同盟

第九話 ギリシャ神チーム

 赤い障壁を叩き、必死に外へ出るべくライムに対して合図を送り続ける。周りでは仲間たちの、床にぐったりと倒れ込むたゆたの名を呼ぶ声で溢れている。こちらを向いて倒れるたゆたは全く身動きをせず最悪の結末を思い浮かべてはそれを掻き消す。


『くそっ、出しやがれ!!』


『ねぇ! 全然起きないよ、それどころかお腹から血がっ……』


 男に焼かれ、蹴られた腹部は真っ赤になって酷い火傷を負いながら出血をしている。同様に両手にも火傷、頭からも出血……肩にも傷を負っていたようだった。


『早く治療しなきゃ、たゆたちゃんが!!』


『ど、どどどうすればいいの!? や、火傷ってどうやって応急処置すれば……み、水で冷やすとか!?』


 専也が慌て深めく中、ジッとたゆたの様子を見ていた新食が首を横に振る。


『……一刻も早く冷やすのも大事だけど、あの火傷のレベルじゃ病院で処置してもらわなきゃ命が助からない。


 ……ライムが言ってたよね。悪魔にも治癒能力はない、だから気を付けろってたゆたんに言ってたんだ』


 ライムがゆっくりと、倒れるたゆたに近づく。膝を折り、慎重にその体に触れて傷に触らないように衣服を整える。その手つきの優しさから、気遣うような心を感じさせるような。


【……バカな人だ。私を温存させようとして、主人である兄弟……君が死んでしまったら、元も子もないでしょうに。どうせ、白呪も倒される前に戻したんでしょうね。


 痛かったでしょう。すぐに大切な人たちの声を聞かせてあげます】


 ステッキが床に突き立てられ、赤い障壁が目の前から消え去る。そっと手を伸ばして自分たちを阻むものがなくなったのだと理解した瞬間俺たちは一斉に走り出した。名前を叫び、手を伸ばして、床に食いつく勢いでその身に触れた。


 どこを触れていいのかわからないくらい、ボロボロの体に暫く手が彷徨い、漸く頬へと右手を置く。血が付くのも構わずそっと撫でれば徐々に熱を感じなくなるような気がして気が狂いそうだ。


『早く水をっ……』


『体を動かしたらマズイよ、水を汲めるものは!?』


『保健室! 保健室ないの、異界ならどこへでも繋ぎなさいよッ!!』


 みんなの声が飛び交う中、そっと目を開いたたゆたの姿に海我が声を上げる。みんながすぐにたゆたに声を掛けて必死に意識を保たせようとするが……その瞳は焦点が合わないのかあちこちをキョロキョロと彷徨うばかりだった。手も握れないから、もう一度頬を撫でれば彼女は心底安心したように笑った。


『わた、し……負け、ちゃった……? あー、あ……つよか、た……。せんせい、って……つよい、んだ』


 苦しげに血を吐き、咳き込むたゆたに笑が背をさすろうとするも背中までも痛めていたのか触った瞬間に小さな悲鳴を上げた。慌てて笑が手を引っ込めるが、たゆたは小さく首を横に振って心配するなとばかりに彼女を気遣ってみせた。


『あの、ね』


『もう、誰もいない、みたい。……ここにいるみ、なが全部……。たくさんッ……探した、で、も。だれもいない……もう、だれも……。


 に、げて……みんな、みん、なっ……だい、すき……すご、く』


『しな、ない……で』


 早く、と諭す彼女は体に鞭を打つようにその身を起こすと少し離れた場所に立っていたライムに命じた。


『兄弟』


『おねがい』


 ライムは何も言わずに廊下を歩き出した。行け、と何度もうわ言のように呟くたゆたの言葉に何度も否定の言葉を重ねる。強引にでも連れて行こうとたゆたの制服を引っ張った時、彼女のシャツとブレザーの間から何か小さな赤い袋のような物が見えたが廊下の向こうからステッキを床に叩くライムに意識を奪われる。


『はな』


『返、せ……な、い』


『ごめん』


 反対側の廊下から、複数の足音が聞こえた。それは明らかに二人分のそれよりも多かった。


【……早く来なさい。あなた方を逃す時間も限られているんですよ。


 兄弟が死ねば、私は消滅して二度と現れません】


 死ぬ。


 もう、三分の二以上が死んだ。三年間を共にして学び遊び笑い合った。とても楽しくて、失うには惜しい日常。喧嘩だって沢山したし、学校に行きたくない日だってあった。でも、やり直すことは何度でも出来た。幸せで、出来ることなら永遠であってほしい。だけど卒業という最高に華やかな舞台を飾れるのなら別れも受け入れられる。また、会えるのだからと約束して終わりを迎えた。


