第24話 僕達は捜査をする

 連続殺人事件が解決したとのニュースで、八束駅は賑わいを取り戻しつつあった。

 人々が行きかい、商店はセールの文字を出して、商品を売り出そうと必死だ。


 そんな喧騒の中でも、新郷禄先輩はとても目立って見えた。

 女性の服のブランド何て詳しくもない僕だけれど、彼女の着ている服のセンスからも、新郷禄先輩の気品が感じられる。

 何よりも、彼女自身の美しさは、この八束駅と言う場所に在っても、まるで別の次元から現れた特別な存在のようにくっきりと、浮き上がっていた。


「よく来てくれたわ、健太郎。あら? 田中々彼方も一緒なのね?」

「ええ。偶然会いまして」


 嘘つけ。

 僕の家の前で待ってたのは、偶然とは言わないだろう。

 まぁ、良い。

 僕が何も言わないでいると、新郷禄先輩は、さっそく切り出した。


「それじゃ、歌玉紗枝の自宅に行きましょう。場所は分かっているから、付いて来て」


 断る理由はない。

 僕らは電車に乗り歌玉の地元を目指した。

 7駅。

 自転車で通うには遠いが、それほど遠くもない。

 駅を降りると、知らない街の空気を感じたが、別に旅行に来たわけでもない。


 歌玉の自宅は、徒歩で数分と駅にとても近かった。

 チャイムを押し、家に上げてもらった僕らは、歌玉の部屋で彼女と対面する。


「先輩。久しぶりです」

「ええ。元気そうね、紗枝」

「いえ、私、実はまだ家から出れなくて。ほとんど引きこもり状態なんです」


 確かに歌玉はずっと学校を休んでいた。

 あの腐乱死体は、それだけのダメージを与えるのに十分ではある。


「……無理もないわ。あれは刺激が強すぎたもの」


 新郷禄先輩はそう言うと、姿勢を正して次の言葉を続けた。


「ところで、私たちが来たのは貴女に聞きたいことがあって来たの。貴女にとっては話しづらいことかもしれないけれど、どうか話して欲しい」

「な、何ですか?」

「薬師谷悦子が管理していた顧客について」


 歌玉はそれを聞くと苦虫を噛み潰したような顔をした。


「それは、あたしにはわかりません」

「どうして?」

「宝田には言ったことがあるんですが、薬師谷先輩さんが連れて来た男と連絡先を交換してないんです。あの人たち、私を道具か何かみたいに扱ってきて、一度に、何人も同時に相手させられたりして怖かったんです。だから、その人たちが誰かとかも、ちょっと」

