第25話 新郷禄先輩はカリスマ
僕は二人を守ろうとした。
前に出ると男に飛びついて、二人が逃げられる隙を作ろうとしたのだ。
だけど、もちろん、僕ごときの力では何が出来るはずもなかった。
「イキんなや、クソガキ! 何がしたいんだ、てめぇは!」
返り討ちにあった僕は、床に組み強いられて全く動けなくなってしまう。
床に顔を打ち付けた瞬間、「健太郎!」と僕の名を呼ぶ新郷禄先輩の声が聞こえたが、僕はもう、返事を返すことも出来ない。
悔しかったが、それが全てだった。
「痛いじゃないかよ、香苗ちゃん」
先ほど投げ飛ばされた男が、新郷禄先輩の後ろに来て、ひひひと笑う。
「香苗ちゃん。もう、優しくなんかしねぇからな? 徹底的にヤってやんぞ?」
絶体絶命である。
だが、こんな絶望的な状況にも関わらず、新郷禄先輩はクスクスと笑った。
もちろん、先ほどと同じように楽しくて笑っているわけではない。
「香苗ちゃん。何笑ってんの?」
男が聞いたが、新郷禄先輩は笑顔のまま答える。
「ねぇ、徹底的にとは言うけれど、どうしてくれるのかしら?」
「分かってんだろ? そっちの少年はボコって、香苗ちゃんはそっちのチミっこい奴と一緒に、俺の仲間全員と楽しいことするんだよ。ちなみに思い出として全部、ビデオで撮影するからな?」
そこまで話させた後、新郷禄先輩は大きな声で笑った。
男が不満げに言う。
「だから、香苗ちゃんは何で笑ってんの? 冗談とでも思ってんの? 俺達、こう言うことするの、初めてじゃないんだわ」
男は下品な笑い方をして新郷禄先輩の胸に触ろうとした。
が、新郷禄先輩は軽くそれを振り払う。
男が、若干イライラしてきたようだ。
「あのさ。香苗ちゃんは死ぬまで俺たちの玩具だよ? 警察とかに言ったりしたら、ビデオもダビングしていろんなところに送っちゃうつもりだしさ。拒んだら、それだけ痛い目にも合ってもらっちゃうけど、今の状況、分かってんの?」
「分かってるわ。でも、これを全部、あの悦子が用意させてたんでしょ? だからおかしいのよ。貴方達が可哀そうで」
新郷禄先輩はそこまで言うと、口調を変えた。
「あなた達は私を知らない。悦子がこれを用意させて対象が私、と言うことは、あなた達は捨て駒だと言う事。きっと、悦子は自分の保身だけは何かしらの策を用意して準備はしていたんでしょうね。でも、悦子はもういない。だから、今、貴方達がしようとしている事は、貴方達の自滅以外の何物でもない。金を出す奴がいないのに、危ない橋を渡ろうとしている」
新郷禄先輩は目をスッと細めた。
手を胸に当て、片手はポケットに入れて、堂々と宣言する。
「貴方達が誰を相手にしようとしているか、教えてあげる。私の名前は、新郷禄香苗。されたことは絶対に忘れないし、敵になる人間には必ず復讐して来た。例え自分がどうなろうと、相手を破滅させるまで徹底的にね」
新郷禄先輩の言葉には、男たちが思わずたじろぐほどの凄味があった。
「な、なめてんじゃねぇぞ! 殴って黙らせてやろうか?」
男が近寄って、新郷禄先輩の服の襟元を掴む。
「なめているのは貴方達だと言っているでしょう? 分かりやすい方向から話してあげましょうか?」
新郷禄先輩は少しも
手を、ポケットに突っ込んだまま言うのだ。
「私の家、お金持ちなの。家柄も由緒正しくてね。分家の娘ではあるけれど、私につけられた傷が深ければ深いほど、家に傷がつくことを恐れた本家が動く可能性は高くなる。そうなれば貴方達は、貴方達が考えている以上に、破滅の道を歩くことになるわ。でもね、私は本家の動き何て、そんなことはどうでも良い。撮られたビデオで家の名前が傷つこうが、私自身の人生がめちゃくちゃになろうが、私には関係ない。ただ、本家がどう動こうが、私は私の持っている物と利用できる物を全て使いきっても、必ず自分の手で、あなた達を道ずれにする。私には、その覚悟がある」
