もうとして失敗して、たゆたを抱えたままライムの背に突っ込んでしまった。
『まて、待っ、てくれ……』
それは、震える足が上手く歩けなかったからだ。
『いくな、ライムっ……! あれ、なんだっ!? あ、あんなやばいの、む、り無理だ……!!
しぬ、しんじゃうっ……!!』
巨人だ。
この、巨大な武道場になんの違和感なく馴染んで仁王立ちする、巨人。武道場にはいくつもの掛け軸が壁に掛けられていたが、それらは全て赤旗へと変えられていた。一体何メートルあるのか、八? 否、十階のマンションほどの巨人が立ちはだかる姿に完全にこちらは戦意を失っているというのに。
あれが、神というものか?
仲間たちは、言葉もなく壁沿いにその身を縮こませてただ
『うっわ……エグいね、ありゃ』
『新食は相変わらず空気読まなすぎ。流石にこれは僕たち、出る幕どころか死ぬのが当然って感じだね』
静かに会話する二人を他所に、たゆたを抱きしめる力を強めながらライムの服を引く。ああ、たゆたが眠っていて、本当に良かった。
『逃げようっ、逃げようライム!!』
スマホが鳴り響く。そんなものに構わず、縋るようにライムに懇願する。
あんなの勝てるわけない。どうやって倒すんだ、まだ表情もよくわからないのに全身から溢れる狂気からこっちは気が狂いそうだ。作戦も、勇気も、何も関係ない。
無駄だ。あんなの、挑む方がどうかしてるんだ。
『君が、死んだらっ……たゆたが悲しむ!!』
【ですが。私も行かなければ、結局は兄弟もあなた方も死ぬのですよ。逃げたところでその先に何があるのですか?
考えなさい。考え尽くしてから、後悔して死になさい。それが嫌なら生きなさい。我が兄弟が生かした人間ならば、それくらいして見せなさい】
掴んだ服が、スルリと手から離れていく。左手にステッキを。右手には剣を持ってライムは飛び立った。
そっと覗いた寝顔は、傷痕だらけだった。丁寧に治療されているけど細かい傷や痣なんかが沢山ある。それは全て、守りたかったものが彼女にあったから。
『っ、たゆ、た』
武道場の床に膝をついて、そっと頭を撫でれば白い髪飾りが落ちた。慌ててそれを拾えば、それは……俺があげて新食が作った卒業生の証。戦いには邪魔だっただろうに、それは何箇所か直した痕跡があり大切にしていたことがわかる。花が映えるように、後ろではなく顔の近くに飾ってやれば彼女にとても似合っていた。
『……新食、芽々。お前ら動けそうか?』
再びたゆたを抱き上げて声を掛ければ、二人は元気よく声を返してくれた。
『モチ〜。むしろここで動かないつもりならクソつまんないなーって思ってた』
『僕も平気だよ。かなりキツいけど、まぁ動けそうかな』
歩くこともやっとだった俺からすれば、上々以外の何者でもない。振り返って頷き合えば、それ以上に言葉は不要。閉まり切った扉の近くでしゃがむ海我に、たゆたを預ける。
『海我。
海我、大丈夫だ、ここにいろ。みんなとここにいてくれ。たゆたを頼むぞ』
放心する海我の肩を叩いてから、俺たち三人も五人を追って走り出す。いくら走っても大して変わらない景色。闇の中に、ところどころにある松明のおかげでなんとか視界も確保出来る。嫌でも目に入る巨人も。
『あの巨人、なんなんだろう? あれが神様ってことかな。神様があの標準なら世界なんてあっという間に滅びそうだね』
『なんか、話してる感じがするな……』
巨人が話すだけで、空気が響き渡る。しかしそれが聞き取りづらく一刻も早く合流しようと足に鞭打ち走り続ける。
そして、聞こえたのだ。
【貴様らは、この場で全て死す定め】
【我が手に掛かって死ねるは本望】
【我が名は
【反乱を始める】
宙を浮かぶ無数の矢が、こちらを向いた。弓もないのに一人でに浮かぶそれは巨人が手を振り翳すのと同時に一斉にこちらへ飛来する。その事実を受け入れ、理解した時には既に多くの矢が眼前に迫っていた。すぐ隣を走っていた新食に手を引かれ、床に何の受け身も取れずにぶつかるように倒れ込んだ。すぐ近くを矢が通る音がして、息を呑んでただ祈るように身を固くしていた。
攻撃が止んだ時、無傷だった俺はすぐに起き上がって辺りを見渡す。隣で床に身を伏せていた新食や、芽々も大事無い。すぐ目の前に矢が刺さっている光景に芽々は顔を引き攣らせていた。
『みんなはっ……?!』
『平気みたい。向こうまでは殆ど矢が届いてないよ』
新食の言う通り、三組のメンバーたちの元に矢は届かなかった。ホッとして再び歩き出そうとした瞬間、悲痛な叫び声が響いた。
『勝命っ!!』
『しっかりっ、勝命!!』
麗君と微ちゃんを庇うように二人を抱きしめていた勝命君が、背中に矢を受けながら静かに倒れ込んでしまった。必死に対応する二人と、それを見た火黒先生が全身から炎を出して、蚩尤へと走り出す。黒と赤の混じった、禍々しい炎を噴射させて空を飛びながら蚩尤めがけて攻撃を仕掛ける彼を、嘲笑うように。手にした赤い盾を放てば意思を持ったようにそれは宙を舞い、火黒先生の蹴りを難なく受け止めてはその体を壁に向かって吹き飛ばす。壁を壊して、その身を埋めた火黒先生は黒煙と共に姿を消した。
一瞬にして崩壊した戦線に、無防備な身のまま俺たちは巨人の一瞥を受けることになる。
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