04話.[次は着てこよう]

「ただいまー」


 9月27日、親父が帰ってきた。

 向こうにもシャワーぐらいは浴びれる場所があるのか臭くはない。

 が、全く気にしていない感じがむかつく、俺は白米生活だったんだぞ!


「親父、食材が全然ないんだが」

「あ、だからいまから行こうぜ」


 なんでそんな面倒くさいことを。

 どうして帰りに買ってこないのかがわからない。

 やっぱりこんなんじゃいつか死ぬ。


「あと、食費を置いていってほしい」

「ここら辺に買えるところがあるのか?」

「学校の方にあるらしいんだよな」

「わかった、7万ぐらいでいいか?」


 7万ってどうなんだ?

 多少過剰のように感じなくもないが。


「1ヶ月にどれぐらい食費ってかかるんだ?」

「大体、5万とかだったかね……つか、管理してたのお前だろ?」


 買いたくなったら親父の金を使ってまとめて買うの繰り返しだから覚えてねえな、それでも7万は多い気がした。


「どうかはわからないからとりあえず5万ぐらいで頼む」

「わかった。だが、今日は行こうぜ」

「おう、たまには街に行くのも気分転換になるからな」


 あれからクラスメイトはじろじろ見てくるが喧嘩みたいなことにはならなくなった、警戒しなくても良くなったというだけで十分。

 どんなに急いでも登校には約45分、下校には1時間半ぐらいかかるがしょうがない、それはもうどうしようもないことだから割り切っている。


「ああ、久しぶりに車に乗ったわ」

「もうほぼ2ヶ月間ぐらい乗ってないよな」

「あ、いや、今月に乗っけてもらったんだけどな」

「年上の知り合いができたのか?」


 どうしてかはわからないまま現在も連絡を取り合っていた。

 ただ、どちらかと言えば生駒からの連絡が多いからそこまででもない感じがする、少なくとも姉の方は必要最低限というかそんな感じで。

 内容もちゃんと飯を食っているかとか、友達がいるかとか、関係のない俺にとっても姉みたいな存在という風になっている。


「あ、いますれ違ったのその人だ」

「あ、じゃあ止めるぞ」


 なにもそこまでしなくてもと考えている内に向こうも停車。

 降りてみたら生駒姉妹も車から降りてきて話すことになった。


「やっと帰ってきたのか」

「はい、先程帰ってきて買い物に行こうとなりまして」


 親父は空気を読んだつもりなのか降りてこないまま。


「そういえばどこかに行くつもりだったんですか?」

「こっちに来たらお前の家しか有りえないだろ」

「あ、それはすみません」


 鍵を預けておいて家の中で待っていてもらうか?

 いや、帰るの何時になるかわからないしそこまでをしたいとかは考えないだろうし、今日は残念だけどで終わらせるしかないようだ。


「それなら待っていますよ」

「何時間かかるかわからないんだよ、遠いから」

「大丈夫です、姉に適当に走っておいてもらいますから」

「「おいおい……簡単に言うなよ」」


 ガソリン代だって馬鹿にならないぞ、これだから若者は。

 が、結局そういうことになった。

 車に乗り込んでシートベルトを着用したら親父がふっと笑う。


「なんだよ?」

「話せる人がいて良かった」

「親父、酷いって言われていたからな」

「まあそうだな、ほぼ1ヶ月ぐらい家を空ける人間だからな」


 でも、すぐにわかった。

 街に出かけられてもただ時間がかかるだけでつまらないと。

 これまでは非現実過ぎたから憧れていただけだったと。


「買い物を終えても苦行だよな……」

「帰りは地獄だ……」


 これなら親父に任せてふたりといた方が良かった。


「それよりお前、どっちがタイプなんだ?」

「は? 片方は野郎だぞ」

「でも、男子君と話していたときの方が楽しそうだったぞ」

「それはあいつには敬語じゃなくていいからだ」


 そういえば何気にあいつ、年上だったんだっけか。

 姉の方には本能で生意気な口を聞いてはならないとわかっているのか当然のように敬語で接することができているが、何故か弟の方には絶対に敬語にしてやらねえという拘りが自分の中にあった。

