05話.[普通に酷かった]
「ねえ、相澤くん」
な、何故か初めて代弁者以外の人間、しかも女子に話しかけられた。
「ど、どし……ど、どうした?」
「あははっ、落ち着いてよっ」
「お、おう……」
だけどこの女子は同じクラスじゃないとわかった。
髪色が生駒姉みたいに派手だからだ、こんな人間はいなかったから。
「相澤くんは2年の生駒先輩とどういう関係なの?」
「夏休みに出会ってからなにかと一緒にいるんだよな」
「あれ? 相澤くんは転校生だよね? 夏休みに学校に来たの?」
「おう、遠いから自転車で試走をしてみたんだ、そうしたら校門のところにあいつがいてな」
この女子はあいつのことが気になっているのかもしれない。
誰にでも優しくして惚れさせてそうだからなあいつ。
野郎の俺にだってあそこまで真剣になれる奴だ、対女子となればもっともっと頑張れることだろうから。
「気になるのか? 生駒のことが」
「え、いや、そんなことはないよ。ただ、生駒先輩が特定の誰かとよく一緒にいるのはあんまりないからさ」
「迷惑をかけたからな、心配性なんだろ」
それは騒ぎにならないようにだろう。
ここの連中は噂話とか好きそうだしな。
「あ、私は乾
「俺は相澤裕大、よろしく」
「隣のクラスだからいつでも来てね~」
え……クラスメイトとさえこれなのに無理だろ他クラスとか。
「少し嫉妬してます」
「は? なんで?」
「やっぱり僕のときだけ対応が雑じゃないですか」
「同性だからこそってのもあるだろ」
こいつに気を使う必要なんてないから楽でいい。
少し考え方をプラスの方に変えただけで物凄く楽になった。
大体、後から騙すためにこんな面倒くさいことはしないわ。
あんな山の方まで来てな、荷物とか勝手に探してしまうお人好しだし。
「少しは敬語を使ってみたらどうですか」
「そんなことありませんよー」
「むかっ、やっぱり根本的なところで舐めていますよね!?」
結局こいつはすぐに怒ってしまうと。
しかも周りに人間がいようがお構いなしだから質が悪い。
あ、だからこそ学校ではあまり他人といないようにしているのか?
盛り上がってくるとすぐにこうなってしまうから。
「はい、すぐに駄目なところが出るなお前は」
「生駒昴です! お前ではありません!」
こういうのって女子が言う感じがするんだが。
残念ながら目の前にいるのは普通の男、女子にはよくモテそうな感じ。
「昴先輩、本当にすみませんでした」
「うっ……ま、まあ、わかってくれればいいんですよ」
「ふっ、ちょろいなお前は」
「あ、こらあ!」
なるほど、視線が集まる意味がよくわかった。
つまり俺を利用してこいつと近づきたいんだな。
男子もいるのはこいつに女子モテ効果があるから。
なんだよ、可愛いところがあるんじゃねえかクラスメイトたちよ。
「「「生駒先輩!」」」
「お、落ち着いて、僕ならここにいるから」
「「「はい!」」」
このことは絶対に姉に言おう。
そうしてふたりで笑って反省させる。
縁がない人間の前でモテてんじゃねえよおい。
「おぉ、生駒先輩モテモテだねぇ」
「あれ、戻ったんじゃなかったのか?」
「ううん、監視していたら気になったから」
田舎に住んでいる人間は監視も得意って地元の奴に聞いたし怖え……。
なにかをやらかしたらなんでもかんでも広められるんだろうな。
俺はまだ家が向こうで良かっただろうか、家が近くなら家の塀に落書きとかされそうで恐ろしいな、もちろん偏見もあるだろうが。
「わ、私も行きたい、行って生駒先輩を持ち上げたい」
「い、行ってくればいいんじゃないのか?」
「行ってくるー!」
流石に持ち上げられはしないだろと考えていたら簡単に実行していた。