 なんで、だよ。


『嫌だっ……やだよ、たゆたぁっ』


 男のくせにとか、恥ずかしいとか関係なくなりふり構わず俺は別れを拒絶した。涙を流して駄々を捏ねて命を懸けて戦ってくれた仲間の健闘も無駄にしようとしている。


 わかってる、最低の行為だ。


『今日は!! 今日、は……! おまえの、誕生日だろっ……!!』


 卒業式を迎えたら、送別会が終わったら、先生が予約してくれた店でクラスで最後に誕生日を迎える仲間のパーティーをする予定だった。卒業式が誕生日の子は、その日は嬉しいけど嬉しくないと笑っていた。二年間しか共にいられなかったけど、とても大切なクラスメート。


『主役がいない誕生日なんて、有り得ないだろっ……? 俺は離れないからな、絶対に、もう二度と!!


 誰も一人に、しない』


 誰も逃げる奴はいなかった。たゆたを守るように周りを固めて、これ以上仲間に手出しをさせないように。


 千之助は託された紙を握り締めながら前を向いた。芽々と海我は一組から机と椅子を引っ張って来て攻撃のために備える。ハヤブサはより速く動けるように靴紐を結び、専也はたゆたの前に出てスマホを握りしめている。笑はたゆたの頭の怪我を診て、きぐねはその頭を膝に乗せて何度も傷のない部分を撫でている。新食は、そんなみんなと同じ意思らしくライムにヒラヒラと手を振っている。


『最後まで一緒だ。たゆた』


 焦点の合わない瞳から、ぼたぼたと大粒の涙が流れる。たゆたの頬に落ちた俺の涙が彼女のそれと合わさって、一緒になって落ちていく。まるで俺たちと同じだと思いながらも後悔はない。


 ここでたゆたを置いていけば、俺たちは一生今日の自分たちを罵って生きていくのだから。




『……あー。罪区特殊異界学校、もとい、羽ヶ者学園高等学校の生徒に告ぐ。


 戦闘の意思はない。もうお前らを傷付けねぇから、少し話を聞かせな』


 そこには、散々たゆたを傷つけた男とその周りに三人の少年少女がいた。一人は先程の少年。新しく現れた二人の内、一人の少年らしき人物は顔をマスクで隠している鈍色の髪の持ち主。最後の少女は黒と青の混じった髪に弓矢を携えている。


『……信用出来ないな。あまり近寄らないでくれ。子どもを蹴り付けるような大人と、話す気にもなれん』


 千之助がみんなの前に出て、高らかに啖呵を切ってみせる。その目には怒りが込められ俺たちも千之助に全面的に同意のため甘い言葉をチラつかせる相手を睨んでやる。


 そしてその言葉には刺さる覚えがあったのか、男はそっと視線を逸らしやがった。


『女の子を痛ぶって笑うだなんて、人間として最低よこのクズ』


『どの口がって? お前に傷付けられた僕らの仲間は死にそうだよ。ナメてんの、ねぇ?』


 クラスきっての毒舌コンビが口を開けば、出るわ出るわの罵倒の嵐。男も自分より一回りほど幼い子どもに罵られたのが効いたのかどんどん視線が泳ぎ出す。


 そして、思わぬ援軍が現れる。


『確かに僕たち神器やであると同時に人間だしね……人としてやっぱりダメだよ、先生』


『え……此奴、女子に対してその様な非道な行いを? ……教師としてどうなのだ』


『そうであるなぁ……。いくら人命救助の命が下っていないとしても、してはならないとも命じられていないわけで。うむッ!! 金ピカ先生が悪いな!』


 教え子たちらしき三人からも突き放され、金髪の男はガックリと肩を落とした。少し長い髪を耳に掛けながら、男は大きな溜息を吐きながら歩き出した。一体いくつあるんだと言いたくなるような長身の、ガタイの良い男が迫ってくるのは恐怖を感じる。


 俺たちの先生も背、高かったけど……コイツと違って先生は優しさが全面的に溢れてて全く威圧感を感じさせなかった。


『……謝罪する。そこのの娘も治療することを約束するし、最後まで話を聞かなかったことも……重ねて謝罪する。


 同盟を組ませろ。受け入れるなら、俺たちが出来る限りはお前たちの命を保証してやるよ』


 男の申し出に、俺たちはどうするべきか迷っていた。相手はたゆたの治療と俺たちを多少は助けてくれると言うのだ。明らかに学校関係者ではない、部外者。しかも、大切な仲間を死に追いやる外道。


