第二話 獣を操る器

 黒板に書かれた内容を、みんなが見ている。誰もが困惑し、状況を理解することなど一生叶わない。


『……外を見ろ』


 一番窓に近かったハヤブサがそう呟くと、みんなでなんだなんだと窓に近付いていく。窓の向こうは暗闇、夜なんだと理解出来る。それがどうかしたのかと言おうとしたが、何か違和感が残った。それを確かめるため今一度窓の向こうを見る。


『外がなんだってのよ! この暗さで夜だってことはわかってんのよ、ハヤブサ』


『ちょ、ちょいタンマ!! えっ……ええっ!? やば、ヤバいってこれ……』


 専也が勢いよく窓から身をひるがえし、また床にうずくまって小さくなる。そして俺も、専也のおかげで違和感の正体に気付けた。


『……灯りがない。街灯も、民家の灯りも。これは、夜じゃない』



 一面に広がる、暗黒だ。



『……さて。とても向き合いたくないが、どうやってもこれは現実らしいからな。みんな、作戦会議だ』


 千之助の指揮のもと、俺たちは再び円を組むように床に座っていた。一部の者は放心状態に近い。


 こんな時だ、仕方ないだろう。


『たゆた。大丈夫か?』


 隣で体育座りをするたゆたに声を掛けると、たゆたは泣いていた。泣いている、確かに泣いているが……その表情はいつも通りなのに、涙だけが光りながら床にぼたぼたと流れ落ちている状態だ。


『ごめんね……吃驚びっくりさせちゃった。止まんないの、やだねぇ』


 にっこりといつもの笑顔を浮かべているにも関わらず、瞳から溢れる涙は止まる気配はない。堪らず体を引き摺るようにたゆたの元に近付き、ポケットから出した卒業式で使うはずだった新品のハンカチを取り出す。肌を傷付けないように擦らず、軽く押し当てては離しを繰り返す。


『泣くな、たゆた。何かヤバいことになってるが、ここには三組の仲間がいる。今までだってみんなで色んなことをした。


 大丈夫だ。一緒に帰ろう。卒業式に出て、その後も……俺たちが三年三組だったことは永遠に変わらないからな』 


 だから、泣くな。どうしていいか、わからん。


『っ……ふふ、“尊ちゃん”、ふふふっ……!


 うん……、一緒に帰ろうね』



 愛望あいもちそん、以上十人が今ここにいる三組の全てだ。



『で。みんな自分のスマホがなくなって、代わりにこの変な黒いスマホがあったわけだ。


 ……専也。こういうタイプのスマホは販売されてるのか?』


『ない。ないよ。こんなスマホ見たことないし……海外のスマホとかもよくチェックするけど、こんなモデルはない。模様も大きさも、どれも知らないし』


 専也のキッパリと言い切った言葉に、千之助も頷いて手元のスマホを見る。同じようにみんなが自分の物ではないスマホを持っているのだ。全体が黒く、画面の周りは銀のよくわからない模様がある。唯一違うのは、みんなスマホの背に個人の名前が刻まれていること。俺なら“愛望 尊”と刻まれているわけだ。


『まぁ名前が刻まれてる時点で可笑しいよな。どう見てもシールじゃないし』


 起動したスマホには、ホーム画面にまたしても名前が背景として使われている。そして機能は、五つ。


【ステータス】

【ミッション】

【アイテム】

【フレンド】

【プレゼント】


 まず、一番上からタップしてみる。ステータスを表示すると今の自分のデータのようなものが出た。


【ステータス

 ・名前 愛望尊

 ・称号 三年三組出席番号一番

 ・状態 正常

 ・獣器 斉天大聖】


 斉天大聖……?


 唯一引っかかるのは、獣器というものとこの斉天大聖だろう。読み方はなんだ、じゅうき? 斉天大聖ってあの孫悟空か?


 思い浮かぶのは、頭に輪っかをした雲に乗ったあの有名な西遊記の猿だ。むしろそれ以外は知らない。


『わからんな……』


 考えるのを止めて、フレンドをタップするとここにいるメンバーの名前が表示された。しかし次のミッションは【ミッション なし】とされていた。仕方なく次にアイテムをタップするとこれも何もなし。最後にプレゼントをタップした。


『ん……?』


【・斉天大聖の毛】


 プレゼントに入っていたのは、これだけだった。よりにもよって、唯一あるのが毛ってどういうことだ。猿の毛ってどうなんだそれ。


『しかもタップしても何も起こらないしな』


 折角斉天大聖について何かわかるかと思ったが、どうやら初期アイテム的なやつだったらしい。一通り目を通すと、画面から目を離して辺りを見てみる。みんな自分のスマホと格闘しているので、終わるまで待っていることにする。


 そう思った時だ。


『あっ……!!』


 ガンッという鈍い音が響き、そのまま何かが一瞬で床を滑り去って行った。慌てて声の主人が立ち上がって、滑って行った物を取りに行くために走り出す。


『ちょっ、ぶっ……くくっ! たゆたん! 突然そんなファインプレーかまさないでよ、面白すぎぃ!!』


 どうやら一連の作業が終わり、俺と同じように待機してみんなの様子を見ていたらしい新食が腹を抱えて笑い出した。みんなが新食の方を見ると、ファインプレーの内容を教えてくれた。


『くくっ……、立ち上がろうとしたんだよね、たゆたん。そしたら手からスマホが落ちて、膝にスマホがぶつかってそのまま床にっ……待って本当ムリ、ウケる』


 遂には床に転がって笑い始める新食の側に、ひっそりと現れる影。そこにはスマホを握りしめ、真っ赤な顔でムッスリと不機嫌そうな表情を浮かべるたゆた。


『あーーマジでヤバい、本当たゆたん最高なんだけどー。こんな状況で俺に笑いをありがとう』


『好きで笑わせたわけじゃないもんっ……! 新食君、いつまで笑ってるの!』


 床で転がる新食の背中や肩をペチペチと叩く姿は、本当に恥ずかしかったのか未だに顔が赤い。たゆたはすぐに顔が赤くなるから、こうしてすぐ揶揄からかわれる。


 そんな二人の姿に、やれやれと呆れる者もいれば笑い出す者もいる。


 ああ。懐かしい。


『……懐かしい? ああ。なんでだろうな全く。こんな状況だからか……ちょっと前までこんなのいつものことなのに』


 思わずニヤける顔を隠すことは出来ず、賑やかな方を見ていればたゆたがキッとこちらを睨んでくる。どうやら始末をつけてほしいらしい。やれやれと腰を上げて、二人の元へ行く。


『ほら、新食。いつまで転がってんだ、リーダーが話を纏められないだろうシャンとしなさい。


 たゆたは……あちゃー。お前スマホさっきのでボロボロになってるぞ。ちゃんと起動するか?』


 蹴られて、滑って、壁なんかにぶつかったであろうたゆたのスマホは画面はバキバキ。側面は何箇所か欠けて、名前の部分には大きな亀裂が入っている。どうやら倒れた椅子か机の足の部分にやられたのだろう、酷い有様だ。


『うん、平気だよ。だってこれは私のじゃないもん』


『まあな。無理矢理押し付けられただけだし……』


 確かにそう思えば、大した愛着もないスマホ。バキバキだろうが使えれば不便はない。本人も全く気にしていないようで、ブレザーのポケットにスマホを仕舞った。




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