第七話 激突 招かれざる展開

 Side:守郎勝命


 この世界に首を突っ込んで、もうそろそろ泣き言も言わなくなってきた頃にその任務は僕たちの元に舞い込んできた。当然のことながら、そのあまりの規格外の内容に僕は大いに嘆き叫び回ったものだ。


 が。時既に遅く、同期の各“器”たちも同じようなスケールの任務に当たっているため僕たちだけ免除されるなんてことはなく当然のように“城”から追い出された。


『うぅ……。“第十位級だいじゅういきゅう”任務だなんて、絶対死ぬやつじゃん……。てかなんだよ、この異界……学校中が呑まれるほどのレベルとか有り得ない、僕たちまだ一年生なのにぃ……』


 前を歩く同期であり、友人の一人である男はグズグズと泣きながら無駄口を叩く僕を置いて行かないよう一定の距離感を保って歩いている。一歩歩く度に悲鳴を上げながら騒ぐ僕と違い、彼は冷静に分析を重ねながら行動しているに違いない。


うるわしぃ……。麗は怖くないのか? 僕ここから五体満足で出られる気がしないんだけど……』


 どうしても会話で気を紛らわせたくて、床赤路しょうせきじうるわしに話しかける。優しくて真面目な麗は、振り返って僕との会話を繋げてくれるのだ。


『安心するがいい。俺たちだけでは難しい任務だが、ここには先生も来ている。がいるからには、敗北はないだろう。勿論それは戦力的意味合いで、むしろお前がいる以上は善戦出来ると予想される。事実他のチームも高難易度任務を受け、その中で消息不明になった者や亡くなった者もいると聞く。


 だからこそ気を抜くな。ここは既に第十位級“罪区さいく特殊異界学校とくしゅいかいがっこう”常に用心して行こう。そろそろ網前もうぜが帰って来る頃であるな』


 麗の言葉にホッとするも胸元の服をグッと掴んだ。気を緩めてはいけない、第十位級任務というのは決して僕たち一年生には与えられない任務。ならば何故なのか? 簡単だ。僕たち通称“ギリシャ神チーム”の担当教師が大変な強者であり、負け知らずだからだ。


 そして、麗の言う通り……僕こと“守郎しゅろう勝命しょうめい”がチームにいることもある。


『僕なんて、ただの御守り程度だよ……』


 廊下に転がる骸に悲鳴を上げて、慌てて麗の元へ駆け出して制服の袖にガッチリと掴み掛かる。弱々で、泣き虫な僕だが“僕の神様”は違う。


 僕たちは、産まれた時から神様や力ある存在たちの依代として国に選抜され、その身で世界を守護することを誓った神の器。未熟な器たちが学び、成長することを目的として開校された国立第三柱器学園全学校こくりつだいさんちゅうきがくえんぜんがっこうの一年生。全学校というだけあり、年齢も様々な人がいる。全ての年齢の器たちがこの全学校に放り込まれるため、一年生にオッサンがいることもあれば四年生に幼女がいることもある。


 因みに。九月入学なので、まだ僕たちは一年生を半分やってる状態だ。


『御守りがなければ死ぬ可能性がある。お前は御利益増し増しの御守りであろう』


『僕としては一番の御守りは金ピカ先生なんだけど……。ていうか、金ピカ先生もいなくなってるしさぁ。どゆこと? 僕らだけじゃ、最悪異界に呑まれて終わっちゃうよぉー……』


 例え神の器として力を発揮出来ても、僕たちはまだヒヨッコ。器としての何たるかも、戦いのイロハも、神々の意図すらも理解するには遠く及ばない。


 しかし、今回ばかりは違う。罪区特殊異界学校と化したこの羽ヶ者学園高等学校で、この学校をこんなことにしたナニカを調査し可能ならば排除すること。それが僕たち一年三組に課せられた任務だ。そこに人命救助の四文字はなく、ただこの惨状の犯人を葬るために尽力する。これ以上の被害を出さないためにも。


