08話.[気づけないから]

 零奈さんは黙ってしまったからいつもどおりを心がけた。

 とりあえずは物凄く腹が減っていたから飯を作って食べた。

 入浴は済ませてあったからチャリのことを親父に連絡もした。

 ……すぐに自転車を用意は無理だから徒歩登下校になるなこれ。

 それこそ5時ぐらいに出ればなんとか間に合うだろうか?

 乾から聞いた話だが、冬は路面が凍るらしくそもそも自転車で走るのは自殺行為らしい、車でもそうらしいから本当にそうなんだろう。

 しかも行きは下りだ、また落ちたら今度は助かるかもわからないと。


「裕大、最後に聞かせろ」

「はい?」


 固まっていたままだと思っていたのに後ろにいた。


「新しい自転車がくるまでどうやって通う?」

「歩くだけですよ、学生なんだから学校に行かないと」


 いまあの事件が起きていれば遠慮なく休んだけど今回はできない。

 いまはもうあのなにもなさを気に入っているから。

 単純な人間だとは思う、最初はクソ田舎がーとか言っていたのにな。


「送ってやるよ」

「いやいいです。零奈さんの真似をさせてもらいます、これもきっと楽しめると思うんですよ」


 ここである程度苦労しておけば社会人になってからすぐに挫けなくて済むようになるかもしれない、少なくとも車で登校なんて甘々な生活を送るよりかはマシだと思う。


「……そうか」

「はい、心配してくれてありがとうございます」


 次は死にかねないから徒歩登下校に慣れよう。

 今度は自転車がない分、ただ前に歩くだけでいいから問題ない。

 それでもいつもより早く起きなければならないから帰ってもらった。


「さみぃ……」


 とにかくいまは朝飯を食べてこれからに備える。

 夜の内に洗濯は干してあるから朝にやることは特にない。

 予定通り5時には外に出てひたすら歩いていく。

 懐中電灯を前に向けても頼りなかったし、明るくなると不安になる。

 だから何度も画面が割れた携帯を確認しつつの登校となった。


「まだここか……」


 自転車で大体45分なら、徒歩だったら3倍から3.5倍ぐらいだと考える方がいいかもしれない。

 つまり5時に出ても着くのは7時から7時40分ぐらいか。

 8時にSHRが始まるから仮に後者だった場合には焦るわけで。

 とりあえず今日の到着時間を見て、調節しようと歩きながら決めた。

 正直に言おう、楽しめるときなんて絶対にこない。

 秋ですらこの寒さと辛さだ、冬本番になったら軽く終わる。

 しかもこれで終わりじゃない、帰りだってあるんだから。

 ただまあ、帰りの方は時間を気にせずにいられるだけマシなぐらいか。


「いまから来年の春まで休みてぇ……」


 あと、クロスバイクかロードバイクが欲しい。

 元友達に乗せてもらって物凄く快適だったからだ。

 下りにはブレーキが効かなすぎて怖いが、上りにはあの車体の軽さが活きてくると思う――なんて、所有したこともない人間は思う。

 きっと普段から乗っている人間にしかわからないデメリットなんかもあるのだろうが徒歩登下校よりマシだ、なにより眠てえもん……。

 朝4時ぐらいに起きて5時に出て学校に着くのは7時から7時半過ぎってどういうことだよ、本当に親父はなにも考えてないな。

 いや、自分のことはよく考えているか、車に乗れる前提の距離だしな。

 ……人のせいにしてはならないとわかっていても言いたくなる。

 結局、そこそこ急いで歩いたのもあって7時15分ぐらいだった。

 けれどこれを毎日できる自信はない、やっぱり7時半ぐらいだと考えておくのが1番だろう。


「もう動きたくねえ……」


 校舎内もひんやりとしているから保温のためでもある。

 できることならこうして席に引っ付いていたい。

 それに今度考えなければならないのは放課後に同じことをするためにどれだけ体力を回復させられるかということだ。

 俺のあまり良くない頭ではなるべく動かないしか考えられなかった。




 徒歩での疲れより睡眠が足りないのが強く影響した。

 こんな生活をしている人間は現在進行系でいるかもしれないが所謂一般的な生活とは言えない、月から金の間4時に起きてというのは厳しい。

 最低でも16時までは拘束されてそこから更に2時間以上ってアホか、送ってくれる的なことを言ってくれたのに素直に甘えない俺がアホだ。


「行きたくねえ……」


 もういいや、真面目に通おうとするのがアホらしい。

 ちなみにあれから割とすぐに無理だから自転車を買ってくれと頼んだものの返事すらない、親父はとうとう自分のことしか考えられなくなったようなので期待をするだけ無駄だった。

