第十二話 共同戦線

『じゃ、次はこっちの番だね』


 すっかり混乱する俺を他所に、今度は新食が火黒先生たちに質問を投げ付ける。一番重要なことを、聞くつもりだ。


『アンタらの目的を教えてよ。この異界ってのを調査するなら、もう内容は概ね把握出来たんじゃないの? ご覧の通り、ここは地獄だよ。もう満足したー? そんで帰るつもりなら、こっちは是非ともご一緒したいんだけど』


 帰るための、手段。これこそが彼らにしかわからない、彼らにしか頼れないこと。入ることが出来た。つまり、入口がある。ならば当然出口もあると考えるのが普通だ。


 願うことはそれだけなのに、火黒先生と生徒たちの様子が妙だった。


 これから先の言葉を聞くのが怖くて、怖くて仕方ない。一度も見れなかった希望を掴みたいだけなのに現実はいつだって非情だ。


『俺たちの目的は、この罪区特殊異界の調査が主だ。調査次第、俺の一存でそのまま異界の出所を叩くか、撤退するかを決める予定だったんだよ。


 俺は撤退を取った。この異界の処理は今の一年生や俺だけでは荷が重いって……そう判断して別行動中のコイツらの元に戻ったんだよ。そしたら、そこの娘が生徒に襲い掛かってたから応戦したわけなんだがなぁ』


 その視線の先には、たゆたがいた。戦いでの傷でも痛むのか火黒先生は頭を撫でた後、腰に手を置いてその頭を下げた。


『それに関してはすまねぇ……。網前が最初に奇襲を掛けたのが始まりだったらしい。そこから戦闘に入り、逃げる網前をあの娘が追って来たんだそうだ。少し手並みを拝見するつもりが、想像以上の猛攻に耐え切れず姿逃走したにも関わらず追い付かれた……。


 ったく、どんな嗅覚したオーガだよ。網前の姿を消す権能は神のそれと一緒だぞ? ありえねーわ、ただのオーガだぞ? ……本当ねーわ』


 頭を下げる微ちゃんと、悪態を連ねる火黒先生。しかし、やはりオーガは鼻も良かったらしい。オーガ単体ならライムが圧倒出来たけど、たゆたという主人を得たオーガは以前とは違う。レベルアップしたというのが一番しっくりくるが、ここではその存在は脅威ではないように言われるのに今までの戦いぶりを見るととてもそうは見えない。


『話を戻すぞ……。んで、最初は話し合いを持ちかけられたんだよ。だが、関わり合う気はなかった。だから生徒らも見付けたし異界を出ようとしたんだが……出られなかったわけだ』


 その言葉に、落胆する。もう何度心を折られてきたかわからないけど、一番しんどかった気がする。


 でも、少しだけそれをわかっていた自分がいるのも確かだった。


『ビビったわ、マジでよぉ……。そんで娘は煽ってくるし異界に閉じ込められてる割には安定してやがるしで。


 言いやがったんだよ、あの娘。絶対の自信を持って、こう言った』


 私に負ければ、力尽くで協力していただきますが、良いですか?


『まーるで俺たちまで閉じ込められたのを見透かしてるみたいに、真っ直ぐ目を見て。四人も普通じゃない奴を目の前に、堂々とだぞ?


 ……薄気味悪くて、本気出しちまったんだよ』


 そして、どうにか異界を出られないか麗君と微ちゃんを調査に行かせて二人はたゆたとの戦闘に入った。二人と言っても、火黒先生とたゆたの一対一。徐々に火黒先生が優勢となりオーガが戦闘不能に陥りそうになったため召喚を解いた。結果、人の身であるたゆたが武器を手に戦い始めた。


 そういう、話だった……。


『なんらかの獣器で、オーガを操る権能でもあるのかと思ったんだが……獣器の気配がしねぇことに気付いたわけだ。だが、一歩も退かねぇし下手すりゃこっちがお陀仏だからな。