『……勝命。少し離してくれ』


『ええっ!? す、少しってどのくらい? 僕今かなり怖いからあんまり離れないでくれない!?』


 ガタガタと震え出す僕を差し置いて、麗は何処からともなくイカした赤い色がトレードマークの巨大なハンマーを取り出すとそれを肩に担いで廊下の向こうの暗黒を見つめる。麗が戦闘態勢をとったのだと気付いて、僕も慌てて彼の袖から手を離す。少しだけその背に隠れて、祈るように胸の前で手を組んだ。


『どうした、網前。お前が逃げ帰って来るなど穏やかではないな』


 そう呟いた麗のすぐ側の床で、景色が揺れた。僅かに灯る明かりを頼りに目を凝らせば、よく知る人物が突如としてその姿を現した。


 黒髪に混じる青い髪は、僕の好きな色。出発前には綺麗に整えられていたその髪は荒れていて、鬼神とさえ恐れられたはずの彼女は、網前もうぜかすかは身体中が傷だらけの状態で帰って来た。


『っ、微ちゃん……!!』


 腹部を押さえて顔を歪める彼女に慌てて近付き、リュックからありったけの緊急医療具を取り出す。初めて見る同級生の姿に半ば泣きながら支度を進めていれば、僕の頭に微ちゃんの手が乗せられた。


『馬鹿者、取り乱すな。我は大事無い。掠った程度だ、これしきのこと……少しヘマをしてな。すまない、麗。


 ……どうにも、妙な展開になっている』


 麗と微ちゃんが、同じ方角を睨んでいた。未だに状況がよくわからない僕は、取り敢えず同じ方角を見ていた。


 そして、漸く感じ取れた殺意。


 今までも明確な殺意を向けられた。この罪区特殊異界学校に足を踏み入れた瞬間から、あらゆるビーストに狙われてはその全てを葬ってきた。なのに、これはどういうことなのか。


 これは、殺意であって敵意であり嫌悪。絶対の敵対心。明らかに、僕らは敵に認識され捕捉されている。こんなことは普通のビーストでは有り得ない。出会う前から、“僕ら三人”をどうやって知り得て、果てにはここまでの嫌悪を向けるのか?


『だ、れ……?』


 それは、“人間”だった。


 たった一人の人間が、たった一体のビーストと共に異界の向こうからやって来た。それは、あまりに異常だった。真っ白なビーストは、鮮血に塗れながらもまだ少女である人間を抱く右手だけは白いままで。そして少女には、この罪区特殊異界学校に置いて殆ど無傷に近い状態である。その目に、明確な殺意だけを込めて。そして纏うその制服から彼女が間違いなくこの学校の生徒だということがわかる。


 ついさっきまで、平和だった学校で筒がなく学生生活を送っていたはずの少女が何の躊躇いもなくスマホを携えながら己を守護する鬼に触れた。


『みーつけた』


 無垢な笑顔を向ける少女に、思わず身を固くしてしまった。神の依代であるが三人もいて、目の前の人間と鬼に気迫で負けた気がした。


『でも、変だね』


 首を傾げた少女の発した言葉に、僕は悲鳴を上げたくなった。











『一人足りない』



 少女の不快そうなその一言の後、廊下中に鬼の咆哮が響き渡った。もう泣きながら耳を塞ぐも、それを貫きそうなその威力に腰はほぼ逃げている。なんとかその場に留まっていられるのは大切な二人がいてくれている、それ故だ。


 静かに僕たちを指差した少女は、なんてことはないように命じた。


『白呪。


 全部倒して。もう一人を引き摺り出せるまで、全力だよ』


 廊下を塞げるほどの巨体が、雄叫びを上げながら身の丈ほどの鈍器を二本共振り翳してこちらに迫って来る恐怖。オーガ、その名の鬼種であるビーストを倒したことは何度かあった。だが、と確かに言える。真っ白な巨体も、変異種だろう。普通のオーガは灰色。あまりにも大きいが、そういう個体がいても可笑しくない。一つ一つ否定することは出来る、だけどそれら全てが合わさって更には妙な気配までするのだから堪らないのだ。怖い、怖すぎる。


