第十話 ミッション

 生徒玄関にて、二人の少年の戦いを見守る。近くにはライムも待機していて、腕の中のたゆたのこともあり戦闘に参加するつもりはないらしい。


『鵺か。全く、このような気性の荒いビーストが学校に放たれているなど本当に頭の痛くなる話であるな。


 勝命。援護を頼む』


 黄色のマスクを整え、扉から飛び出て来た鵺に向かって走り両腕で構えたハンマーを思いっきりスイングしてみせた。ハンターの大きさは少年の身長より少しだけ大きく、一体あの細身のどこにそんな力が? という疑問を持つ暇もなく戦いは続く。鵺は少年の攻撃を躱して勢いよく宙を飛ぶ。猿の顔が少年を嘲笑うようにニタニタと薄気味悪い顔を晒す。


 が。


 少年は、その勢いを殺す前にもう一歩足を踏み込んで更にハンマーを振り回すと今度はそれを地面に向けて叩きつけた。


『済まない。この力はあまり制御出来ないんだ』


 ハンマーから、尋常じゃない轟音が響き渡る。鵺よりも高い場所へ青白い閃光が昇り一気に鵺の体を貫くように


『……主神の裁き《ゴッド・ゼウス》』


 バタリと倒れた鵺は、その身を黒焦げにして息を引き取っていた。肉を焼いた嗅ぎ慣れない、嫌な匂い。鼻を覆う者たちが多く耐え切れずに涙を浮かべる者まで出る。


『雷が……落ちてきたぞ』


『もう僕は驚かないからね、全く……』

 

 口から溢れた言葉に、芽々が心底面倒くさいとばかりに応えた。考えることすら放棄しているらしい。いくら影の天才と言われた彼にも、思考を手放すことはあるのかと思いながらもその言葉には同意する。


『いいな、芽々のそういうところは』


『でしょ? さてと……戦闘が早く終わったのは良かったよ。こっちは早くたゆたを治療したいんだし』


 更に奥で先程の戦闘に興奮する専也と新食を置いて、二人の元に駆け寄る。どうやら中の様子を見ているらしくそれに続こうとしたところ黒髪の少年に止められてしまった。


『あ、の……。見ない方が良いよ。別の場所に行こうか……』


 灯りを部屋から遠ざける二人は、そのまま部屋の扉を閉めた。その意味をすぐに察せてしまう辺り、もう俺たちはここに馴染み始めてしまったのだろうか。


 そっと右肩を叩かれると、そこにはスマホを持った千之助が神妙な面持ちで立っていた。


『……尊。見てみろ、前のオーガの時と違うぞ』


『えっ……?』


【戦闘終了 完全勝利

 雷獣 鵺の討伐に成功しました。


 ミッション発動】


 ミッション。忘れていた、というか今までその存在の活用されるところを見ていなかったから。思い当たるのは画面に並ぶ数少ない選択肢。


【ミッション 未1】


【ミッション:武道場に入ろう!】


 その文字を何度見直しても、全く理解出来なかった。周りのみんなも同様で首を傾げたり疑問を口に出したりとミッションの内容はわからないまま。


 唯一、たゆたのスマホからそれを見ているライムだけが違った。スマホから溢れる光に照らされた表情は、少しだけ怖かった。


『皆さん、こちらへ!』

 

 黒髪の少年が、少し離れた場所から俺たちを呼んでいる。そこは多目的室だ。中の安全も確認出来たようで、二人は中に入って行く。異界が開いてまた迷子にならないようにと、ミッションのことは後回しにみんなで多目的室へと走る。


 多目的室の中は、意外と綺麗なままだった。中央に座った黒髪の少年はリュックから色々な道具を出しては辺りに配置していく。


『えっと……、今更ですが初めまして。僕の名前は守郎勝命です。僕、はあまり戦闘向きの神器ではなくて……でも、僕がチームの医療関係を担当してますっ!


