09話.[住んでくれれば]
親父は遠慮なく襖を開けてきた。
「学校、辞めたいのか?」
「ああそうだよ」
「よし、ならそのための手続きをしてくるか」
「ちょっ、そんなあっさりいいんですか!?」
「しょうがないだろ、本人が望んでいるんだからな」
そう、親父とは無駄に頑張れなんて言わない。
やりたくなければやらなくていいと真っ直ぐに言う人間だ。
「幸い、金だけはたくさん働いて稼いでる、息子が無職になろうとずっと世話をしてやれる余裕があるからな」
「でも、ここじゃ……」
「それなんだけどな、また地元に引っ越すかもしれないんだ」
これだよ、なんにも考えてない証拠だ。
「だったらこんなクソみたいなところに引っ越したりすんなよ!」
「それはしょうがない、仕事があったんだからな」
「それならせめて街で良かっただろうが!」
「ここが大きくて良かったんだよ、休日に静かに休めるからな」
ちっ……もうどうでもいい。
あっちに戻れるのならそれほどいいことはないからな。
だが、言ってやらなきゃ気が済まなかったんだ。
親の都合で振り回しておきながら放置しやがって、と。
「……それって決定事項ですか?」
「わからない、けど可能性は0ではないかな」
「僕は嫌ですよっ、こんな形で別れることになるの! 大体、あなたは少しも彼のことを考えてあげられてないじゃないですか! こんな不便なところを選んで、全く家にも帰ってこない、それどころか返事すらしないで放置しているじゃないですか!」
「それは悪いと考えている。けど、俺が働いているからこそ学校にも通えているし雨風凌げる家にも住めるんじゃないのか?」
前の家にいたら少なくともひとり暮らしをしていた。
食費とかや電気代ぐらいは全部払うつもりだったんだ。
でも、それもこのクソ親父が可能性を絶った。
「というか、その顔の痣や傷はどうしたんだ?」
「関係ねえだろ、あんたにとって俺なんてどうでもいいんだからな」
「おーう……なんか知らない間に嫌われてんな俺」
「母ちゃんがいてくれていた方が良かった! お前みたいな自分以外はどうでもいい人間の代わりにな!」
この家を当たり前のように使っていた自分にも腹が立った。
意味もなく家を飛び出て、意味もない歩きを重ねて。
自死はできないから今度は限界まで歩くつもりでいた。
金さえ置いておけば後は勝手にやるだろうという考えは地元だったら正しかったが、ここでは通用しない。
「おい、どこに行くんだ」
「消えろ」
「わかったわかった、こんなところを自分の感情を優先して選んで悪かったよ、確かに裕大の言うようにお前のことをなにも考えてやれていなかったかもしれない、引っ越すときも急だったもんな」
聞きたくねえいまさらこんなこと。
どうせ今後も自分の事情で振り回すんだろう。
……仮に生駒姉弟や乾と仲良くできていてもこいつのせいで離れることになっていただろうから逆に良かったのだろうか?
「地元に戻りたいのか?」
「こんななにもねえ場所よりはいい」
「そうか……」
一緒にいても相手を不快にさせるだけで終わるならこの方がいい。
「でも、あの男子君もその姉ちゃんも行ってほしくないって――」
「いまさら親みたいなふりをしているんじゃねえよ!」
「それを言われると痛いがな」
こいつに比べたら生駒姉弟はただただ優しくていい人たちだった。
どっちも年上なのにいつも来てくれて、あんまり言えてなかったけど礼をちゃんと言いたくなるぐらい。
「わかった、それなら今度はお前の選択で動こう」
「は?」
「お前が地元に戻りたいと願うならそうしよう。けど、ここに残りたい、あのふたりといたいということなら現状維持だ。行きたくないなら学校は辞めてもいい、暇つぶしの道具だって明日にでも買いに行ってもいい、金はあるからな、後はお前次第だがどうする?」
「……せめて引っ越せねえのかよ?」
高校に行きやすければ田舎でも我慢する。
駄菓子屋とかあるし、……ふたりのことを考えなければ一緒にまた前みたいに飯を食ったりだってしたいんだ。
「あ、学校に方にって? 家が空いているならお前だけひとり暮らしをさせても構わないぞ?」
「……だったら最初からそうしろよ」
どうせ昔からそうだったんだから。
寧ろあれだけ大きいと負担しかなかったぐらいだぞ。
「それか街の方に暮らすか?」
「いや……高校近くがいい」
「よし、じゃあそういうことにしよう。あ、そうだ、休日はこっちに帰ってきたらどうだ? できればそうして掃除とか換気とかしていてくれるとありがたいんだが……」
「俺が1番そうだが自分勝手かよ……ま、親父がいいなら」
とはいえ、すぐにひとり暮らしができるというわけでもないだろう。
だからそれまで待つ必要があると考えていたらどういう裏技を使ったのか翌々月から住めるようになった。
「へえ、いい部屋だな」
「そうですよね、俺もそう思います」
どう見たって短時間で住めるような場所じゃない。
あと、なんでこの人は当たり前のように来ているんだろうか。
「ゆ、裕大」
「な、なんですか?」
「……この前からずっと悪かった!」
「あ、頭を上げてくださいっ、俺だって意地張ってたし、殴らせてしまってすみませんでした」
結局あそこで死んでいたら馬鹿が散っていただけだ。
あの親父になにも言えずに散ろうとするなんて馬鹿としか言えない。
そういうのもあっていまはすっきりしている。
しかも高校がクソ近くなったからな。
「悪い……私にできることならなんでもするから許してくれ」
「なんでもと言われましても……あ、じゃあここに一緒に住むとか?」
「は、はあ!? わ、私がここにっ?」
「冗談ですよ、しかも仮にそうでもその場合は昴も誘いますから」
その場合は親父に大家に連絡してもらう。
「……いいぞ、それでも」
「冗談ですって」
「殴っておいて言うのもなんだけど……裕大といたいんだ」
「え」
え、いつの間にかなにかが進行していたみたいだ。
「ゆ、裕大さえ良ければ……私だけでもいいぞ」
「え……それなら向こうに住んでくれれば……」
……過ぎたことをもう言うのはやめよう。
このことは昴も含めて話し合わなければならなさそうだった。
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