新郷禄先輩は「貴方達に、地獄に行く覚悟があるのならば、好きにすればいいけど」と付け加え、なおもクスクスと笑った。
「選びなさい? ここで私たちを襲って自分の人生を棒に振るか。それとも、私に協力するか。素直に悦子とやり取りしていた情報を私に教えなさい?」
新郷禄先輩はすごいと思う。
その内容も凄まじかったし、逃げる予定だったのが一転して情報提供を求める側に変わったのだ。
凛とした声に、そしてその話す姿勢にある種の偉大さを感じさせるほどの存在感を放っている。
凄まれてもたこ焼きをご馳走するくらいしか出来なかった僕に比べれば、まさにカリスマのレベルだ。
そして男たちは、新郷禄先輩の圧に屈服したのか、僕らを滅茶苦茶にすると言う計画を断念したらしい。
新郷禄先輩が「そこの少年を離しなさい」と言うと、素直に、僕の拘束は解かれた。
「では、さっそくだけど教えて。さっき、こういうことをするのは初めてではないと言っていたけど、それも悦子に雇われてしたの?」
男たちは互いに顔を見合わせた後、言った。
「そ、そうだよ。一昨年だったと思うけど。香苗ちゃんを襲うための連中は、新しく誘われた奴がほとんどだから知らない奴もいて、でも、俺はその時に参加してたから、つい、あんなこと口走っちまって」
「良いから教えて。どんなことをしたの?」
新郷禄先輩が、ピシャリと言い放つ。
男は言いにくそうにしていたが、言った。
「さっき、香苗ちゃんにするって言ってたことだよ。集団で襲って、ビデオも撮って……。で、しばらく呼び出したりしてたけど、そいつ、自殺しちまってさ。そうじゃなくっても歳食ってたし、俺達も飽きちまってけど」
「歳を食っていた? 相手は誰?」
「学校の教師だよ。名前までは忘れたけど、ほら、悦子さんが通ってた学校の」
「草蒲南高校の?」
そんな話、聞いたことが無い。
学校の先生を全員知っているわけではないけれど、そんな酷い事をされた女の先生がいるなんて考えたこともなかった。
新郷禄先輩は少し考えた後、言った。
「自殺……? 確か、去年だか一昨年に、学校を辞めた女教師がいたと思ったけど、その教師かしら。あまり関わったことのない人だったから気にも留めていなかったけれど」
新郷禄先輩は独り言のようにそう言うと、フンと鼻で笑った。
「良いわ。このことは黙っておいてあげる。貴方達も私たちの事は忘れなさい? ただ、私の耳に似たような話が聞こえた時、私はあなた達がしたものと見なす。同じことをしたならば、私はあなた達を許さない。言い忘れてはいたけれど、私の身うちには警察関係者もいる。良く、肝に銘じておきなさい」
それから新郷禄先輩は「知りたいことはもうないわ。行きましょう」と、僕たちの手を取った。
その手が震えていたことに気づくが、その震えの正体を語ったのは、僕らが大通りに出てからである。
「嘘よ。さっきのは」
「え?」
大通りの隅で立ち止まり、先輩が僕らに明かしたのだ。
新郷禄先輩は今も震えている手を自分でつかみ、にやりと笑う。
「もちろん。やり返すと言うのは本当よ。もし、あいつらが強引に事を進めて私や田中々さんを辱めようものならば、私は私の人生をかけて、あいつらを破滅させるつもりでいたわ。でもね、本家だとか、分家だとか、そう言う後ろ盾は私には無いの」
先輩は「まぁ、ちょっとした名前の有る家と言うのは本当だし、小金持ちではあるけれど」と、付け加えたが、こうも言った。
