第十一話 神器と獣器

『俺の名前は、床赤路麗。このチームの前衛である。この異界で生存者に出会えたことはとても喜ばしい! 是非、共にここを出ようではないか』


『……我が名は網前微。にわかには信じ難いが、このような地獄で生き残るなど賞賛に値する。そこな娘の戦いも、見事。我も負かされた一人だ。今後も精進しなくてはな』


 麗君と微ちゃん、そして勝命君の三人は俺たちより年下で全員が高校一年生。俺たちとは二つ違いだ。高校三年生と、そっと呟く彼らは俺たちの中の一部の人物を信じられないような目で見ていた。主に毒舌コンビと、たゆたを。


『それでー? 俺らと同盟組むに当たって、そっちの利益は?』


 まるで警戒を解く気のない俺たちの様子から、火黒先生が一歩こちらに近付いてきた。すぐにライムがステッキを構えると、火黒先生は腕を組んでから少しだけ首を傾げる。


『ライム……、はぁ。なるほど、ライムときたか』


【おやおや。そのように私の名前を繰り返さないでいただけますか? 喉から潰して差し上げましょうかねぇ】


 ぱん、ぱんとステッキを掌に当てながら仁王立ちするライムに火黒先生は指を差した。


『ソロモン72柱が一つ、ライム……または


 その言葉に、ピタリとステッキを鳴らす音が消えた。


『つまり、悪魔。お前さんはソロモン72柱の内の一体であり烏の悪魔だ。盗みが得意、更には過去や未来なんかの予言も出来る。諸説あるし、それ以上のこともそれ以下のことも出来るだろうな』


 ソロモン。その名を、聞いたことだけはある。昔の凄い人が悪魔を沢山従えたとか……その程度の知識。


 目の前の背中の持ち主は、そんな大昔からいた本当の悪魔……?


【私の名前はライム。兄弟がそう決めました、ラウムなどと私を呼ばないでいただきたい。


 ええ。私は、ソロモン第40柱目 ライムですよ。それが何か? 別に私など大した知名度などないでしょう。この世には私よりも有名な悪魔が五万といます】


『はっ。ナメんなよ、ソロモンの数字は別に階級じゃねぇだろ。ただの番号だ。


 むしろ。うちの全学校ですら悪魔の器になった生徒は少ねぇ……。理由は単純だ。


 だからだ。人間なんかに味方する奴はそうはいねぇ』


 また一歩、近付く火黒先生にライムは翼まで出す。ステッキと翼、もう臨戦態勢に入ったと言っても過言ではない。


『テメェ……何を企んでやがる。正直、俺にはお前がこの罪区特殊異界学校を作り出した元凶なんじゃねぇーかって……普通にそう、思うけどな』


 その言葉に、ライムは翼をはためかせて一気に火黒先生へと突っ込む。背中しか見えなくて、よく、わからないけど。


 ライムがとても、怒っているような気がした。


【私が?


 ああ。なるほど、面白い見解だ】


 火黒先生の靴底と、ライムのステッキがせめぎ合う。互いに一歩も引かない、引いたら負ける。


 だけど、ステッキを左手だけで持ち右手から剣を取り出したライムに火黒先生はギョッとする。刀身が赤く、つばに赤い花が施された美しい剣。


【二度と、そのような戯言を漏らすな。我が兄弟の前で同じ言葉を吐いてみろ。


 お前をこの異界の餌にしてくれる】


 火黒先生の目の前で、剣の切先は止まった。最後まで火黒先生を睨み付けていたライムは、剣を下ろしてそれを宙に放ってしまう。床に落ちることなく何処かに消えてしまった剣を見送ることなく、ライムは火黒先生に背を向けてたゆたの元へと帰って行く。


【私は異界とは無関係です。羽降たゆたの獣器として召喚された、真っ当な悪魔ですよ】


 海我からたゆたを奪うように抱き寄せると、そのまま壁に凭れて座り込んでしまった。懇々と眠る、小さな体を労るように、しかし離さないように彼はこちらに顔を見せずに続けた。