 そもそも現在時刻が8時過ぎなんだから意味ないしな。


「そりゃ母ちゃんも色々疲れるわ」


 なにもかも任せっきりなのが目に浮かぶ。

 記念日とかだって仕事を優先して全然意識もしないで。

 せっかく付き合えたのに、結婚できたのに、蓋を開けてみればこれじゃあな、そういうところを理解していて結婚した母もあれかもしれないが。

 まあ元々体が弱かったらしいし、持病もあったらしいから親父が全ての原因とは言えないかもしれないというのが難しいところ。

 それでも頑張ってくれたから俺がいるわけで。


「その俺は気持ちが折れたわけだが」


 通勤通学に長時間をかけるのはアホ、合ってないってよく聞く。

 でも、聞いてすらもらえなかったんだよな。

 帰ってきたと思ったら急に「裕大、引っ越すぞ」とだけ。

 そうしたらいたのはこんなところで、自分のことしか頭にないわけで。

 そりゃ毎日帰ってこないのであればいいよな、静かである程度自由にしても怒られる場所じゃないんだから。

 邪魔なら地元に捨てていけば良かったのにな。

 愛していたのは仕事と母ちゃんだけで、子どもの俺は違うんだろう。

 その証拠に、ある程度できるようになるまで育ててくれたのは父の両親だからな、そこからはなんでも自分で頑張っていただけ。

 あれだけこちらにやらせているのなら金を出して当然だと思ってた、そういうところが可愛げがなかったのだろうか?


「だからバイトだって始めたのによ」


 自分で稼いで、その金でひとりで暮らせるよう頑張っていた。

 学費は頼るしかなかったが、そうして何年も重ねていけばいつかは返してなかったことにできるかもしれないと考えていたから。

 よく考えたら俺と親父の間にはなにもねえんだ。

 なるほど、そりゃ身内とすらこれなのに対他人との距離感を上手く保つことなんてできるわけがない、だからこそ勝手に友達認定事件が起きてしまったわけだ。


「どっか行くか」


 ただでっけえだけで寂しいだけのこの家にはいたくない。

 で、無駄に歩いて零奈さんが連れて行ってくれた飲食店に来ていた。

 このために金は持ってきてあるから問題ない。

 今度は1番高いやつを注文して、食べて飲んでの繰り返し。

 にしても馬鹿だよな、2時間半が有りえないとか言っていたのがその2倍ぐらいかけてここに来ているんだから。

 絶対に同じ時間で帰れるとは思わない、果たして何時になるのかね。

 それでも嫌でもあそこが俺の家だ、あそこに帰るしかない。

 おかしい話だよな、出てきたのが8時半でもう昼でさ、帰ったら絶対に真っ暗で、誰も待っていてくれていなくて。

 手の平の傷を見ていると思う、本当に馬鹿らしいことをしたって。

 あんな学校に行くために命を捨てかけたことに。

 けど、本当になんで生きているんだろうな俺は。

 これからも苦労しかないことは容易に想像できているのに律儀に学校に通って所謂一般的な人生を送ろうとしている。

 ま、現時点でそこから外れようとしているのはわかっているが、この状態になっても尚、自殺しようだなんて考える自分がいない。

 単純に勇気がないからとかそういうことだけではなかった、本当にこんなところで死んでたまるかとしか自分が考えてくれないのだ。

 こんなたかだか飲食店に行くだけで馬鹿みたいに時間を使う場所で、遊ぶ施設だってろくにもない、なんなら苦痛な毎日でしかないのに。

 しかもそのくせ変えようともしていないのだから意味がわからない、本当になんなんだろうな俺という人間は。

 わかっていることはある、プライドが高くて人を頼りたくない人間だ。

 後で返すのが面倒くさくなるとか、そのことでなにかをやらされたりするのが嫌で、なるべく弱音とかを吐きたくないというのが正直なところ。

 が、その俺が馬鹿みたいに寂しいとか吐いて、家に住めとかアホみたいに言って、断られてやる気をなくして、そこから自転車ぶっ壊れ事件に繋がって、登校することすら面倒くさくなっていまこんなとこにいる。

