第21話 新郷禄香苗は復讐を誓う
正直、その日食べた昼食の味はほとんど覚えていない。
『私、宝田君のこと好きだよ』
きっと、この言葉は僕にしか聞こえていなかったし、ボクだけに向けられた言葉だ。
でも、笹山村さんは先ほどの言葉などまるで無かったかのように振る舞い、無範智恵理とお弁当を食べている。
これは、言葉通りに受け取って良いのだろうか。
「どうしました? 健太郎君。箸が止まってますよ?」
「あ、いや、ちょっと考え事してた」
田中々に返事をしながら、ポーッと笹山村さんを目で追ってしまう自分がいる。
ふと、廊下がまた騒がしくなっているのを感じた。
新郷禄先輩が顔を出したのだ。
「皆さん。こんにちは」
「こんにちは、先輩」
「宝田健太郎君。放課後で良いんだけど、少し、話さない?」
「僕ですか?」
チラリと笹山村さんを見るが、笹山村さんは僕の視線など知らんぷりして、お弁当を口に運んでいた。
「良いですけど、何の話ですか?」
「少し、相談事よ。出来れば、夢川田葵さんもお願いしたいのだけど」
「え、ええ。構いませんけど」
「私も同席して良いですか?」
言ったのは、田中々だった。
「ええ。良いわ。それじゃあ、放課後。多目的教室でね」
新郷禄さんはそう言って去り、僕らは弁当を食べるのに必死になった。
。
「それで、話って何ですか?」
放課後。多目的室には新郷禄先輩しかいなかった。
「協力して欲しくて」
「協力、ですか?」
僕と夢川田は緊張した面持ちで、新郷禄先輩の言葉を待った。
田中々は、いつも通り、感情の見えない眠たげな顔だ。
「もちろん。伊藤巻信子を殺した奴を探しているの。協力してくれるわね?」
新郷禄先輩がそう言った瞬間。僕はあの死体を思い出した。
四肢も、首も切断され、前後を逆にされていたいた伊藤巻の死体を。
同様に薬師谷先輩の腐乱死体を思い出したのか、夢川田がサッと顔を青ざめて、手に口を当ててえづいた。
「大丈夫かよ、夢川田」
「ご、ごめんなさい。ちょっと急だったから思い出しちゃって。大丈夫」
夢川田はそう言うと、涙目になった目を上に泳がせて、深呼吸をした。
吐くかと思ったが大丈夫そうだ。
夢川田が落ち着きつつあるので、僕は言った。
「あの、新郷禄先輩。もう止めませんか? 相手は人殺しです。あまりにも危険です」
先輩はクスリと笑う。
長い髪が揺れて、それは思わず胸がドクリと脈打つような美しさだったが、この笑いは普通とは違う。
それは笑うと言う行動ではあったが、全く違う感情が込められているのだと、僕は感じ取っていた。
きっと、ガオちゃんと一緒なのだ。
「馬鹿なことを言わないで。私はされたことは絶対に返す。仇を討つの。伊藤巻信子は私を慕ってくれていた可愛い子だった。決して、殺されて良い人間じゃない。絶対に探し出して、代償を払わせてやるわ」
落ち着いたらしい夢川田が発言する。
「代償を払わせるって、先輩が捕まえるってことですか? 危ないですよ。私たち、子供なんですよ? 叔父さんが言っていたんですが、この事件は完全に異常者の犯行だって」
「全て承知の上よ。夢川田葵さん。私があなたを呼んだのは、貴女から私に警察の情報を少し流して欲しくて」
「それは……」
「必ずお礼はする。お金でも、何でも。私にできる事なら、何だってするわ。お願い」
美しい顔でなんと断りにくいことを言うのか。
夢川田はボッと顔を赤くさせて黙った後、眼鏡を正して、言った。
「分かりました。でも、本当に危ない事はしないでください。出来るだけ、知ったことは教えますので」
「ありがとう。それじゃあ、宝田健太郎君。田中々彼方さん。あなた達には、目撃者として、伊藤巻信子の遺体を発見した時の情報を教えて」
僕と田中々は顔を見合わせたが、結局のところ、言うしかなかった。
あの禍々しい遺体の状況を言うことは躊躇われたが、それでも。
伊藤巻の姿をひとしきり伝えた後、あ、そうだと僕は言う。
「紙がありました。昔の犯行声明に使われるみたいに、新聞の文字を切り取って文章にしたみたいな奴が書いてあって」
「何が書いてあったかは覚えてる?」
「えっと、多分。確か、互いに思うことを一つとし、高ぶりの思いを抱かず、低い者と交われ。自分が知恵者だと思いあがってはならない。です」
よく覚えていたと自分で自分に感心する。
若干違うところがあるかもしれないけれど、それは許してほしい。
