第8話:自覚

 カーミラに指摘されて、ハンマーで頭を叩かれたような衝撃を受けた。

 カーミラの指摘通り、俺は働かないように考えていた。

 アラフォーで初めて恋したカーミラのためと言いながら、常に働かずにすむ方法を考えていた、父親と同じように。

 あまりの衝撃に愕然として、その場で膝を落として意識を失ってしまった。


「おい、昨日のように朝まで気を失う心算か、それでは邪魔過ぎるぞ。

 早々にこの屋敷から出て行くのじゃ、分かったな」


 怠惰に長椅子に寝そべりながらテレビを観ているカーミラが、めんどくさそうに俺に命令してくる。

 まあ、確かに、膝をついて意識を失っている男が部屋にいたら、目障りで仕方がないだろうが、だが、少しは心を砕かれた人間に優しさを与えて欲しいモノだ。


「グゥウウウウウ」


 情けない事に、空腹のあまりお腹が鳴ってしまった。

 よく考えればここ二日何も食べていない。

 夜行バスを使ってここに来たとはいえ、手持ちの金がほとんど残っていない。

 何の成果もなくまた夜行バス使ってアパートに戻り、日雇い仕事をするとしても、現金が手に入るまでには時間がかかる。

 それまでに使える金は本当に乏しいのだ。


「カーミラ、何か食べる物はないか」


「……本当に父親と一緒で甲斐性のない奴だ。

 ここに人間の食い物などあるわけがなかろう。

 金目の物はお前の父親が全部持ち出してしまって何も残っておらん。

 早く自分の家に帰って働くがよい。

 お前は父親のような駄目人間になりたくないのであろう」


「分かった、何とか金策する、でも、家には帰らない。

 俺の本性が、働きたくない怠惰な性格なのはカーミラの指摘通りなのだろう。

 だが俺がカーミラに恋をしたのは嘘偽りのない真実だ。

 この辺りで仕事を見つけて、食べて行けるようにする。

 だから俺をここに置いてくれ、頼む」


 俺は恥も外聞も忘れて、真剣に頭を下げて頼んだ。

 カーミラがやれと言うのなら、土下座だって厭わない。

 俺は何を失おうとカーミラの側にいたいのだ。

 何かと言い訳をして働かないようしていたが、カーミラの側にいることができるのなら、心を入れ替えて一生懸命働く覚悟ができた。


「仕方がない奴だのう、好きにするがよい。

 空いている部屋を好きに使ってよいぞ。

 それとこれはわらわの想い出の品だが、売れば少しは金になるであろう。

 今日食べる物もないのなら、夜が明けてからどこぞで処分するがよい」


 カーミラは明らかに値打ちのありそうなネックレスを渡そうとしてくれた。

 大きなダイヤモンドのような宝石が中央に据えられている、金製のネックレスだ。

 まあ、俺のような貧乏人に、本物のダイヤモンドや金を一目で判断できるわけがないのだが、神祖のカーミラが偽物を身に着けているわけがない。

 俺の怠け心が受け取れと誘惑しやがる。

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