「そう。でも、私はそれ以外にも聞きたい。悦子があなたにそれをさせたのは、お金を集めていたからなのよね。その使い道については何か知らない?」


 確かに、その辺のルートから何かわかるかもしれないと思った。

 だが、歌玉は残念そうな顔をして、言うのだ。


「ごめんなさい。私、何も知らないんです。伊藤巻も知らなかったと思います」

「……そう」


 当てが外れた。

 僕らは次どうするかを考えなければならなくなったが、どうすれば良いのだろうか。

 と、その時、歌玉が思い出したかのように言った。


「あ、そう言えば。その、宝田と初めて話をした日覚えてる? たこ焼き屋の前で」

「ああ、憶えてるよ」

「あの時、薬師谷先輩が待ち合わせしてた男、大学生でした。どこの大学かまでは分からないんですが」

「ありがとう。紗枝」


 新郷禄先輩はそう言うと、立ち上がった。


「行きましょう、健太郎。田中々さん。次に行く場所が決まりました」


 新郷禄先輩は歌玉に言う。


「いつか、貴女にはきちんと詫びるわね。全てが終わったら」

「は、はい。私、新郷禄先輩を応援してます」

「ありがとう。じゃあね、紗枝」


 僕らは歌玉邸を後にした。


「ところで、どこに行くんですか?」

「薬師谷悦子と共通の知り合いよ。今日は自宅にいるはずだから、ちょうど良かった」


 新郷禄先輩と再び電車に乗り、再び移動した。

 方角的には八束駅の方に戻ることにもなったが、八束駅を通り過ぎて、電車は走っていく。

 そうして、どちらかと言うと、僕の家の最寄り駅に近い駅で新郷禄先輩は電車を降りた。

 そのまま後ろをついていくと、新郷禄先輩は立ち並ぶアパートの前で立ち止まり、電話をかけた。


「着いたわ。……そう。じゃあ、入るわね」


 どうやら入室許可を取るための電話らしい。

 新郷禄先輩の後ろに引き続きついて、僕らはアパートの一室へと入っていった。



「ずいぶん、久しぶりに感じるな、香苗」

「ええ。一年ぶりになるかしら」


 中にいたのは、ハンサムだった。

 やたらとオシャレな眼鏡をかけている男で、顔を見ただけでも只者じゃないと分かる。

 少なくとも、新郷禄先輩の関係者なのだと。

 アパートは特筆するところもない、普通のアパートだったが、住んでいるこの眼鏡の人は、いったい何者なのだろうか。


「そちらの子たちは?」

「後輩よ。少し手伝ってもらっているの」

「手伝い?」


 男はフンと、鼻で笑う。


「どうせまたくだらない事に首を突っ込んでいるんだろ?」

「くだらない事じゃないわ。……二人とも。この男の名前は宮井山みやいやまとおる。私の従兄です」


 従兄?

 何かしらの強い関係性も感じていたが、まさか血がつながっているとは思いもしなかった。

 とりあえず、新郷禄先輩が、僕らに発言を促したので、それに応える。


「初めまして。俺は宝田健太郎って言います」

「私は田中々彼方です」


 だが、宮井山と言う男は、再び鼻で笑った。

 どうやら癖の様だが、少し不快である。


「よろしく、と一応言っておくよ。一応ね。で、ただ紹介しに来たわけじゃないんだろ? 何が聞きたい?」

「薬師谷悦子と最後に連絡を取ったのはいつ?」

「悦子? ああ、彼女は可哀そうだったね。酷い事件だったが僕は」

「はぐらかすのは無しよ」


 新郷禄先輩がぴしゃりと言うと、宮井山はまた鼻で笑った。


「別に内緒にはしないさ。良いだろう。最後に連絡を取り合ったのは、彼女が事件で犠牲になる前。4月だ。客を紹介してほしいと言うので、何人か紹介した」


 宮井山さんは、また鼻で笑った。


「香苗が知りたいのは何だ? 何を調べている?」

「草蒲市連続女子高生殺人事件の、真犯人」

「真犯人? お前の通っている学校の教師は犯人じゃないのか?」

「ええ。つじつまが合わないことがいくつもあるもの」


 新郷禄先輩はそう言うと、本題に入る。


「ところで、薬師谷悦子が、お金を集めていたのは知っている?」

「そのようだな。そのために紹介して欲しいと聞いたが」

「ずいぶん乱暴な男たちだったって聞いたけど? それはどうして?」

「そういう注文だったのさ。だから、わざわざガラの悪い連中に声をかけた」


 注文?