 こちらの担任が、皆さんの仲間を傷付けてしまって本当にごめんなさい……。止められなくて、二人の戦いには口を出す隙もなかった。正直、あの先生と対等に戦う人は……初めて見たから、怖かった……』


 特別な力を持って、戦う彼らとその担任。教師という立場なら場数もあれば強さも相応のもののはず。


 そんな存在と、渡り合うなんて尋常じゃない。生徒である少年ですら、あんな雷を操る凄い実力なのに。


『……僕は、彼女と戦いました。ていうか、一瞬で間合いに入られたから僕は負けたようなものですが。


 オーガが迫った時、彼女はオーガを止めるための命令を言いかけてました。人間をオーガに殺させたくないと』


『嬉しかった。僕たち、見た目は人間ですし中身も殆ど人間だけど……神様の器として同化した存在なんです。


 君たちの仲間は、正面から戦いを挑んで僕らへ同じ人間としての礼節を忘れなかった。すっごく怖かったけど、君たちとのやりとりを見て勘違いしてたんだって思いました』


 とても、優しい人ですね。


 勝命君は、にこやかに笑いながらたゆたを見た。沢山の医療道具を出した彼は自分を負かした人間を治療するつもりだ。


『また、お話したいんです。だからどうか……僕に治療させていただけませんか?』


 両手を広げる勝命君と、その先に立つライム。僕らが固唾を飲む中でライムは心底イラついたような表情でたゆたをより強く抱く。何がそんなに彼を苛立たせるのか、その端正な顔は歪み体も心なしか勝命君から逸れているような気がする。


【これは、我が兄弟】


【貴様ら神の身には余る我が主人】


 そういえば。


【魂に刻め、神々。もしも我が主人に治療以外の目的で触れたが最後】


 ライムは何故、たゆたをと呼ぶのだろう。


だ。全て、何もかも、我が全勢力を持ってお前たちの悉くを奪い尽くしてやろう】


 ブワッと、嫌な空気が通り過ぎた。人生でこれの名前を大して理解せずに生きてきたことを、心から感謝するほどに息苦しくて理不尽な恐怖。


 そう、それはきっとというもの。思わず自分の体が五体満足かと疑いたくなるほどの恐怖を抱いた。


 二度と、味わいたくないなっ……!