 結局俺は、ただの人間の娘相手にあんなことをしたってわけだ……はぁ。やってらんね……クズかよ』


『クズだよぉ』


 左手で顔を覆って、小さな声で自らを罵倒する火黒先生にトドメを刺すように新食が追撃するので堪らずその口を塞いだ。ジトリとこちらを睨む火黒先生だが、謝罪はしない。


 本心では、俺も新食と同じ気持ちだからな。


『……で、あるからしてぇ。俺たちも仲良く異界に閉じ込められた同士だ。嫌でもこの異界の根本を叩かなきゃいけなくなったってわけだな』


 帰る道はない。


 誰かの、涙を堪える声を聞いた気がする。今の俺たちの中に前を向く者はいるだろうか。それでもと、奮起する者はいるだろうか。


『こっちの質問だ。


 あの娘がこの異界でのルールの上で、悪魔とオーガを獣器と呼んで武器とし戦うというのは理解した。では、何故お前たちにはそれがない? あの娘だけが戦う理由があるのか、それを聞かせろ』


 追い討ちをかけるような質問に、誰も答えなんて持ち合わせていない。そんなもん出来るなら俺たちが一番知りたいんだから。


 一緒に戦えたら。同じ土俵に立てたら、どんなに楽か。


『俺たちには、獣器はいません。戦う術を持ってないんです。


 最初に目覚めた教室から廊下に出て、オーガに襲われました。俺が殺されそうになった時、たゆたのスマホが光ってライムが召喚されたんです。それでライムがオーガを倒して、オーガがたゆたのサブ獣器になったんです。そこからライムとオーガを従えるたゆたが、俺たちを……守ってくれたんです』


『ライムはたゆたんが気に入ったみたいだけど、俺たちの獣器さんたちに俺たちは嫌われてるみたいなんだよね。


 ライムの話によれば、獣器にも召喚は拒否出来るらしいし。傷付いちゃうよねぇ、俺らだって戦えるなら……戦いたいさ』


 きっと、誰もが同じように戦いたいとは思わないだろう。怖くて仕方ない。出来ることなら傷付かず、何事もなく終われば良い。


 だけど。


 だけど、自分たちの命の為に仲間がずっと傷付いているのなら。負わなくてもいい負担を強いられているなら。


 代わりたいと。共に背負いたいと思うから。それだけはきっと、みんなに共通する思いだと願いたいから。


『そうか。なるほどな……。有り得る話だ。むしろ、神だろうと獣だろうと人間よりもよほど力ある存在だ。思考と知恵がある存在なら、より厄介だからな。


 そこの悪魔が可笑しいんだよ、普通じゃねぇーよ。こんなに人間好きな悪魔がいてたまるかっての』


 便乗するように、そうだそうだと声を上げる生徒たち。器としてこの世に生を受けた彼らと違って神や獣を、別ルートから身に宿すのだから上手くいかなくて当たり前。


 そう、気遣うように。励ますように話す彼らに申し訳ないくらい心のモヤは晴れなかった。


『まだ聞きたいことはあるかよ?』


『……同盟を組んでも、俺たちは戦えませんよ。足手纏いになります』


 持ち掛けたのは彼らだが、再三確認しなければ納得出来ない。今までどんなに人間が殺されようと、傍観を貫いた彼らが何故今になって力を貸すのか。


 最後の五分で、俺たちはライムに聞いたのだ。


 もしも。無事にここを出られたとして、俺たちは彼らに見過ごされることはあるかと。重要な話に、この世界の裏側を覗いたような気分だった。そんなことを聞いた俺たちは、果たして。生きて、出たとして。


 と。


『報酬だな』


 呆気なく、彼はそう言い放った。


『もしも同盟を組み、お前らがこの異界を出ることに貢献したと判断出来たらその報酬としてこっちは内々に処理してやる。ただし、この異界での全てを忘れてもらう。これだけは口約束でなんとかなるとは思ってねぇからな。