 薬師谷先輩の事を聞くと思っていた僕の前で、話がどんどんズレていく。

 正直、二人の会話についていけない。


「あの、いったい、何の話をして」

「健太郎。後で説明してあげる。今は黙ってて」


 新郷禄先輩が言った瞬間、宮井山は眼鏡のブリッジを指で持ち上げた。


「へぇ、その子は下の名前で呼んでいるのか? 新しい男を見つけたと言うわけだ」


 新郷禄先輩は舌打ちし、男に言う。


「宮井山。それ以上言うと、殺すわ」

「殺す? それは怖いね。だが分かって欲しい。昔みたいに僕を透と下の名前で呼んでくれても構わないのだけど、君は僕を名字で呼ぶ。そうなれば嫉妬もするさ」


 確かに、違和感があった。

 従兄なのに、名字で呼ぶのは少し違和感がある。


「なぁ、健太郎君。この香苗と言う女が下の名前で呼ぶ人間は、自分が気に入った人間である場合がほとんどだ。特に、男を下の名前で呼ぶ時は要注意だぜ?」

「ど、どう言うことですか?」


 宮井山はククッと笑う。


「特別なお気に入りと言うわけさ。ある意味、食べちゃいたいってくらいのな。それとも、君はもう、もらったのか?」

「黙りなさい!」


 新郷禄先輩がブチ切れていた。

 ここまで怒っている顔は見たことがない。


「これ以上、下劣なことを言うようなら、本当にお前を殺す」

「お前ならやりかねないが、それは困るな。その前に情報を渡しておくよ」


 宮井山が手帳を出し、白紙にペンで内容を書き込むと、新郷禄先輩に渡した。


「それと、良いことを教えてやる。このアパートの二つ下の階。203号室の江流田えるだと言う人間を訪ねてみろ。そいつはお前が探している大学生ではないが、一応、ここ最近で、薬師谷に紹介した男だ」

「そう。一応例は言っておくわ。ありがとう」


 宮井山は再びフンと鼻で笑った。


「またな、香苗」

「ええ。宮井山」


 僕らはアパートの部屋を出た。



 江流田と書かれた表札の家を訪ねると、中にいたのは小太りの男だった。

 冴えない容貌で、どことなく無範智恵理を思い出す。

 そう言えば、無範はどうしているだろうか。

 親友である笹山村さんが殺されて、荒れていないだろうか。

 かなり心配ではあるけれど、今はこの江流田と言う人間に話を聞かなければならない。


「初めまして。新郷禄香苗です。宮井山透の紹介で来ました。2、3聞きたいことがありまして」

「ぼ、僕に、聞きたいこと?」

「はい。中に入らせていただいてもよろしいですか?」


 江流田さんはいぶかし気に新郷禄先輩を見て、それから僕らを見た。


「ま、まぁ、良いけど。散らかってるよ?」


 僕らは江流田さんに招待されて、部屋に入った。

 散らかっているとは言ったが、そこまで散らかってはいない。

 むしろ、整頓されているように見える。


 ふと、棚にある写真立てに目が行った。


「あれ?」


 見覚えのある人が映っていた。


「笹山村さん?」


 笹山村るるだった。

 しかし、写真はずいぶん古い物の様で、年季が入っているように見える。

 細かい数字が刻まれていて、それを見る限り、1986年の写真らしい。


「き、君、ルルちゃんのこと、知っているの?」

「え? はい。友達でした」


 江流田さんは僕の言葉を聞くなり、涙を流した。

 いきなり泣かれるのは、びっくりする。


「あんな、あんないい子が何で、あんな目に」

「江流田さんは、その、笹村山さんとはどんな関係で?」

「それは、その。ホテルで」


 良く考えれば、分かる事だった。

 自然と怒りがわき、僕は江流田さんを睨みつける。

 だが、江流田さんはおどおどと泣き出した。


「こ、怖い顔しないでよ。僕は、結局、何も出来なかったんだ」

「何もしてない?」

「ぼ、僕、こういう見た目だから、女の子と縁がなくて、だから、宮井山君に紹介してもらったんだ。でも、ルルちゃんは、昔好きだった女の子とそっくりで。だから、僕、何も出来なかったんだ」


 江流田さんはそこまで言うと、涙をぽろぽろとこぼした。


「あんないい子が、どうして殺されなきゃいけないんだ。あの子は、天使だったのに」


 新郷禄先輩は、興味なさげな顔で江流田さんを見て、それから言った。


「美しいセンチメンタリズムですね。それはそうとして、薬師谷悦子と言う女と会ったでしょう? 彼女、お金を集めて何か欲しかったみたいなんだけど、どうしてお金を集めていたか知らない?」