【返事はどうしました。ギリシャ神共。それともこう言った方が宜しいでしょうか。


 、神名も明かします?】


【勝利のニケ】


【炎と鍛治のヘパイストス】


 神と呼ばれる二人と対峙するライムを見ながら、とても不謹慎なことを考えている。


 隣にいる新食もを思い出しているのか、こんな空気の中でも少しだけ抱いている喜びを噛み締めたような、そんな表情で笑い合う。


 例え悪魔だろうと。彼女を大切に思って感情を生む存在が現れたことが、どうしようもなく嬉しい。


『ライム』


 本気で相手を牽制する悪魔に、少年二人は完全にその空気に圧されていた。神名というものが当たっていたのか、その名前が出た時から動揺が見て取れた。


 だけど、関係ない。


『ライム。信じよう、俺たちにはたゆたを治療出来る彼の力が必要だ。お前だって、治癒は出来ないって言ってたじゃないか』


『ほらほらー。たゆたんのキレーな体に傷が残っちゃうかもよ? 全員で見張ってるから、任せよーよ』


 新食に肩を組まれながら、まるで友人か何かに言うようにそう諭した。ライムはその異形の瞳を見開いているし、二人の少年たちはまた唖然とこちらを向いている。


 面白い奴らだな。


『俺たちの方が、たゆたと話すこと沢山あるんだからな。こっちが優先だ』


『そーゆーことー。だからに早く治してね』


 戦うためじゃない。


 神様たちと話すためでもない。


 たゆたの大切を理解するライムならば、その理由で大分納得出来るし毛嫌いしているらしい少年の思い通りになるよりはよっぽどマシだろう。


 ま。彼だってお世辞みたいなもんで言っただけだろうけど。


【……ふふっ。本当に、妙な人の子たちですね】


 悪魔のくせに、ライムはとても柔らかに笑った。


【流石、我が兄弟の仲間です】


 お前こそ。妙な悪魔だよ。悪魔のくせに。


 それでこそ、たゆたの相棒だ。


 治療が始まった。様々な薬、文字が刻まれた包帯、見たこともない器具。火傷の酷い両手から両腕にはビーカーから取り出した火傷に効くという特殊な瑞々しい青い葉っぱを。頭部は傷が浅いらしく、消毒をしてから大きな絆創膏が貼られた。足の痣には、全く読めない文字が刻まれた包帯が巻かれていく。


 問題なのは、腹部と背中。腹部には両腕の時と同じ葉っぱが置かれるが、すぐに炎が葉っぱを焼き尽くしてはダメにしていき勝命君の周りには燃えた葉っぱが散らばっている。火傷に効く一番の治療薬である、その葉は緑から真っ黒になって役目を果たすことなく次々と。


『っ……火黒先生の炎は、妖力が混じってるからこんなことに。多分先生も知らずと妖力を込め過ぎたから、彼女の傷にも未だにその残り火があるんだ』


 次々と新しいビーカーを取り出すが、遂に最後の一瓶となったのかリュックから出したそれを見て彼は表情を険しくした。


『お願いします……、どうか。どうかこの者に癒しの力を。届け、届けっ!』


 最後の葉っぱが傷に置かれる。僅かに端が燃え始めるが勝命君が祈り続けると、やっと炎はなりを潜めて傷が治療され始めた。これにはその場にいた全員が歓声を上げて、頻りに勝命君を褒め称える言葉が飛び交った。


 勝命君もやっと一番の怪我が治療出来て安心したのか、額の汗を拭ってホッとしたように笑った。そして最後の治療である背中の傷……骨折を診る。


『……何箇所かヒビが入ってる。よくこんな怪我で……』


 あの時。あの廊下に投げ出された時から、負っていたであろう怪我。そんな状態で立ち上がり、戦い続けた。


『骨折には、これかな』


 リュックを漁った勝命君の手には、白くて丸い玉がつづられたネックレスのようなものが握られていた。それをたゆたの首にかけると、彼は静かに言い放った。


『お、お待たせして申し訳ありません。これで完了です。このネックレスは暫くかけておいて下さい。


 先輩からお借りしてるもので、まつわる方から取り出したものです。すぐに骨折も治りますよ』


 タイミングよく、多目的室の扉が開かれた。火黒先生だ。その存在を確認した瞬間、海我がたゆたを抱き抱え、みんなで多目的室の隅へと固まった。そんな俺たちの一矢乱れぬ行動に、ライムも一つ頷くと俺たちを守るようにその身を壁のようにして立ちはだかる。勿論、その顔には笑みを浮かべて。


 威嚇するような態勢に、火黒先生は大きく首を後ろに反らして大変面倒くさそうに何かを叫んでいる。あー、とか。あ゛ー、とかそんなの。


『お疲れ様〜。嫌われたね、先生。考えなしにあんなことするからだよ』


『今帰った。おお、もう治療は終いか? 流石、お前の力は治療向きでもあるからな』


 微ちゃんは治療をしてくれた勝命君を褒めて、その頭を撫でている。照れながらもそれを受け入れる勝命君と、隣で冷ややかな視線を教師に向ける少年。


 そっと制服の裾が握られたかと思えば、そこには両目に涙を溜めた笑がいた。そんな笑の腕に抱き着いているきぐねの目にも心なしか涙が浮かんでいるような気がした。


『……いつか、見つけような』

 

 この異界の、どこかで眠る大好きな俺たちの先生を。三年間を共に過ごして、最後まで俺たちの面倒を見てくれた優しい先生を。


 最後に交わした言葉は、なんだっただろう。





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