他の女子もそれに乗っかってひとりひとり生駒の奴を持ち上げる。
困惑しているのは明らかだったが拒むようなこともしていなかった。
……暴れたら自分が危ないとわかったんだろうな。
「相澤くん、ちょいちょいちょい」
近づいたら女子があからさまに距離を取った。
あーあ、これには流石に傷つくぞ俺も。
「生駒先輩を持ち上げてみて」
「おう、ほら」
「やっぱり安定感が違うね!」
別に小さいというわけでもないのにこいつ凄く軽い。
「高い高い」
「あの……僕は高校2年生なんですけど」
すぐ年上としてマウントを取ってくるから駄目だなこれは。
「よし、このまま持ち上げておくか」
「あ、安定していても怖いんですが!」
素直に下ろしてくれと言えばいいものを。
冗談抜きで涙目になってきたからすぐにやめたが。
「最低です……」
「いいですねその顔!」
撮影をして姉に送っておく。
送るついでにちゃんと名前も聞いておくことにした。
「へえ、
「……なに勝手に写真を撮って送っているんですか!」
「いいだろ、姉ちゃんだって気になるだろ」
頼まれているからこれはしょうがない。
学校を休んでいたときに監視役として姉がいたように、今度は俺が学校での昴の様子というものを教えろと言われているのだ。
「ふざけないでくださいっ、必ず責任を取ってもらいますからね!」
「はいはい、責任取ります取ります、なので帰ってください」
「言質は取りましたからね!」
それとこれとは話が別だから色々情報を共有させてもらう。
しかも昴の奴が酷いことをしてくるようには感じないからな。
「残ってください」
「え、早く帰らないと真っ暗に……」
なるほど、こういう嫌な形を仕掛けてくるようになったか。
「責任、取ってくれるんですよね?」
「……残らせるということはなにかやらせたいことがあるのか?」
「ありませんが」
ねえのかよ……。
俺はそのために残ることになって真っ暗の中帰ることになると。
正直に言って向こうへ帰るのめちゃくちゃ怖いんだぞ。
「あのなあ昴、あっちに帰るの怖いんだぞ?」
「後で姉が来てくれますから」
「17時までというルールは?」
「あるので学校近くの公園で話をしましょう」
律儀な奴、そんなの破っちまえばいいのに。
でもまあ、せっかくお互いに敵対視しないで共存できるようになったんだから余計な問題は起こしたくない、なので素直に従っておこう。
「零奈さんが来てくれても意味ないけどな、自転車があるし」
「それなら家に向かいながら話しましょうか」
「徒歩だと下手すりゃ2時間ぐらいかかるぞ?」
「大丈夫です」
1度は体験させておくべきだと零奈さんとも話したしいいか。
「つかさ、なんで俺にだけ罰なんだ? 女子にもやられていただろ?」
「あなたからは悪意を感じたからです」
実際その通りだから言い訳はできないと。
だけどなんかむかついたから鞄を引ったくってかごに入れといた。
「ふぅ、いつもこれを?」
「ああ、お前に意地悪されたときは自転車を半分持ち上げながらな」
「……でも、本当に放置すると勝手に片付けられてしまうので、そうなったら相澤君は困りますよね?」
心配している風な言い方をしやがって……。
こういう言い方が1番汚い、わかっていても悪く言えなくなる。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫か?」
「すみません……いつもこんなには歩かないもので」
「はぁ、しゃあないからおぶってやるよ、ほら」
「……あ、ありがとうございます」
軽い男だこいつは。
それこそ本当にこっちに住んで体力をつける必要があるのでは?