 こんなことをしたところでなにかが変わるわけじゃない、ただただ自分の負担が大きくなるだけなのに本当に馬鹿だな俺は。


「ふぅ……」


 いまは歩くのをやめたい。

 なのに歩くのをやめたら駄目だと考える自分がいる。

 誰もいてくれないとわかっていても、あの家に帰らなければならない。

 衝動で行動するから、終わってからしか気づけないから。

 だから俺らしいと言えるし、それに呆れている自分がいた。

 だって終わってからじゃないと後悔ができないとわかっているのに、一切学ばずに同様のことを繰り返しているからだ。

 だせえ、結局構ってほしいだけの面倒くさい男だったというだけ。

 面倒くさい彼女みたいな反応をしやがってと昴相手に考えたことがあるが、面倒くさいのは自分だったということになる。

 まあいい、クソなのはわかったから歩くことに集中しよう。


「お、やっとここか」


 自宅近くの大きな池があるところまで戻ってきた。

 こうなれば後は多少上るだけだから気分が楽だ。

 が、自宅まで残り100メートルぐらいのところで問題が。


「うわ……来てるな」


 1台しか止められない駐車場には零奈さんの車。

 しかも勝手に点けられている家の照明。

 今日は鍵をしていかなかったから入れるのはおかしくないが、だからって普通に入るか? 一応人の家だぞここ。

 帰ってくれることを願って暗闇に紛れたままでいた。

 でも、いつまで経っても帰ってくれるような気配がない。

 親父の家、好きだなあというのが感想。

 しゃあない、寒いし寝転びたいから家に行こう。


「ただいま」


 別にこちらを探していたとかそういうのではないみたいだ。

 畳の方は利用されていないからそちらに遠慮なく寝転、


「なにやっているんですか」


 こんな真っ暗な部屋で座っているなんて。

 いまじゃなければ驚いて天井に頭がめり込んでた。

 それだけの余裕がいまはなかっただけ、感謝してほしい。

 返事がないからリビングに行ってみたら昴は寝てるし……賊か?


「おい馬鹿、起きろ」

「ん……ん……? あっ、ど、どこに行っていたんですか!」

「散歩だ、どうせ休んだのなら自由にしたいだろ」


 よく考えたら自由がなさすぎた。

 平日を頑張って土日を迎えてもやることないって終わりだろ。

 本当にここら辺に生まれてきたやつはよくやっていると思う。


「せめて携帯を持っていてください!」

「うるさいうるさい、いいからとっとと帰れ」


 姉の方を説得するために畳部屋に戻ったら本気でぶん殴られた。

 1度だけではなく何度も、こちらの上に馬乗りになって遠慮なく。


「も、もういいですよ! やめてください!」


 弟が来たことによってやっと止まる。

 この殴りよりも自転車ごと落ちたときの方が痛かった。

 強制的に転ばされたようなものだが疲れすぎて立ち上がりたいとは思わずに寝っ転んでいた。

 その間になにも発することなく弟を連れて出ていったという流れ。


「はぁ……」


 まあ実際、馬鹿なことをしたから丁度良かったのかもな。

 区切りがついたのか馬鹿みたいに寝ることができた。




「いってぇ……」


 翌朝、冷やさなかった影響か痣になっていた。

 なんか自分の顔なのに痛々しいなと客観的に思った。

 腕で咄嗟に庇おうとしたのもあってこっちにもなっているし。


「行くか」


 こういうときに行こうとするのが俺という人間だ。

 それに手加減なんか微塵もされていない本気のものだったが、別にそこに殺意が含まれていたわけではないから反撃しなかった。

 ああでも、筋肉痛とかで正直やばい。

 今日の放課後は学校近くの公園で本気で寝ようと思う。

 片道切符、意地だけでいまはなんとかしているだけだ。

 ただ、仮に心配だったのだとしてもその人間を殴るって逆効果では?