【ここまで動き通しです。貴様らと違って彼らは死線を潜り、慣れない環境でかなり疲労しています。話し合いは休憩の後としましょう、纏まった休息は大切です。


 というか、私が疲れました。彼らを守れとの主命が続いているので協力は惜しみませんが兄弟が起きなければ白呪も召喚されません。戦力が纏まってから話を進めた方が良いでしょう。十五分。十五分で我が兄弟が起きなければ、ここのメンバーだけで話を進めます。何か意見がある者は?】


 早口で捲し立てる言葉を理解している間に、それを肯定と取ったらしいライムがまた一つ指を鳴らすと多目的室の中央に巨大な時計が現れた。丸く、赤い大きな時計。両腕を広げたくらいの巨大な時計は短針も長針も十二を指している。秒針が右にズレていくので、これの長針が三に行けば時間リミットということらしい。


【良い機会です。両陣営で、本格的な話し合いの前に自分たちの方針でも決めておくと良いでしょう】


 ライムが、嘘をついている。


 話をやめて黙ってしまったライム。火黒先生たちの方では、渋々だがライムの提案を呑んでチームで話し合いをし始めていた。


 あの人たちは知らないんだ。俺たち……少し前に休憩したのに。


『新食』


 これは、ライムが与えてくれた時間。この間に自分たちが何をしなければならないのか、見極める。頭のキレる悪友はとっくに意図に気付いているらしく、いつもの表情のまま変わらない。すぐにみんなを集めると肩を組んで話を洩らさないように静かに作戦会議を始めた。


『ねぇ……これ、円陣組む意味ある? 暑苦しいんだけど……』


『いいじゃない、きぐねちゃん。なんだか元気が出てくるし』


 話し合うことはあまりないが、決めなくてはならないこと。そして何より俺たちの最終目標。


『よし。俺たちの話し合いのはじまりだな。まず、ライムの指示にあった第三勢力との接触には成功した』


 千之助の言葉に、みんなが頷く。


 この異界を俺たちの力だけで脱出するのは不可能というライムの言葉通り、今ではそれを痛感する他ない。第三勢力である彼らに接触しなければ、たゆたは傷付かなかったかもしれないが遅かれ早かれこうなっていただろうから。唯一しかいない戦力であるたゆたに、この異界の脅威の全てを押し付けたりしたら先にたゆたが……壊れてしまう。


『なんとか彼らに協力してもらえそうだ。正直、彼らの素性は今でも……信じられないがな』


 無理はない。だって、あまりに世界が違い過ぎる。


『だが、だからこそわかることもある。この異界では彼らはプロみたいなものだ』


『……プロだからこそだよね。むしろ、どんな状況になってもどうにか出来るって自信がなくちゃわざわざこんなとこ来ないよ。


 それが任務だかなんだか、知らないけどさ……僕たちがどんなに殺されちゃっても彼らはきっと……手を差し伸べたりしない。実際……助けては、くれなかった』


 専也の言葉に、誰もが納得する。彼らはここで行われていたことを知っていた。死んでいく人間を助けたりしなかった。


 それは、何故。


『……任務というのは、命を見捨ててまで遂行しなくては駄目なのか? そこまで心を削って、何を成さなければならない?』


 いつもは無口なハヤブサが、静かな怒りを抱えながらそう問う。誰かが困っていたら、誰かが助けを求めていたら、手を貸すのは当たり前だ。それが絶対ではないし、否と述べる人もいる。


 だけど、目の前で誰かが死にいく様を見続けながら何もしないなんて選択肢が理解出来ない。


『仕方ねぇだろ。それがアイツらのやり方で、アイツらの志に基くことなら横槍入れんのが野暮だろ。


 ……でも、テメェらは違ぇんだろ』


 思想が違って、道が違って、そういうことを一番理解している海我が彼らをそう評すのなら仕方ない。


 勿論、俺たちは海我の挑発に大いにノった。


『当たり前でしょ。僕らは、団結力だけなら定評ある三年三組だよ?』


『そうだな……。問題なのは彼らではなく、俺たちが何を思って何をするか。当然俺たちは俺たちのやり方で進む』


 誇らしげに笑う芽々に、俺たちを心から信じてくれるリーダーが道を示す。


『なら。


 最後に話すべきことは一つじゃない?』


『ああ』


 みんなの視線が、一気に集まる。円陣を出て中央の時計を見れば針は既に十分進んでいた。あと、残り五分。


『まず、決めなきゃいけない』

 