『気を付けろよ、コイツは尋常じゃないほど頑丈だ。しかもこの巨体で』


 微ちゃんが放った弓矢を、そのオーガは容易く躱すと一気に速度を上げてこちらに迫って来た。


 彼女の矢は、神の加護が宿っている。その神性のある矢をあんなに軽々と躱してみせた。


『っ……素早い上に、破壊力が段違いだ』


 振り翳した鈍器が、床に当たって盛大に砕かれる。咄嗟に逃げることが出来たが、あまりのスピードについていくのがやっとだ。ゾッとするような大穴を開けて、目隠しをした顔がグンとこちらを向くとすぐに穴の淵を蹴り上げて迫って来る。


 オーガに狙われた僕を、再び姿を消した微ちゃんが引っ張って逃がしてくれる。そして僕と入れ違いに麗が間に入るとオーガの鈍器に対抗するようにハンマーをぶつけた。鈍く、高い金属の当たる音はやがて押し合いへと発展するがどうやっても分が悪い。


『これはっ……中々、キツいものであるなっ……!』


 麗も全身全霊の力で押し返そうとするが、それも敵わなくなる。拮抗していた押し合いが、段々と劣勢になっていく。


 ただのオーガが、何故神器である麗の力に勝てるのか? 神と獣、それは比べるまでもないはずなのに。


『勝命!! ここを離れるなよ!』


 微ちゃんの声に答える間もなく、彼女は風のように姿を消したまま走り出した。加勢に行くのかと思われたが、彼女は別の方角に向かって走っている。そしてその先にいるのは、オーガの主人であろうこの学校の生徒でもある少女。主人を戦闘不能状態まで持ち込めれば、オーガは消えるはず。そう考えての特攻であり面倒なオーガを倒すよりもかなり効果的なのは間違いない。


 でもそれは、何の罪もない一人の少女を傷付けることを意味する。


『……っーダメダメ!! 僕は、二人に勝って欲しいんだ!』


 オーガも主人に向かう敵の存在に気付いたらしいが、麗が止めさせまいと必死にオーガに食らいつく。無防備な少女に、姿を消した微ちゃんが短剣を手にその身を捉えた。


 そう、思った。



ーキィンッ……。


 刃は届かなかった。正面から少女の腹部を狙って伸びた短剣は、少女の右手に持つオーガのそれと大きさだけが違う鈍器がその行く手を阻んでいたから。しかも少女の左手にはスマホが握られ、それを耳に当てたまま……攻撃を防いだ。少しだけ耳からスマホを離すと、少女は鈍器を薙いで短剣を吹き飛ばす。あまりのことに武器を手放してしまった微ちゃんの、僅かな隙を見逃すことなく右足で彼女の体を蹴り飛ばした。


『微ちゃん!!!』


 受け身は取れていた。それでも、ただの少女が出すには重い一撃。微ちゃんは地面に倒れたまま、意識を失ってしまった。


『っ……やはりオーガとの戦闘で相当のダメージを負っていたか』


 そして、オーガと麗との戦いも遂に終わりを迎えようとしていた。いくら神器といえど、体は人間。あまりの破壊力を有したオーガに麗は防戦一方、そしてオーガが二本の武器を持つというのが痛手だが……


 何よりの痛手は、その主人までもがそれを使い熟すという点だろう。


『っ……うるわし、あぶなっ』


 突如として麗の背中を襲った、オーガの鈍器。しかしその大きさから、それを放ったであろう人物に目をやる。そこには、何らかの能力によって生み出されたであろうオーガの鈍器と瓜二つの武器を投げたであろう少女の姿があった。攻撃に対応することが出来なかった麗は、悲鳴を上げながら廊下に倒れ込んでしまう。