「つか、ここまでしてこっちに来る必要あるのか?」
こちらとしては暗闇をひとりで歩かなくて済んでいいが。
だが、もうこれでこちらに徒歩で来ようとは思わないだろうな。
「まあ……年下の子がどれぐらい大変な思いを味わっているのか把握しておかなければなりませんでしたからね」
「じゃあもう作戦失敗だな」
「いいんですよ、大変なことはよくわかりました」
それなら姉が苦労していることを知って来なくなるかもしれない。
……来てくれないとまた親父が仕事生活に戻ってしまったから寂しいんだよなあ、何気に生駒姉弟は夜でも来てくれるから誰かと飯も食えてよかったんだが……。
「す、すごいですね、自転車を押しながら、僕を背負いながらって」
「誰かがいてくれればこれぐらいの疲れぐらいなんてことはねえよ」
まだ本格的なところが残っている。
それでも昴がいてくれればあっという間というものだ。
「着いた」
「お疲れ様です」
やっと玄関前までやって来られた。
一応負担はあったのかもう19時ぐらいだった。
「遅えよお前ら」
「あ、こんばんは」
「おう、お邪魔させてもらうぞ」
どうせなら弟だけでも連れて行ってほしかったが。
大体、あそこを歩いているのなんて俺らぐらいなだけなんだから車で走っていたとしても気づけると思う。
でも、零奈さんはしなかったということは……ま、意地悪だな。
「と、というか零奈さん……」
「おう、裕大が望んでいた制服姿だ」
本当に実行してきてしまったみたいだ。
途中でこいつを乗せなかったのはここで見せたかったからか?
「似合っています、なんにも違和感がありません」
「そ、そうか、真顔で言われると照れるな……」
「ここにいる昴と変えてほしいぐらいですよ、いまからでも高校2年生としてあの学校に通いませんか?」
届かないことはわかっているが真剣に頼んでみる。
すぐにガチな反応になって責任を取れとか言う人間とは違う、年上らしい余裕が彼女にはあったから、ある程度の余裕を見せてくれている人間の方が一緒にいるのが楽なのだ。
「無茶言うな……そんなことできるわけがないだろ」
「それは残念です」
せっかく来てくれたのなら作った飯でも食べてもらうことにしよう。
今日は肉ニラだ、あれから肉欲というのが高まっているのでいい。
それに昴はともかくとして、零奈さんは肉の方が好きそうだし。
「はい、食べてください」
「おー、いつもありがとな」
「いえ、こちらも寂しくなくていいので」
俺はその間に入浴を済ませてしまう。
後になればなるほど面倒くさくなると気づいたからだ。
あと、ふたりがいるときなら戻っても怖くない。
いや本当にね、普通の男でも田舎の暗闇は怖いっすわ。
変に家が大きいというのもあって寂しさもやばいし。
「ふぅ」
「あ、裕大、ちょっといいか?」
「はい? あれ、昴の奴寝たんですか……」
それでも半分ぐらいは歩こうとしたから無理はないか。
学校には徒歩通学できる距離で、ここには車を利用していた人間だ。
いきなり全てを歩ききるのは難しいだろう、一応こいつは頑張った。
「ああ、だから遅くまでいてもいいか?」
「大丈夫ですよ、どうせ親父も帰ってこないですし」
「ありがとな」
なんなら泊まってくれてもいいぐらいだ。
畳の部屋は二部屋分あるから広くていいが、大きな窓があるから地味に外が見えて怖かった。カーテンが白色で外側からも見やすいと考えると、もし夜中に起きて目を開けたときに顔が見えたらと考えると、……そんなことはほぼないと思っていても不安がある毎日。
そもそも夜中に目が覚めた時点で終わりのようなものだ、そうでなくても平日は4時半ぐらいに起きなければならないから大変な1日になる。
「風呂に入ったらどうですか?」
「着替えがないからな……」
「シャツとズボンぐらいなら貸しますよ、タオルもありますし」
「……なら入らせてもらうかな」
「はい、ゆっくりしていってください」
洗面所でトラブルがあっても嫌だから先に着替えを渡しておく。
この季節はあんまり汗もかかないだろうし下着の方は再使用してもらうしかない、そこだけは我慢してもらわなければならなさそうだ。
「ん……」
「起きたか」
疲れて飯も食えばそりゃ眠くもなる。
俺だって登校初日は爆睡したぐらいだからな。
「……寝てしまってすみません」
「いやいい、いまは零奈さんが風呂に入っているから出たら入れ」