だが、夢川田が、ポケットから手帳を出して、何やら確認していた。
「少し違いますね。『互いに思うことをひとつにし、高ぶった思いを抱かず、かえって低い者たちと交わるがよい。自分が知者だと思いあがってはならない。』です」
細かいことを言うなと思ったが、同時に、警察もあの紙を把握していたのかと思う。
まぁ、当然だ。
遺体の近くにあった重要な証拠の一つなのだ。
「この文章が何のことなのか、心当たりは?」
「無いです」
「私も」
田中々が言い、夢川田もそう答えた。もちろん、僕も無かった。
だが、少し引っかかる物がある。
「思いあがってはならない、か」
僕はふと、思い出す。
「そう言えば、伊藤巻が神童とか呼ばれてたって聞きましたけど、先輩は知ってますか?」
新郷禄先輩は目を細めた後、言った。
「そうね。ずいぶん昔の話だわ。ピアノで、すごい演奏をする子がいたのを覚えてる。私も習ってはいたけれど、彼女ほど上手くは弾けなかった。その子が伊藤巻信子よ。確か、交通事故で左手を複雑骨折して、引退したんだと思うけど」
考える。
この文章が、伊藤巻が神童だと言われていた頃を揶揄しているのなら、犯人はその頃の関係者なのだろうか。
これを知っていたのは、笹山村さんと、新郷禄先輩だ。
他の人にも聞いてみれば、知っている人がいるかもしれない。
まぁ、まず歌玉は知っていると考えた方が良いだろう。
だが、歌玉はあの森で僕達と死体を発見してしまってから、学校に来なくなってしまっていた。
カラスに喰われている薬師谷先輩を間近に見てしまったからには当然と言える。
面識がなかったガオちゃんでさえ、復活に時間が必要だったのだ。
それに、伊藤巻のこともある。
彼女とは仲が良かったのだから、もし第二の殺人を知ったとなれば、受けたダメージも計り知れない。
ふと、言わなければならないことを思い出した。
「そう言えば、薬師谷さんの時も、同じような紙がありました」
「内容は?」
「確か、『欲がはらんで罪を生み、罪が熟して死を生み出す』です」
僕が言った後、夢川田が手帳を見て、言った。
「今度は合ってます」
だがしかし、だから何だと言うのだろう。
これらの文章に意味があるのか。
僕にはさっぱり分からない。
と、新郷禄先輩が独り言のようにつぶやく。
「何かの暗喩にも思えたのだけれど、文自体に意味はないのか。それとも何か出典元があるのか……」
「出典元?」
すぐさま夢川田が説明してくれる。
「誰かが使ったことのある言葉ってことよ。例えば、何かの小説の一文だったり、どこかの国の伝説の和訳だったり、歌のフレーズだったり……」
なるほど。
完全に異常者の犯行だと言うのは、正しいのかもしれない。
だとすると、やはり文事態に意味はないのか。
それよりも、僕は遺体の状態が気になった。
薬師谷先輩も伊藤巻も、四肢が切断されていた。首もだ。
言うなればバラバラ死体である。
「バラバラ死体」
「何?」
僕の呟きに夢川田が反応した。
怪訝な顔の彼女に、自分が思った事を言う。
「いや、死体がバラバラにされてたのはどうしてなんだろうって」
「それは……普通は持ち運びやすくするためだったりするけれど、芸術品みたいに飾り立てて楽しんでるってことも考えられるかも」
「げ、芸術品?」
クソったれ。
伊藤巻の死にざまを見て、怒りがわいてきた。
あんなのが芸術であってたまるか。
それからも細々とした話は出たが、どんな疑惑にも答えが出る事は無く、時間だけが過ぎていった。
もちろん、ここで僕たちが話しているだけでは、答えが出るはずもないのだけれど。
これ以上は意味がないと思ったのか、新郷禄先輩がフーッと息を吐き、僕に言った。
「今日はそろそろ終わりにしましょうか。ところで、携帯電話は持ってる?」
「え? はい。持ってますけど」
夢川田と田中々が首を振る。
どうやら持っているのは僕だけらしい。
「じゃあ、健太郎君。番号と、メールアドレスを交換しましょ? 必要になった時に、いつでも連絡が取れるように」
「え、ええ。構いませんけど」
「じゃあ、お願いね。私の番号は、
僕はそうして新郷禄先輩と番号を交換したが、交換が終わった後、新郷禄先輩はクスクスと嬉しそうに笑う。
先ほどとは違い、今度は本当に楽しくて笑っているようだった。
「先輩?」
「いえ、同世代の男子の電話番号なんて、初めて登録したから、なんだか嬉しくて。よろしくね、健太郎」