 ……面倒くせぇが、関わっちまったんなら仕方ねぇ。あの小娘、ここまで計算したんじゃねぇだろうな……または、にでも悪知恵吹き込まれたかねぇ』


 心臓が、大きく鳴った。耳のすぐ近くに心臓が動いてしまったのかと錯覚するほどに。胸に置いた手が、無意識に制服を掴んで皺を作る。


 ゆっくりと横にいるライムの方を見れば、まるで全てわかっていたかのように静かに頷いた。


『ねぇ……もしかして、あの子』


『もうやだぁ、なんでたゆたちゃん、こんなに嫌な役ばっかり買っちゃうんだよぉーっ!! 女優かよぉっ!』


 一人になって、一人で彼らに接触して接点を作る。そのためには、一体は俺たちの護衛に。もう一体だけを連れて未知の敵と戦い、生き残る。勝てば彼らに協力させ、負ければ……負けても、相手に少しでも良心を植え付けられれば儲けもの。欠片もない希望を捥ぎ取る為に無謀でも、賭けに出た。必ず引き留めるであろう俺たちに心配させなたいためにもあのやりとりがあったとしたら。自暴自棄になったように見せかけて。


 もしかしたら……あんまり、演技入ってなかったかもなぁ……。


【では。同盟を組むとしましょうか。お互い協力し合って無事に脱出が叶えば良いですね】


『こンのっ……悪魔め。何が鹿だよ、お前の方がバリバリ演技入ってんだよ……』


 もう知らないとばかりに、その場に腰を下ろして両手も両足も投げ出して床に大の字になる。完全なるピエロ……掌の上でコロコロと愉快に転がされていた。


『くっそ……こっちは決死の思いで信じようって決めたんだぞ』


 それなのに、こんなことあるか。蓋を開けてみれば悪魔は最初から主人と結託して道を作り、俺たちに通らせたんだ。


 まるっきり、騙す気なんてない。ライムに限っては初めから俺たちを騙すつもりはない。


【荒っぽさが出てますよ? まぁ。あなた方は幼い子どもなのですから、あまり年長者と張り合うものではありませんよ。


 つい、構いたくなってしまいますから】


 知らん。もう知らん。


 ピタリと動きを止めれば、わらわらとみんなが集まってくる。お疲れ様と労われたり、お互い様だよと慰める言葉ももらった。こうやって投げ出すような素振りをしても、弱さを見せても許してくれるみんなが好きだ。


 きっと。たゆたも同じだった。居場所を守る為に戦うアイツに負けないように頑張らなきゃいけない。舞台は用意された。文字通り、体を張ったたゆたの働きによって。


『おら、はよ立て坊主』


 差し伸べられた手は、本来ならば決して与えられることのなかった希望。こうやって少しずつ仲間を増やして、歩き出せば見えるのだろうか。


『……坊主じゃありません。


 愛望尊です。火黒穢麦先生』



 同盟が組まれ、いよいよ俺たち三年三組とギリシャ神チームによる話し合いが始まった。みんなで円になって座る中、それを外れるのは教室の隅で眠るたゆたのみ。


『うちの連中の調査の結果、外へ出る手段はねぇな。窓は全て結界で塞がれるし例え出られたとして、外は異界の向こう側……永遠の闇を彷徨い、死ぬのが関の山だ。正式な出口から出るのが一番だ』


 千之助が用意した、簡易式の地図。一階から四階まである地図に記された教室に次々とバツが刻まれていく。既に調査した場所からどんどん潰されていくと、残ったのは僅かな教室のみだった。


『体育館と、武道場ね……』


『武道場から階段を上がれば、体育館はすぐだ』


 だが、と言葉を切るハヤブサの続きは容易に想像出来る。異界であるこの場所で、そう簡単には移動出来ないはず。階段を上がればすぐに体育館とはいかない可能性もある。


 そして、体育館は俺たちが本来いた場所だ。詳しくはその入口前の廊下だったが……。


『そういえばさ。さっきスマホになんか変なメッセージあったよね? ほら、なんだっけ……ミッション、だっけ』


『ミッション? なんだ、そりゃ』


 芽々がスマホを手に、それを振りながらアピールすればすぐに三組のメンバーはピンとくる。スマホを起動してミッションの文字をタップしていると、すぐ横から火黒先生がズイッと顔を覗き込ませて来た。慌てて火黒先生にも画面が見えるように傾ける。


『スマホに、ミッションというものがあったんです。今まで出なかったけど、さっき勝命君と麗君が鵺を倒した後でこの通知が』


『武道場へ行け、か……。なるほどな。罠だな』


 罠?


