06話.[いいのかどうか]

「もう朝か……」


 体を起こしてとりあえず洗面所へ。

 顔を洗い、歯も磨いたら洗濯を干し始める。

 生駒姉弟がいようと関係ない、甘えてはならないからこの時間に準備をしないと間に合わないのだ。

 それでも夜にある程度やっておけばそこまでせかせかしなくて済むのは大きい、だから5時半ぐらいには終えることができた。


「朝飯を作って置いておくか」


 スペアキーも置いてさっさと食って準備を終えて家を出た。

 これも同じで楽をしてはならない。

 他人に当たり前のように甘えてはならないのだ。

 昨日のはあれだ、昴が言うように夜道を運転させるには危ないから。

 決して寂しさを紛らわせるためだけに呼んだわけじゃないぞ。


「さみぃな……」


 下っていると速度も上がって余計に冷える。

 上の方はそもそもが気温が低いらしく冬になったらどうにかなりそう。

 にしても、誰かといるって楽しいな。

 なにができているというわけではないのに本当にそう。

 誰かが家にいてくれるだけであそこまで違うのかと驚いたぐらいだ。


「着いた」


 最近は効率化できているのか7時前に着くようになっていた。

 帰りはともかく、朝はそこまで急ぐ必要もないのか?

 けど、ゆっくりして後でせかせかするぐらいなら早い方がいいか。


「おはよ~」

「はよ、早いな」

「うん、いつもこれぐらいに来るようにしているよ」


 どうやら乾は朝の静かな感じが好きなようだ。

 自分は落ち着いてそんなことを考える余裕が朝にはないので納得はできなかった、できれば1日を35時間ぐらいにしてほしいぐらい。

 ただそうなると暇な時間がたくさんできるから困るというジレンマ、そもそもそんなことには絶対にならないんだから考えても意味はないが。


「相澤君! なんで起こしてくれないんですか!」

「いや、そこまで付き合わせるのは悪いと思ってな」


 やはりやかましい昴がやって来た。

 こういう点でも零奈さんがいてくれた方がいいのだ。

 ……自分は案外年上好きなのかもしれない。


「……それでも起こしてくださいよ、急にいなくなっていたせいで姉と一緒に探し回ったんですから」

「そりゃ悪い、それより朝飯は食ってくれたか?」

「それははい、食べさせてもらいましたけど……」


 ならいい、あまり量は食べられないから残されていても困るしな。

 つか、机の上に飯と書き置きを残していたのになに心配してんだ。


「生駒先輩おはようございます!」

「はい、おはようございます」

「うーん、生駒先輩は堅いですねー」

「僕は基本的にこんな感じですよ」


 結局、住んでくれとは言えなかった。

 泊まりはともかく、住めは絶対に断られると思ったから。

 そうわかっているのに欲張ろうとしてダメージを追うことが容易に想像できてしまったからしょうがない。


「それより先程相澤くんが言ったことはどういうことですか?」

「昨日、泊まらせてもらったんです」

「え、相澤くんのお家って遠いんじゃ?」

「はい、なので姉に送ってもらっていますね」

「私も行ってみたいです!」

「ふふ、わかりました、姉に頼んでみますね」


 よし! なんかよくわからないが今日も寂しくならなくて済みそうだ。

 これで同級生である乾とも仲良くできるかもしれない。

 いくら昴がいてくれても年上だと常に一緒にいられるわけではないから貴重だろう、他クラスとはいっても同級生なのは大きい。

 乾はそろそろ友達が来るからとかで戻っていった。


「良かったですね、これで寂しくないですし」

「ま、お前と零奈さんさえ来てくれれば十分なんだけどな」

「そうなると姉のことを考えて毎回泊まらせてもらう――」

「もう住めよ」


 相手の気持ちなんかなにも考えずに発言しているのはわかっている。

 けれど、帰られると寂しいからしゃあない。

 家にいたら休まるはずなのに不安ばかり感じて快眠できないから誰かがいてくれなければ駄目なのだ。

 親父にだってちゃんと言って許可を貰う。

 だから頼むからと必死に頼んでみた。


「……両親や姉に聞いてみなければなにも言えません」

「ああ、少し考えてみてくれ」


 ほぼ毎日来てくれているんだ、こちらを嫌いということもないだろう。

 先程も考えたが、住んでくれるならなんでもする。

 常に寂しさを感じずに済むという特大なメリットがあるから、こちらがそれぐらいのことをするのは当然だから。


「相澤君は寂しがり屋でしたよね」

「ああ」

「僕らがいれば寂しくならなくて済みますか?」

「ああ、お前はともかく零奈さんがいればな」


 酒を飲むでもなんでもしてくれていい。

 そうしたらこちらも炭酸飲料を飲んで付き合おう。