「あ、ああ。あの怖い女の子か。それは、その。人を雇うお金を集めてるって言ってたよ」

「雇う?」


 何か事業でも始めようとしていたのだろうか。

 いや、そんなことはないとは思うのだけれど。


「僕は断ったから良くは知らないんだけど、その、人を襲うって言ってた」

「人を襲う?」

「うん。女の子って言ってたかな。どうしても気に入ら無い女の子がいて、その子を雇った人たちに襲わせるって。でも、僕、そんなことしたくなかったから」

「そう。ありがとう」


 新郷禄先輩はそう言うと、酷く複雑な顔をした。


「健太郎。大学生の方に当たって見ましょう。田中々さんも、行くわよ」


 僕らは立ち上がる。


「あの、江流田さん」

「え? 何」


 何か言おうとした。

 でも、何を言おうとしたのだろうか。

 そうだ、写真だ。


「写真の女の子。笹村山さんにそっくりな子って、その子ですよね?」

「う、うん。実はそうなんだ。最近、亡くなって」


 失敗した。

 だから、何も出来なかったと言うのは、どこか思うことがあったのだろう。


「すみません」

「良いんだ。優しい人だったけど、僕なんか眼中になかったと思うし」


 江流田さんは寂しそうに笑うと、「それじゃあね」と言った。



 残る場所は大学生の家である。

 宮井山さんがくれたメモには、何人かいたが、住所的に一番近い家を当たることになった。


「こんにちは」


 突然訪ねられるのは少し困るとは思うけれど、新郷禄先輩が愛想よくしていると、誰もが機嫌が良くなる。

 まぁ、それは良いのだけれど、訪ねた大学生があまりにもガラが悪そうだったので、僕は不安になった。


「誰っスか?」

「新郷禄香苗と言います。薬師谷悦子の知り合いと言えばわかるかしら。少し話を聞きたくて。お時間いただいてもよろしいですか?」

「ふーん。あー! 香苗ちゃんね。悦子さんから話は聞いてるよ。で、何の用? ま、入ってよ。汚いところだけどさ」

「お邪魔します」


 僕らは男の部屋に入る。

 だが、男の新郷禄先輩を見る目が、酷く気になった。

 傍目で見ても、先輩の胸や、腰を見ているのが分かるのだ。


「薬師谷悦子がお金を集めて、誰かを襲おうとしてたって聞いたのだけれど、それが誰か、教えてくれないかしら」

「あー、そういうこともあったなぁ。でも、お金出してくれる悦子さんは死んじゃったでしょ? なんか、殺人事件で」

「ええ。そのことについて、調べているの。誰かを襲おうとしてたって件、詳しく知りたいなって」


 男はニヤニヤと先輩の体を見ている。


「あの、先輩、なにか変じゃないですか?」


 小声でこっそりと囁いてみたが、何か男の気に食わないことをしてしまったらしい。


「おい、そこのガキ。お前何なんだよ。何コソコソ話してんだよ。調子乗ってんのか? あ?」

「い、いや。そんなつもりじゃ」

「マジぶっ殺すぞ、てめぇ。でも、まぁ、良いや。香苗ちゃん。ちょうど悦子さんに声かけてもらってた奴が近くにいるから、そいつらも呼んで話しますか?」

「……話、ね」


 新郷禄先輩が少し笑った。

 もちろん、楽しくて笑っているわけではない。


「何をするつもりなの?」

「あ、そう言うの、わかっちゃう?」


 男はにやりと笑って、言った。


「じゃあ、先に教えちゃうよ。悦子さんに頼まれた、襲って欲しい人ってのはね……香苗ちゃんだよん!」


 男が手を伸ばし、新郷禄先輩の腕をつかんだ。

 瞬間、新郷禄先輩が男の手の動きに合わせて身を引き、男を投げ飛ばす。

 男の勢いを殺さず、逆に投げ飛ばしたのだと分かるのに数秒。

 まさに、神業だった。

 気が付くと男は背中を打っていて、ぐぇと、潰れたカエルお様な声を漏らしている。


「そう言う事ね。やってくれたわね、悦子。二人とも、逃げるわよ!」

「は、はい!」


 だが。しかし。

 男の家にいたのは、先輩が投げ飛ばした男だけではなかった。

 入り口近くのトイレのドアが、ゆっくりと開く。


 そこには携帯電話を持った、やはりガラの悪そうな男が立っていた。

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