急に健太郎呼びになったけれど、気にしないことにした。
さて、帰ろうとみんなで立ち上がる。
殺人事件の犯人がまだ捕まっていないためか、部活動は全面的に禁止になっている。
用事のない生徒はすぐに帰るようにと言うお達しも出ていたが、構う事は無い。
僕らにとって、この時間は、酷く重要なものなのだ。
とは言え、教師に見つかれば、小言の一つでも言われそうなので、僕らはこっそりと学校を出る。
意外と時間が立っていたらしく、外はもう、赤い色と紫色のコントラストで夜になりかけていた。
「じゃあね、健太郎」
新郷禄先輩と夢川田は電車通学らしく、駅の方向へ一緒に帰っていった。
田中々と僕は自転車に乗り、いつものように帰る。
「田中々、じゃあ、帰ろうか」
「はい」
僕と田中々は、並んで自転車を走らせた。
通行の邪魔だとか言われても、今日は構わない。
少し、気が大きくなっているのかもしれないかもと思う。
「健太郎君」
信号待ちの時に、田中々は言った。
「何だよ、田中々」
田中々はいつになく、シリアスだった。
「私はあなたに死んで欲しくない。何があったとしても、私は全力をかけて、あなたを守ります。もし、自分の命と私の命を天秤にかけるようなことがあれば、迷わず、自分の命を優先してください」
「え? う、うん」
いきなり何を言うのだろうか。
「この意味、分かりますか?」
分からん。
一瞬、ゲームか何かのパロディのセリフかとも思ったが、そういう感じでもない。
「いや、ちょっと分からないけど。とりあえず、二人でピンチになったら、俺が何とかするよ」
田中々はため息をついた。
「良いです、もう。ただ、今日はずっと家にいてください。何かあったら困りますから」
信号が青に変わる。
いつになく心配性だなとも思ったが、それ以上の話は無いようだったので、僕も黙った。
僕らはそうして自転車を走らせ、途中で別れると家に帰宅した。
そして、夕食を取り、お風呂に入って、夜。
自宅の電話が鳴った。
家に電話をかけて来るなんて誰だろうと、不思議に思ったが、本当に誰だろう。
両親はまだ家に帰ってきていないようなので、僕が出るしかない。
僕は決意して家の電話を取る。
すると、電話口からは知らない男の声が聞こえて来た。
『もしもし。宝田さんのお宅で間違いありませんか?』
「そうですけど。どなたですか?」
『
ああ、と思う。
「警察官の叔父さん、ですよね。あの、何か用ですか?」
『君に少し聞きたいことがあって。どこかで話せる場を作りたいのだけど。もちろん、今日はもう遅いので他の日に。明日でも明後日でも。出来れば近い方が良いけれど、君の都合の良い日に』
「それは……」
任意同行と言う奴なのだろうか。
あの取り調べを思い出すと、正直心が重い。
しかし、僕が言いよどむと、夢川田の叔父は軽く笑いながら言うのだ。
『大丈夫。個人的な話だよ。本当なら、葵に頼んで会わせてもらおうとしたのだけれど、その前に、直接声を聞いてみたいと思ってね』
「は、はあ」
『それじゃあ、場所と時間は葵を通して伝えるよ。それじゃあ』
電話は切れる。
警察に良いイメージは無いのだけれど、夢川田の叔父さんなら会ってみても良いかなと思う。
直接声を聞いて見たかったって理由で電話をかけて来た意味は分からないし、若干怖くもあるのだけれど。
そして、声を聞いてみたいと言う電話の言葉で、急に笹山村さんの声を聞きたくなっている自分に気づく。
僕は携帯電話を取り出すと、しばらく、その機械チックな外見を眺めた。
考えてみれば、この携帯電話を使うのは、田中々が警察に電話した以来で、ほとんど活用できていない。
アドレス帳には、一度もかけたことが無いアドレスばかりが羅列してある。
両親を含め、笹山村さんと新郷禄先輩。
羅列と言ってもそれだけだったが、今はそんなことより、笹山村さんに電話をかけてみるかどうかだ。
でも、急にかけては迷惑ではないだろうか。
メールにした方が良いのだろうか。
しばらく悩んだ後、結局かけてみることにした。
声さえ聴いてしまえば、今の悩み何て些細なものになるだろう。
僕はアドレス帳を呼び出し、笹山村さんの番号を選んだあと、通話のボタンを押す。
ドキドキした。
しかし――
笹山村さんが電話に出る事は無かった。
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