「でも、私の家は私が彼らに襲われても、家としては彼らを破滅させることなんて事はしないし、出来ないでしょうね」
ようやく理解した。
新郷禄先輩の言ったことはハッタリだったのだ。
震えていたのは、きっと怖かったからだ。
それを裏付けるように、新郷禄先輩は言った。
「正直、もう、ダメだと思った」
新郷禄先輩はそう言って、ポケットから何かを手を出す。
そこには『発信中』と言う文字が画面に表示されている携帯電話があった。
「これ、ああいう事態になることの準備として、あらかじめ用意しておいたの。でも、役に立たなかった」
ややあって、新郷禄先輩は発信を切断する。
「発信先は
木場下と今井間? と思ったが、よくよく思い出せば、新郷禄先輩と初めて会った時に多目的室にいた、二年生の先輩、二人だ。
「多分、逃げたんでしょうね」
「逃げたって、そんな。本当ですか?」
「多分ね。木場下も今井間も、二人とも電話に出ない。時間を置かずに二人に着信があるようなら、電話に出るように言ってあるのにね」
田中々が黙ったまま、冷静な顔で新郷禄先輩を見ている。
僕は、ひたすらオロオロしていた。
やがて、新郷禄先輩はフンッと鼻で笑った。
「怖くなったんでしょう。知っている人間が殺されて、もう、関わるのも嫌なんでしょう。真犯人が捕まっていないと言うことを話しておいたから、きっと、自分たちが狙われるかもと思ったんでしょうね。それとも、単純にあの男たちに自分も目を付けられるのが怖かったのかしら」
その目が涙ぐんでいることに、気づいた。
もし二年生の先輩たちが逃げたと言うのが本当ならば、新郷禄先輩は仲間に裏切られた形になる。
もし、新郷禄先輩が失敗していたら、僕も田中々も、きっと酷い目に遭っていた。
新郷禄先輩本人も。
「新郷禄先輩」
僕は彼女の名前を呼ぶ。
だが、彼女は「貴方達も巻き込んでごめんなさいね。もう、帰って良いから。それじゃあね」と言うと、背中を向けて歩き出した。
放っておけなかった。
田中々が「健太郎君。一人にさせては」と僕を呼んだが、もちろん、僕は新郷禄先輩の後を追う。
「新郷禄先輩! 俺は先輩を裏切りませんよ! 絶対に! こっちを向いてくださいよ!」
だが、振り返った先輩は泣いていた。
あの強い先輩が泣いていたのだ。
それがあまりにも美しくて、僕はハッと息を飲んで見つめてしまった。
「帰ってって、言ったのに。馬鹿」
新郷禄先輩はそう言って、目をこすり、僕に言った。
「ねぇ、健太郎。私を裏切らないと言ったけれど、本気よね?」
「はい」
もちろん、本気だった。
だが、新郷禄先輩は言うのだ。
「私が、貴方が思う以上に
言葉に詰まる。
どういう意味だろうかと考えるが、僕が言う言葉は決まっていた。
「新郷禄先輩が困っているなら、助けたいです。先輩が助けて欲しいって言うのなら、俺……!」
僕は、伊藤巻も、笹山村さんも助けられなかった。
歌玉も家を一歩も出れない状態でいる。
だから、新郷禄先輩の抱えている悩みが何だったとしても、今度こそ、絶対に力になりたいのだ。
一人にさせるわけにはいかない。
僕は、僕にできる事なら何だってやってやるつもりだ。
「そうね。友達を地獄に引きずり込んだ歌玉を助けに来るような人だものね。……分かった。じゃあ、教えてあげる。私の秘密」
新郷禄先輩はそう言うと僕の耳に口を近づけて囁いた。
「明日、お昼に八束駅で。田中々さんは連れてこないでね」
僕は背後にいる田中々に悪いと思いながらも、頷いた。
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