 どういうことかと思っていると、火黒先生は地図を引き寄せて武道場と体育館の二つを順番に指差す。


『武道場と体育館は、俺らも知らねぇ未知の領域だ。恐らくこのどちらかに異界の鍵があるんだろうな……それで、このミッションだとかいうのだ。


 ミッションなんて体のいい言葉で、誘導するつもりなんだろうぜ。趣味が悪ぃ』


『でも、先生……』


 そう促す勝命君の言葉に、火黒先生も苛立ったように髪を掻き乱しながら頷く。


 どんなに罠だと理解していても、行かなければ。そうしなければ、道は開けないのだから。


『武道場へ出る道は見なかったがな……。おい、悪魔。お前武道場への道を探索出来たりしないのか』


【武道場への道はわかりませんよ。ですが、ミッションとやらが出て、わざわざ敵が手招いているのです。


 異界が開けば、自動的に道が出来ると思いますよ。敵が道を開かなければ、かなり強引な手段にでも出ない限り一生道なんて出来ないのでしょうね】


 どうしたって、後戻りは出来ない。


 決まりだな、と言って立ち上がった火黒先生は爪先をトンと床に叩くと一瞬にして足元から頭の先まで炎が通り過ぎた。勝命君はリュックをしっかりと背負い直し、麗君はハンマーを取り出して肩にかける。微ちゃんも矢筒を背負ってから、弓を手にする。


『やり残したことがあるなら済ませておけよ。すぐに出発する』


 廊下に出ると、少し向こうに位置する第二会議室を見てからライムへと声を掛ける。ライムはすぐに確認して帰ってくると残して、翼を出してまで行ってくれた。


『……オイ、あの悪魔はどこに行く?』


『第二会議室です。……あそこに、生徒がいるんです。ライムが生徒の特徴を詳細に書き記してくれてて。


 あ、そうだ。火黒先生、俺たちの記憶を消すのは構わない。だけどこの記録だけは残してほしいんです……どうか、お願いします』


 ライムが書き記してくれた、沢山の紙を千之助から借りて火黒先生に見せると彼は眉間に皺を寄せてギロリと俺を睨む。美人が怒ると怖いとは聞いたことがあるが、男でも美人だと言えるレベルの人に凄まれると更に怖いということを知った。


『それを拒むほど、狭量な人間じゃねーよ。ただの人間じゃねぇけどよ……ったく。どっちがなんだか』


 己のことを言っているのかと、疑問に思う。確かに彼らは多くの人を救わなかった。でも、それを責めることが出来る人は誰もいない。死んだ彼ら以外は。


『あなた達は、悪魔なんかじゃない。少なくともこれからそうじゃないんだって、俺たちに見せてくれるんですよね?』


『……はぁ?』


『悪魔じゃない。俺たちと一緒にここを出る、仲間になってもらわなきゃ』


 勿論、悪魔らしくない悪魔もいる。色んな人がバラバラで、面白くなって笑ってしまった。隣でそんな俺を見て、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする火黒先生が面白くて抑えきれず更に声を上げて大笑いをしてしまった。すると、同じように近くにいた三組のみんなもイケメンのマヌケ面に指を差して笑い始めた。勝命君たちはそんな俺たちの姿に安心したように、見守るように少し離れたところから笑っていた。


 そんな俺たちを見たライムが、大層気持ち悪いものを見たような顔でこちらを見ていたのだった。


【良い度胸ですね。それくらいの元気があるなら、私も安心ですよ。


 忘れないで下さい。我々は万全の状態で挑むのではありませんよ】




 眠るたゆたは、どんなに起こそうとしても目を開けることはなかった。




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