 倒れた二人のチームメイトの姿に、僕はただ震えながらその場に立ち竦むことしか出来なかった。


『君は戦わなくても良いのですか?』


 二柱の神器を倒した、一般人に等しい少女は異界の闇に馴染みながら笑みを浮かべていた。側に帰るオーガに丁寧に礼を言い、怪我がないか入念に調べる。


 彼女はわかっているのだ、僕が戦えなくてなんの障害にもならないことを。


『貴方を捕縛するね。別に三人連れて行っても構わないけど、要らないんだって。一番抵抗の少なそうな一人を連れて来れたら上々。全員を殲滅しても……問題は、なし』


 未だにスマホを耳に当てながら、誰かと通話する様子も見せないまま一方的な会話が行われる。一歩、足を退けば途端に少女が僕を指差す。


『無駄だよ。君は逃げられない。仲間を放って逃げられないし、何より君一人じゃ学校で生き残れないもん。


 抵抗しないでね。人間を殺させるのは、私も嫌なんだ』


 一声、たった一声だけ。オーガの名前を彼女が呼べば全てを承諾したようにオーガが僕に向かって走り出す。


 ああ、なんだってんだ。


『や、やだっ……!!』


 真っ白な鬼が、手を伸ばす。今まで仲間たちと難なく倒せて来たレベルのビーストなのに。苦戦はしても、こんなことにはならなかった。


 腹部から血を流す微ちゃんと、うつ伏せに倒れる麗の姿に自分が重なる。僕なんかよりよっぽど強い神器の二人が、勝てなかった敵。全学校での日々と、思い出が蘇るようだった。


 ああ。誰なら、この強い人間とビーストに勝てただろう。


『っ……ごめん、なさい……ごめ、ん』


 襲い掛かるオーガの向こうにいた少女と、目が合った気がした。まだ幼い、何年生だろうか。一年生なら、僕と同じかな。二年生には見えないけど、もしも三年生ならずっと先輩だ。


 その時僕は、初めて気付いた。


『きみの、日常を……守れなくて』


 果たしてあの少女は、どれだけの親しい学友たちを失って今ここに立っているのだろうか。


 ただの人間が、訓練を受けてあらゆる任務を遂行してきた神器たちを下して、それでも歩む理由を、初めて考えた。




 そしてそれは、とても悲しくて……絶対に、想像できないことなのだ。



『……ん、い……待っ、』


 傷付き、苦しみ抜いたその瞳が見開かれ小さく命令を言い換えたような気がした。事実、迫るオーガの拳がピタリと止まった気がした。


 だから、その瞬間に全ての願いを込めて僕は叫んだ。


『たすけてっ、たすけて!!


 先生!! っ!!』


 力の限り叫んだと思えば、お腹に回る黒いシャツを纏った腕。グンと一気に後ろに引かれ、オーガの魔の手から逃げられた。しかし、オーガはすぐに態勢を立て直すと両手に鈍器を出現させ追撃を開始する。


 それを先生が炎で対応しようとすれば、その場に凛とした彼女の声が響く。


『良いよ、白呪。戻ってきて。を誘き出すのが狙いだから』


 途端、オーガはその場から跳躍し一気に後方に距離を取る。すぐに少女の元へ戻る姿からお互いの信頼関係の厚さが窺える。


 少女とオーガを囲うように、足元から火柱が上がる。先生の攻撃だと理解し一気にカタをつけるつもりなのかと固唾を飲むが無駄だった。オーガが主人を守るようにその身を抱え、鈍器で火柱を薙ぎ払うように横に振るだけであの先生が出した攻撃を掻き消してしまった。


『あー……なんじゃ、ありゃ。ふざけてんだろ、本当にただの鬼種かよ』


『遅いよ先生!! 何してたの、可愛い生徒たちが死にそう!! 怠惰、怠惰教師!』



 人間の少女と、それに付き従う白の鬼種オーガ。


 これが僕たちと“悪魔たち”との出会い。



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