「わかりました」
何故か布団だけはたくさんあるから後でさり気なく誘ってみよう。
敷いてから断られると大ダメージなので自分の分を敷いて寝転ぶ。
どちらにしても後で洗濯を回したり風呂掃除をしなければならないから寝られるわけではないのが残念ではあるが。
「今日はありがとうございました」
「いちいち礼なんか言うな、俺としてはこうしていてくれるだけで十分なんだからな」
「怖いんですか?」
「ああ、普通に怖い、よく外で寝られたよ俺は」
怒りとかそういう意地を張っていれば色々なことに意識を割かなくて済んだのかもしれない。
けどまあ、ああいうのはすぐに疲れてしまうからもうしたくはなかった。
「いてほしいですか?」
「ああ」
「え……最近は本当にどうしたんですか?」
「寂しがり屋なんだよ俺は」
地元だったら一切気にならなかったと思う。
ただここは来てからやっと2ヶ月が経過しようとしているぐらいで、仮になにかがあっても周りには誰も頼れる人間がいない場所で。
こんな場所でひとりで心細くならずに過ごせる人間というわけではないことがすぐにわかった形になる。
「だから言ったろ、お前があの日来てくれて良かったって」
そのおかげで零奈さんとも会えたわけだし。
零奈さんと仲を深めておくのは重要だ。
今日の限りでは昴がひとりでここまで徒歩で来るのは不可能そうなのでどうしても車で来るしかなくなるから。
その際に仲良くなかったりすると段々と来てくれなくなってしまう。そうすると怖く寂しい生活に戻ってしまうから頑張らなければならない。
「入らせてもらったぜ」
「はい。ほら」
「き、着替え……」
「ほらよ」
「あ、ありがとうございます、行ってきます」
なんなら親父も帰ってこないし住んでくれてもいいんだけどな。
そうしたら毎日飯や家事だってなんでもしてやるのに。
「あ、零奈さん」
「なんだー?」
畳の上に敷いた布団に寝っ転がっている彼女に言うんだ。
「……今日、泊まりませんか?」
「は? んー、私は別に大丈夫だけど」
「ほ、ほら、もう入浴も済ませているわけですし……」
「だから私はそれでもいいって」
後はあの意外と頑固なところがある昴を説得するだけか。
「それを使って寝てください、まだ布団はあるので」
「おう……もう転んでいると寝たくなってくる……」
「いいですよ、なるべくうるさくしないようにするんで」
なんか寝顔を見ているのも申し訳ないからリビングに戻る。
ああなったら意地でも彼女が説得してくれるだろうからそこまで不安でもなかった。
……めちゃくちゃ長風呂で待つことになったのは、いや、利用させたのは自分だからなにも言うまい。
「あ、ここにいたんですね」
「昴、今日は泊まっていけ」
「え、いいんですか? 正直、姉もいまから運転するのは大変でしょうし助かりますよ、なにより危ないですからね」
「布団敷いてやるから零奈さんの横で寝てくれ」
俺は風呂掃除とか洗濯とか回してから寝なければ。
「裕大……酒ってないか?」
「ありますよ、飲みます?」
「ああ……飲む」
拘りがあるだろうから文句を言われると考えていた自分。
が、別に文句も言わずにちびちびと彼女は飲み始めていた。
終わってからもう寝られているというよりはマシだからさっさと終わらせてしまうことに。
「裕大も来い」
「じゃあ、ジュースでも飲みますかね」
泊まってくれと頼んだのは自分だから多少は付き合わないと。
というか、年上の異性と過ごす夜というのもなんだか悪くない気が。
「零奈さんって彼氏とかいるんですか?」
「はぁ……いると思うか? 送り迎え専用人間みたいなやつに」
「正直、いつでもできるレベルだと思います、偉そうですけど」
いまの若者は結婚しなくなっているらしいが彼氏彼女ぐらいの関係なら求める人間は多いのではないだろうか。
いい人間が見つかるかどうかは置いておくとして、異性と出会えるような場所に行ければ必ずいい反応を貰える人だと考えていた。
「そういう裕大はどうなんだ?」
「好きになった人間は結構いますけど、その全員に振られました」
「はははっ、なんか容易に想像できるな!」
彼女は普通に酷かった。
そして、特にいい雰囲気になることもなかった。
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