 二つに一つ。


 マルか、バツか。


『悪魔を信じるか……、人を信じるか』


 十五分が過ぎた時、たゆたは目覚めなかった。無理矢理目を覚まさせることも可能だと言ったライムの提案は聞かなかった。


『ゆっくり休んでほしい。また、頼ってしまうから……ごめん。ライムとたゆたに頼りっぱなしだ』


 力ない自分が嫌で仕方ないのに、彼は何も気にしてないように平静だった。何度もたゆたのために怒るものだから、きっと酷い罵倒が浴びせられると思っていた。


【あなた方は、それで良い。我が兄弟が真に守りたいと願ったのはあなた方なのです。


 守られる義務がある。……その価値も、あなた方には備わっています。いくらでも頼れば宜しいではないですか】


 そのための、私です。


 呆気なくそう言ったライムは、海我にたゆたを託して話し合いの場に立つ。話し合いの主な話役として向こうは火黒先生、こちらは俺と新食だ。千之助が出るべきではと話し合ったが千之助は、この話し合いを書き纏める係を申し出たためにこのメンバーとなったわけだ。


『愛望尊です。よろしくお願いします』


『兵児新食』


 そして、俺たちのすぐ隣にはライムが。ライムが、悪魔が俺たち側にいるのに少し違和感があるのか火黒先生が暫くこちらを睨みながら何か考えていたようだったが、すぐに話し合いに移った。


 まず、俺たちは彼らを……人間を疑ってかかることに決めた。申し訳ないが生徒たちや先生たちを見捨て続けた四人と、俺たちを救い続けてここまで導いてくれた悪魔なら文句なく後者を取る。これがその結果。


『まず、こっちから一つ聞きたい。この話し合いのベースもお互いに一つずつ、ってのでどうだ?』


『……わかりました。それで進めましょう』


 両陣営が顔を向け合い、話し合いが始まる。俺たちの今後を決めることになる、重要な道のりだ。


『さっきそこの悪魔が言ってただろ? どういうことだ、


『……え? たゆたが、獣器……?』


 話し合いは始まったばかりだが、始まりから訳がわからない。どういうことかと新食と顔を合わせるが、新食も訳がわからないとばかりに首を傾げている。


 そんな俺たちの様子に火黒先生が助け舟を出してくれた。


『……あー。俺たちが神と同化した存在ってのは言ったな? 産まれた時からってのを持った人間が、この世にはいるんだよ。つまり、神との同化を満たせる器としてな。神格じんかくを得た人間に最も適した神を降ろし、同化させた人間を


 神以外の力ある獣との同化を満たせるを持った人間もいる。奇格きかくを満たし、それを降ろした人間をと呼ぶ。だから、この三人は神の器たる神器で俺は奇格を持った獣器ってわけだ』


 どういうことだ? だって、話が……違うじゃないか。


 手元にあるスマホを握りしめ、言いようのない恐怖が全身を襲う。何か、恐ろしいことの糸口を見つけたような。


 に、目を付けられたような。言いようのない、経験したことのない違和感。


【この異界では、勝手が違うのですよ。それがこの異界でのルールなのか、わかりませんがね】


 しっかりしなさいと、横から声を掛けられた。慌てて声をした方を見ればライムが代わりに返答してくれていた。


【貴様らのように代々、神格や奇格を受け継いでいるわけでもない。彼らは事実、神格や奇格を現していません。


 ですが、我々は彼らの持つスマートフォンを媒体に召喚されるようです。勿論、このようなことは現実世界では不可能な技術でしょうし有り得ない。ここでは、我々を獣器と呼び彼らは……と言ったところでしょうか。スマートフォンと主人あるじが合わさって、初めて我々は喚ばれる】


『異界ならではのルール……なるほどな。ここでの儀式の上で必要なのか、或いは別の目的か……』


 ライムの返答に納得したらしい火黒先生は、顎に手を置いて何事かをぶつぶつと呟いている。次はこちらが質問する番だと言うのに、内容が吹っ飛んでしまうような気分だ。


 だって、俺たちは……なんで、そんなみたいなことを……させられているんだ……?



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