 みんなが目配せをする中、千之助が再び男との交渉を進める。


『そちらの目的はなんだ。こちらは、突然こんな世界に巻き込まれて混乱してる。戦える唯一の戦力は、ここで倒れるたゆたのみ。


 ……助けていただけるのは、大変有り難い。だが、なんの利益もなく助けてくれないはずだ。そんな善人なら、彼女をこんな目に遭わせない』


 千之助の言葉に、男は自分のベストの内ポケットから何か手帳のようなものを出すと俺たちに向けてそれを見せた。


 それは、まるで証明書のようなものだった。


『国立第三柱器学園全学校一年担任 火黒かぐろ穢麦えむぎだ。一般人のお前らにわっかり安く解説するなら、こういった事態の解決を主とする学校の教師だ。


 んでもって、これは受け持ちの生徒』


 火黒先生の両脇からヒョコっと現れる、俺たちと同い年くらいの子たち。控えめに手を振る少年に困惑しつつも好意を持ってくれているならと手を振り返そうとすれば隣にいた新食に制された。


『近くの教室に移動するぞ。明るくて動きやすいが、こうなってくると厄介だからな』


 火黒先生が背後を振り返れば、そこには再びビーストが集まり始めていた。一気に緊張感が辺りを包む。黒髪を一つに縛り先程手を振ってくれた少年が走って俺たちに近付いて来る。


『僕たちに着いて来て下さいっ! せ、先導するので。あのビーストの対処はうちの先生と微ちゃんが担います!』


 こちらへ、と言って走り出した少年と共に鈍色の髪をした少年も共に走り出す。反対側の廊下では既に火黒先生と微ちゃん、と呼ばれた生徒によって戦闘が開始されていた。このままでは戦いに巻き込まれると判断し、その場から離れ少年について行くことになった。


【私が運びます】


 一番力のある海我にたゆたを運んで貰おうと話していたところに、ライムが現れた。


【怪我に触らぬように魔術を行使して運びます。素人が下手に触れて、兄弟の傷が悪化してもよろしいのですか?】


『……わかった。頼んだぞ』


 予め羽を出すことを想定された服には、背中の部分に穴が開いている。無限を表す記号に似た、丸が隣合ったそこから翼が現れる。言葉の通り、魔術と言われるもので何かを施したのかたゆたの体に赤い魔法陣が浮き上がってはすぐに消える。それが消え次第、背中と膝裏を手で支えて抱き上げた。腹部の血で自身の服が汚れることなど微塵も気にせず、行きましょうと笑みを浮かべるライムは心なしか柔らかな雰囲気を纏っていた気がする。


 暫く走ると、また異界によって景色が変わってしまった。生徒玄関を通り過ぎて暫く行けば体育館だったはずなのに、何故か第二会議室へと辿り着いた。


『ここに!! って、ぎゃぁーっ!?』


 黒髪の少年が第二会議室の扉を開いた瞬間、獣の手が彼を襲う様に突如として現れた。あまりのことに驚いた少年は扉から飛び退き、もう一人の少年がどこからか取り出した赤いハンマーのようなものを構えた時だった。


『むんっ』


 黒髪の少年のすぐ近くにいたハヤブサが、扉に足をかけて勢いよくそれを閉めた。今まさに扉から身を飛び出そうとしていた獣は、扉に体を挟まれて醜い悲鳴を上げる。そして、震えるスマホから詳細を得ることができた。


【接触 雷獣らいじゅう ぬえ

 詳細:雷を操る日本妖怪。顔は猿、体は虎、尾は蛇であり気性が激しい。首のたてがみから雷を放電する】


『す、凄いよハヤブサ君!! 半端ない反射神経!!』


『良いわよ、脚力お化け!!』


 賞賛を送りながらも、みんなは一斉にその場から踵を返して逃げ出す。雷を出す様な危ないビーストに近付く奴はいない、非戦闘員はすぐにそう判断して生徒玄関の方へ駆ける。


『任せていいのか? 俺たち、殆ど戦えないんだけど!』


 腰を抜かす少年と、こちらを唖然と見ていた少年にそう叫べば正気を取り戻したように彼らは頷く。戦ってもらえるなら有り難いと靴箱を盾にみんなで身を寄せ合って彼らを見守る体勢を取る。


『……驚いた。見上げた根性であるな。彼らは一般人であろう? それであの息のあったやりとり……。


 では、こちらも本気をだそうか。よ』


『正直……彼らより僕が一番の足手纏いなような気がするんだけど。


 まぁ……頑張ろうか。僕たち で』




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