「……なら姉にだけ頼めばいいんじゃないですか?」

「異性に単身で家に住めなんて言えるわけないだろ、だからお前もだ」

「でも、姉が異性でなければ僕なんて必要ないですよね?」

「はぁ……必要なかったら言わねえだろお前に」


 だったら直接、零奈さんに言っているわ。

 時間がかかっても必ず、拒否されたら諦めるつもりだったが。


「俺は別に零奈さんに近づくためにお前といるわけじゃない」

「……違うんですか?」

「違う、だったら家に来てくれてありがとうとか言わないだろ」


 最近はそれこそこいつが驚くぐらい素直になれている気がする。

 自分勝手なのは地元のときから同じだが、昔なら寂しくても誰かに住んでほしいなんて意地でも口にしていなかったと思うから。


「それは姉が来てくれるからじゃないんですか?」

「いやまあ、零奈さんがいてくれるのは嬉しいぞ? あの人はお前と違って冷静に対応してくれるしなにより美人だ。だけどお前は……鞄を探してくれたりとか本気で心配してくれたりとかしただろ? あのときは意地を張っていたけど感謝してんだぜ」


 朝からなにを言わせやがるんだこいつは。

 しかも面倒くさい彼女みたいな拗ね方をしやがって。


「お前もいてくれたらいいと考えている」

「……お前じゃないです」

「はいはい、昴先輩もいてくれたらいいですね!」


 最悪住むのは無理でも毎日……いやでもガソリン代がな。

 流石にそこまでは金を出してやることもできないしな。

 俺がバイトをしているならともかくとして、世話になっている身だ。


「姉や両親に連絡してみますね」

「ああ、頼んだ」


 だいぶ慣れたので楽しい学校生活というやつを送らせてもらおう。

 できれば乾と仲良くできればいいなとも考えていた。




「お疲れ」

「はい……」


 ひとりだけ頑張って帰る必要がある。

 そうなれば必然的に自分がそうなるのが常のことだ。

 昴の奴、案の定車に頼るようになりやりがって。


「あ、ふたりなら先に入っているぞ」

「いいですよ、冷えますからね」


 そういうためのスペアキーだからしゃあない。

 親父にだってこのことは許可を貰っているから勝手じゃない。


「それとだけどな裕大、住むのは流石に無理だ」

「そうですか、ま、しょうがないですよ」


 先に入らせて、俺も自転車を置いてから続いた。

 今日は乾もいるからか、結構うる――賑やかな気がする。

 でもそうか、無理か、まあ普通はそうするか。

 勘違いしそうになるが、仲良くないからとかもあるんだろう。

 友達だと思っているのはこっちだけだった、というのはこっちに来てからわかっていたはずなのに距離感を間違えてまた同じミスを重ねて。

 とりあえずそんなのは後で悩めばいいから飯を作ってしまう。

 飯を作ったら食べてもらっている間に入浴を済ませて今日は畳の部屋に直行した。

 今日は乾もいる以上、帰らないなんてことができないからな。


「あっちにいると寂しくなるし……しゃあない」


 二部屋がくっついていて広いこの部屋だが、真ん中は実は襖があって分断することができる。

 だからそれをして、電気を消して、早くから拗ねて寝ようとしている自分がいた。


「相澤くん……?」

「どうした?」


 襖を開けたら「あ、そっちにいたんだ」と彼女は呟きこちらへと移動してきた、家主は自分だから急にいなくなって気になったのだろうか?


「ご飯、食べないの?」

「ああ、いつも飯を作ったら先に風呂に入るんだ」

「でも……」

「ま、明日の朝にでも食べるから心配しないでくれ。それより帰るときは気をつけろよ、いくら車って言っても細道や舗装されていない道路も多いからな」


 そこは零奈さん次第だから気をつけるもくそもないかもしれないが。

 乾はここに居座ろうとすることなく戻っていってくれた。

 あまり時間が経過しない内に出ていく音と、窓前を歩く音が聞こえてきたがそれで良かった、変にいてくれたりするとまた距離感を見誤って住んでくれとか言いかねないからな。

 誰もいないことを確認してから飯を食べて、洗い物や風呂掃除を終えてしまうことにした。


「ふぅ、寝るか」


 それで朝まで寝て、今日は少し遅くに家を出てみた。

 気分も相まってのんびりしていたから7時半になってしまったことは悪いことだと思う。

 だが遅刻はしなかったから特に引きずることなく教室に向かって、教室に着いたら適当に席に座って1日を過ごしていく。

 今日は金を持ってきているから帰りに昴から教えてもらったスーパーらしくないスーパーに寄って帰ることにしよう。

 いつも昼飯は抜いているからそこまで食費もかからないかと思いきや、ああして振る舞うことも増えたからあまり変わらないというか、逆に出費が増えているというかそんな感じだった。