 1度叩いてもうしないでくれとか叫ぶならともかく、クリーンヒットしてからも一切躊躇ない全力殴りなんてさ。

 もし昴の奴がいなかったらもっと続いていたのだろうか。

 着いて職員室に寄ったら怒られるかと思ったものの、せめて連絡してくれと言われるだけで終わって教室へ。


「お、おはよう」

「おう」


 やって来たのは乾。

 流石に今日もにこにことはできなかったみたいだ。


「そ、それ、大丈夫?」

「ああ、なにも問題はない」

「えと……誰にやられたの?」

「自転車で落ちたって言っただろ、その痣だよ」


 顔だってそれで切っていたんだからそこまで突飛な話でもない。


「痛そう……」

「痛くないから大丈夫だ」


 ふ、触れてくれるな乾よ、いまだってじんじん鈍く痛いんだから。

 だが、男には意地がある、痛いよおなんて言えるわけがない。


「相澤君っ」

「よう、昨日はありがとな」


 姉が他者をボコボコにすれば気になるか。

 よくわからないが殴られるだけの理由があったんじゃないだろうか。


「え、昨日って休んでたんじゃ……」

「ズル休みして散歩中に会っただけだ」

「ズル休みなんかしちゃだめだよ!」

「ははっ、しかも連絡もしてなかったしな」


 それがうるさかったから家から逃げたのもある。

 顔や腕は痛い、足は筋肉痛、そもそもその前の傷の痛み。

 これが色々なことに対する罰ということにしてほしい。

 これ以上は過剰だろう、別に頼んだわけでもないんだから。

 寧ろ家に来ないでくれって言っていたぐらいだ。

 ああして家に居座っている方がおかしいんだからさ。

 ……面倒くさいことに毎時間、昴の奴は来やがった。

 こっちが休む気全開でいても全く気にしてくれないという流れ。

 病院へ行こうとか馬鹿なことを言いだした奴が面倒くさすぎて放課後は出ないままでいた。


「相澤君っ」

「行かねえって、さっさと帰れ」


 こっちは動きたくないんだ。

 でも、ルールがある、だからせめて公園まで行かないとならない。


「ど、どこに行くんですか?」

「悪いが帰る余裕はないんでな」

「相澤君……」


 その前と昨日、翌朝と馬鹿みたいに歩きすぎて足の裏が特に痛え。

 その点、ここにいればすぐに学校に行けるからいいよなという話。

 つか汗をかいたまま風呂には入ってないから臭いだろうがな。


「だりぃ……」

「昨日、どこまで行っていたんですか?」

「向こうの街だ、朝の8時半から出た」

「……それであんな遅くに?」

「零奈さんの車があるとわかって2時間ぐらい時間をつぶしたんだよ」


 どうせ誰も来ないからと鍵を閉めなかったのが失敗だった。

 鍵が閉まっていれば零奈さんも帰るしかできなかったからだ。


「つかお前、なに人の家のソファで寝てんだ」

「も、もう、遅い時間でしたし……」

「だったら姉を説得して帰れよ、それともぶん殴られるところを見たかったのか? 物好きな奴だな」


 本当にあのときは痛くなかった。

 歩きすぎてハイになっていたのかもしれない。


「僕は――」

「はいはい、自業自得だよどうせ、いいから帰れよ」


 これだけははっきり言っておくが心配してくれなんて誰も頼んでない。

 鍵が開いていようと勝手に入って長時間待つとか意味がわからない。

 その後の自分を満足させるためだけの暴力も駄目だ。

 それでも今件は俺が悪かったで終わらせてやる。

 だからもうこの話を出さないでほしかった。


「昴、迎えが来たぞ」

「あ……」


 ここら辺に家があるのに送り迎えを頼んでるのだとしたら甘いなとしか言えなかった。

 正直に言えば羨ましい、姉が自分の意思で送ったり迎えに来てくれたりするのならそれほど楽なことはないだろう。


「それじゃあな、もう言ってくれるなよこのことは」


 現実的ではないからこちらもやっぱり帰るか。

