獣鬼獣従

潜田

明けない夜の卒業生

第一話 三年三組の十人

 目を開けると、そこは見慣れたはずの俺たちの教室だった。ぼんやりとする意識の中、まるで居眠りでもしていたようで中々思考が定まらない。


『あれ……? 俺たち、確かこれから卒業式でさっきまで廊下で待機……してたよな』


 そう。俺たちは、羽ヶ者学園高等学校はねがものがくえんこうとうがっこう三年三組は今日……卒業の日を迎えた。朝からみんなで笑い合い、泣き合いながら最後の晴れ舞台に立つために、その時を待っていたはずだ。


『それが、なんで教室に……』


 呆然と辺りを見渡すために顔を上げれば、そこには見知った顔が揃っていた。


『えっ。なに……? 私、なんで教室で座ってるの? しかも床?』


『あれ? 数、少なくない?』


 床に座っていた俺たちは、全部で十人だった。三組の合計は三十三人。約三分の一しかいないメンバーを見渡し、誰がいて誰がいないのかを確かめる。


『にしても暗いな。よし、電気を点けてくるよ』


 暗闇の中、真っ先に立ち上がって電気を点けに行ったのは三組でも級長を務める我らがリーダー 卯月うづき千之助せんのすけ。みんなを纏めるのが上手くて先生たちにも頼られるしっかり者だ。三組が誰も欠けることなく今日を迎えられたのも千之助の影響が大きいだろう。


『なんなのよ、わけわかんないっ……!! なんで突然こんな訳わかんないことになるのよ!』


 そう泣き叫んだのは、魔堂まどうきぐね。茶髪の髪をサイドテールにして、その身長の低さからは想像出来ないほどの力を秘めたやつだ。高飛車で、声も大きい。意思だって固くて頑固者。だけど、誰よりも繊細で仲間想いなのは言うまでもない。可愛いのにすぐに毒を吐く、デレの成分が限りなくゼロに近い。


『きぐねちゃん、大丈夫だよ……。きっとすぐ他のみんなや先生と会えるから』


 きぐねに優しく声を掛けるのは、クラス一優しい聖女ならぬ十刃とばえみだ。ボランティア部に所属する根っからのお人好しで誰かの役に立ちたいが座右の銘らしい。誰にでも優しく、勤勉で気配りも出来るしっかり者。


『はっ、はは……。オワタ。やっと卒業式ですって思ったら、最後の最後でこんな意味不明展開……。いやでもこれ、まだみんなといられるっていう良イベ? ……いやない、これはないわ』


 体育座りでもじもじとしながら、モゴモゴと呟くのは母上もがみ専也せんや。黒い髪を目が隠れるまで伸ばしている照れ屋だ。最初は中々クラスに馴染めないようで大分暗かったのだが、日々の暮らしを過ごしてイベントにも参加する度にみんなと仲良くなり最近は笑顔ばかり浮かべるようになった。ゲームやアニメに詳しく、それに関連した歌やグッズなどにも人一倍知識豊富で、意外と会話の引き出しは多い。


『……暗いな』


 正座。ピンと伸びた背筋。夕凪ゆうなぎハヤブサはかなり口数が少ない。しかし表情は意外と賑やかで嫌な時は何も言わないのにあからさまに口が引きるし、楽しい時などすぐに破顔してしまってイケメンだから心臓に悪いと有名だ。身長も高くガタイもいい、運動神経抜群の……少し天然が入った奴。


『机ってそのままにしてたよね? なんか凄いグチャグチャだね』


 栗色の髪を揺らしながら首を傾げるのは加州かしゅう芽々めめ。ふわふわとした雰囲気の、小さな男の子だが、コイツはヤバい。特に芽々はきぐねとセットにしてしまうと収拾が付かなくなる。毒舌で気分屋、きぐねと違って芽々は鋼の精神を持つ。敵と見定めたら生徒でも教師でも他校生でも関係ない、何より彼は大変頭が良いのだ。でも残念ながら気分屋だから、滅多にテストもやる気を出さない。でも、クラスメートなら勉強の教えを乞えば何だかんだと面倒を見てくれるのだ。


『……ったく、なんだってんだいきなり……。外もやけに静かだな』


 ハヤブサよりも大きくて、芽々よりも扱いが難しかったのが丹子櫓にこやぐら海我かいがだ。所謂不良、しかも筋金入りの。一年生の頃は殆ど教室に来ていなかったが、二年生からはきちんとクラスメートに加わっている。未だに口調も悪く素行も悪いのだが、もはやそれが彼なのだ。卒業式を迎えた今では多少は穏やかになったし、何より卒業式を迎えられたのが奇跡だったのだから。


『ここは……? あれ……私、確か……』


 キョロキョロと辺りを見渡す、小さな女子生徒。二年生から転校してきた羽降わこうたゆた。ガチガチに緊張して、一生懸命考えてきたであろう自己紹介の言葉を発したあの頃を今でもネタにされては、真っ赤になって否定してくるとても可愛い奴だ。素直で幼さの残るたゆたは、まるで妹のようだとクラス中から癒しを求められる。


『いやぁ。なーんか面白いことになっちゃってるよね〜』


 三年間を共にした。しかし俺は、未だにこの兵児へいご新食しんくという男がよくわからない。いつも笑顔で、それ以外の感情を出さない。一歩引いたところから物事を見定め、人を観察するのが趣味だという。あまり褒められた趣味ではないが、確かに新食はそれ故に的確なアドバイスをくれる。こんな状況でも、いつも通りなのはコイツくらいだろう。


 そして暫くすると、散らかった机や椅子に苦戦していた千之助が電気を点けてくれた。何故か全ての蛍光灯が付くことはなく、黒板寄りの一つだけに明かりが灯った。雑然とした机や椅子、床にはプリントや文房具が落ちていたが……何よりも注目すべきは黒板だった。そこは朝、数人の女子たちの手によって鮮やかな別れの言葉が描かれたはず。それなのに、今は全く別のものに塗り替えられている。


【羽ヶ者学園高等学校 三年三組の皆様


 皆様には、この学校から脱出して頂きます。現在この学校は我々の手によって異界と化しています。容易には外の世界には出られません。皆様の力と勇気を存分に発揮し、見事この異界学校から脱して下さい。


 では、健闘を祈ります】


 これは、卒業式を迎えられず、終わることのない夜に閉じ込められた……三年三組の物語。





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