 生駒姉弟が来てくれてそのときは楽しい。

 あの家でひとりじゃないんだって思えるから。

 ただ、あの姉弟が帰ってしまって余計に寂しくなるということなら、最初から来てもらわない方がいい気がする、前も考えたがガソリン代とかを払うこともできないからな。


「おはようございます」


 あ、教室に昴の奴がやって来た。

 相変わらず男女から興味を持たれている奴だな、あいつは。


「おはようございます」

「おう」


 うーん、けど言いづらいなこれ。

 元々姉弟の方に行く気がなかった場合には痛い奴になる。


「昴、もう家に来なくていいぞ」


 でも、結局口にした。

 いい意味でも悪い意味でも、素直にならなければ駄目なのだ。


「大丈夫なんですか? それならいいですけど」

「おう、大丈夫だ」


 もう3ヶ月目に突入しようとしているわけだし問題はない。

 どちらにしても俺ばかりが得することだからな。


「ありがとな、なんとかやっていけそうだ」

「僕はなにもしていませんよ」


 特になにもない学校を終え、帰りはスーパーに寄って。


「はぁ、はぁ」


 とにかく後は家までの道をひた走る。

 最近は自転車から降りなくても上りきれるようになってきた。

 これまで自転車登下校なんてしていなかったから足りなかった筋肉が毎日繰り返すことでついたんだろう。

 流石に行きと同じようなタイムを繰り出せるわけではないものの、それでも1時間とちょっとあれば家に着けるようになったのは大きい。


「ただいま」


 暗闇にもだいぶ慣れたし怖いなんてこともない。

 食材を冷蔵庫にしまって飯を作って、作り終えたら入浴。


「お、まだ18時半ぐらいか」


 飯もゆっくり食えるし、なにより誰もいないから風呂掃除とかも早くに終えることができる。

 待て、夜の内に洗って干してしまえば楽になるのでは?

 そうすれば5時半ぐらいまで寝ても問題はない気がする。

 なんでこのことにさっさと気づけなかったのだろうか。

 とにかく、なんでも考え方ひとつで変わることに気づけたのは大きいのではないだろうか。

 工夫ひとつで容易に変わる生活が楽しいと思えていた。




「相澤くん元気ー?」

「ん? おう、元気だぞ」


 昴がいなくても乾はよく来てくれている。

 協力してやれないのは少し気になるところだが、それでも感謝していることには変わらないから来てくれる度に礼を言っていた。

 楽しめる施設とかがないからここでは他者との交流で楽しむしかないからな、それに友達じゃない可能性があるとしても話せる人間がいるというだけで気楽になるからいい。


「そういえばお家、凄く遠かったね」

「はは、だろ?」

「大袈裟に言っているだけかと思ってた、疑ってごめんね?」

「それはしょうがない、別に謝らなくていい」


 今度親父が帰ってきたら街に連れて行ってもらってゲームでも買うか。

 幸い、通帳内には10万円近くあるから問題もないし。

 なにより、せっかくテレビがあるんだから有効活用したい。

 あまり効率的にしすぎても時間が余って暇なことに気づいたから。


「零奈さんと仲がいいの?」

「どうだろうな、話し相手にはなってくれるけど……」


 俺の場合、虚しい前例があるから駄目だ。

 多分、距離感を見誤り過ぎて良くなかったのかもしれない。

 だから仲がいいと思っていたあいつらにとって、俺が本当に遠くへ行ってくれることはホッとしたんじゃないだろうか。

 ここは良くも悪くも現実を突きつけられる場所だった。


「なんか余裕があっていいよね」

「そうだな。でも、別に真似しようとしなくていいんじゃないか?」

「ちょいちょい、なんか私には余裕がないみたいな言い方ですね?」

「人それぞれだからな」

「おーい! なんでそんな生暖かい目で見てくるの!」


 やはりこういう明るさ全開の人間が側にいてくれると安心する。

 基本的に淡々としている零奈さんや、意外と子どもっぽく感情を顕にする昴、大して仲良くもない俺相手であってもにこにこと接してくれる乾。

 この3人がいなかったら本格的に学校には行かずに引きこもって、若くして孤独死ルート一直線だっただろうな。


「あ、生駒先輩だっ」

「行ってこい」

「うんっ、行ってきます!」


 心配になるとすれば乾に友達がいるのかどうかだ。

 毎時間こちらの教室にやって来るから少し不安になる。

 いや、結局クラスメイトと仲良くできていないお前が言うなって話だがな。

 それでも、にこにこと接してくれる存在だから気になるのだ。


「生駒先輩はどうして毎時間来るんですか?」

「それはみなさんがいるからですよ」


 うわ、あんなこと言う人間初めて見た。

 そういえばこいつも気になるんだよな、教室に友達がいないのか?

 ま、こちらは自分だけでなんとかしそうだったから気にしないでおく。

 それこそお前が言うなって話だからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る