 明日はきちんと連絡をしてから休もうと考えている。

 このボロボロの体で計5時間ぐらいの登下校は無理。


「待て」

「……意地が悪いですね、あなたも」

「昴、こいつを無理やり乗せろ」


 昴に負けるかよと余裕ぶっこいていたら数十秒後には車内にいた。


「病院、連れて行くからな」

「あ、それはやめてください、金も保険証も持っていませんし」

「……なら家でいいか?」

「あーまあ……病院に比べたらいいですね」


 こう考えよう、楽できて良かったと。

 そう考えておかないとやっていられなかった。




 帰ったらまずは風呂に直行した。

 もうそれだけで満足して、飯は食わずに寝ることに。


「布団を敷いてください、風邪を引いてしまいますよ」

「いいんだよ、どうせ明日は行かねえし」

「休みすぎですよ、そんなのでこの先耐えられるんですか」

「そうしたら辞めるわ、苦行なだけでいいことなにもねえし」


 事務的に書類とか書いて、口にして、終わるだけだろう。

 俺が辞めようがクラスメイトからしたら得しかない。

 それだけは本当によくわかる、相手じゃなくてもよくわかる。


「就職はどうするんですか、勢いだけで辞めると後悔しますよ」

「自由に無職して適当なところで死ねばいいだろ、元々長生きしたいなんてそんな願望はないからな」


 生きていて嬉しかったことなんてほとんどない。

 逆にマイナスな方は何度も体験したことがあるっておかしい。

 長く生きたいと考えている人はなにに惹かれているんだろうか。


「ここに来た時点で短命の人生って決まってんだよ」

「はぁ……そんなマイナスな思考をしていたらそうですよ」


 いい加減うんざりしてきたな。

 結局こんなのは心配している風を装っているだけでサンドバックとして利用しているに違いないんだ。

 いいように使われるのだけはごめんだった。


「もういい、だったらいまやるわ」


 家でやると迷惑をかけるから包丁を持って外に出る。

 本当に苦労ばかりの人生だった。

 ほぼひとりで、誰からも求められることのない人生。

 やっと人が来たかと思えば利用するためだけという寂しいやつ。

 ……でも、結局刺そうとしてできなかった。

 自分で終わらせることもできない人間とか雑魚すぎる。

 そのせいでまた殴られたし、するつもりもないのに包丁はどこかに蹴り飛ばされて。

 また吹っ飛ばされて黒く染まった空を見上げたまま、学校を辞めると親父にメッセージを送って携帯の電源を完全に消した。

 最後まで物に八つ当たりをするということができなかった。

 本当ならここで携帯をぶち壊して外との繋がりを絶っておきたいのに。


「昴、今日は泊まっていくぞ」

「わ、わかりました」


 なるほど、俺が馬鹿やらないか監視したいということか。

 どうせやる勇気なんかねえし、もうなにを言っても届かないからなにも言わずに家に戻る、鍵を閉めたりなんて抵抗もしなかった。

 畳の部屋に無様に寝転んで目を腕で覆う。

 ここまで弱い人間だとは思わなかったのだ。

 やるときはきっちりやれると考えていたのに結局これ。

 まあでも、ある意味人間としては死んだようなものだから良かっただろうか? 零奈さんだって殴れてストレスも少し減っただろうし。


「……なんであんなことを」


 来たのはまた昴の奴。

 今度は泣いて俺が折れるのを待とうという作戦らしい。


「誰にも必要とされないからだ、それ以外にないだろ」

「そ、そんなことありません!」

「いや、親父からだ――」

「ただいまー!」


 呑気な野郎が帰ってきやがった。

 俺は余計なことを言わずに昴を優しく追い出して襖を閉める。

 親父とだって話したくねえ、無駄なプライドだと言われても別にどうでもよかった。

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