 いまでもまだ胡散臭い人間だと考えているからなのかもしれない。


「まあ、お前の人生だからな、あまりにモテなさすぎて同性に走ろうととやかく言ったりはしねえよ」

「うっせ……これからモテるんだよ」

「ふっ、そうか」


 クラスではあの代表者兼代弁者の野郎しか近づいて来ないんだけどな。

 ただ、単なる迷惑がられているような、興味を持たれていないわけではないようなという中途半端な状態になっている。

 ちなみにあのクラスは男が20人、女が10人という圧倒的に男ばかりの内容になっているため絶望的かもしれなかった。


「着いた……」

「お疲れさん」


 食材をでっけえ冷蔵庫にしまいつつ生駒姉に連絡。


「もしもし? 帰ってきたのか?」

「はい、いま帰ってきました」


 どうやらかなり早い帰還だったらしい。

 とりあえずいつ来ても大丈夫だと言って電話を切った。


「俺がやっておくから外で待っていてやれ」

「おう、頼んだ」


 どこで適当に座っていようが誰にも怒られない。

 何故なら家の周りには畑ぐらいしかないからな!


「どけよ、轢くぞー」

「笑顔でそんなこと言わないでください」


 元々移動範囲を狭めていたのか割とすぐにやって来た。


「ふぅ、本当にこんなところに住むんじゃねえよ」

「しょうがないじゃないですか、俺だって住みたくないですよ」

「まあまあ、ちょっと寂しいところですけどいい場所だと思いますよ?」

「「行くことを考えたら憂鬱になるぞ……」」


 こいつはここに来るときに車を利用できるからそんなこと言えるんだ。

 車を利用できない自分としては人力で頑張るしかない。

 なんだよ、学校まで最低でも45分かかるって。

 なんだよ、まともなスーパーすらもないってよ。


「相澤、1回こいつにどれだけ大変なのかわからせた方がよくないか?」

「確かにそうですね、自転車で学校まで行かせましょうか」

「えー……」

「「お前はもう少しぐらい苦労した方がいい」」


 姉の方は少し疲れたとかで車内に戻ってしまった。


「お前なあ、無理やり付き合わせるなよ」

「え、今日は姉が行きたいと言ったので付いてきたんですよ?」

「へえ……って、そんなわけあるか」

「いや、本当ですよ!」


 もしそうならいま頃雨が降っているはずだ。

 でも、いまは綺麗な青色が広がっているだけ。


「もしかしたら気に入られたのかもしれませんね」

「ないない、クソガキって言われたんだぞ」

「それはあなたが素直じゃなくて言うことを聞かなかったからでは?」

「うるさい」


 そもそも成人と未成年には好きになっても見えない壁があるんだ。

 噂とかもすぐに広がるって言うし、いや、ないから無意味だが。


「それより良かったですね、お父さんが帰ってきてくれて」

「ああ、金も置いていってもらうから今度案内頼むぞ」

「わかりました、それなら今度行きましょうか」


 だが待て、あのママチャリのかごに乗っけて帰ったら死ぬぞ。

 まとめ買いしなくて済むのなら少量ずつでいいのか?


「あの、また相澤君が作ってくれたご飯が食べたいんですけど」

「は? あー、それなら姉も起こして連れて行くか」

「はい」


 昼から豪快に食材を消費するわけにはいかないから久しぶりに炒飯を作ることにした。

 で、すぐに完了させて3人に食べてもらう。


「炒飯以外にも作れるのか?」

「作れますよ、飲食店でバイトもしていましたからね」

「へえ」


 仕事大好き人間で基本的に放置してくる親父でもちゃんと美味いって言ってくれるんだよな、作る側としてはそれだけで嬉しいというかホッとするというか。


「相澤君のお父さんは早いですね、食べ終えるの」

「仕事で忙しい人だから癖になってるんだろうな」


 やっと帰ってこられたから1秒でも長く休んでいたいのかもしれない。

 だからいまも「畳の部屋で寝てくる」とか言ってリビングから消えた。


「ごちそうさまでした、今日も美味しかったです」

「おう」


 生駒姉弟といられるのは嬉しいがひとりぐらいは友達がほしい。

 が、来るのは代弁者だけ、しかも大して代弁しねえというオチ。

 近づけば避けられることだけはわかっている、想像でも現実でも。


「おい裕大ゆうだい

「は、はい?」


 名前を知られているとは思ってなかったから驚いた。


「私のだけチャーシュー少なくないか?」

「そ、そんなことないですよ」

「本当かあ? 私のだけ女だからって減らしたんじゃないのか? 25だからって変に気遣ってエネルギーを過剰に摂取しないように――」

「ありませんってっ、寧ろこの前お世話になりましたから多くしました」


 そうだ、丁度いいからこの前の金を返してしまうことにしよう。

 いらないと何度言われても諦めずに押し付けることに成功した。


「律儀ですね」

「当たり前だ、自分が食った分は払わないとな」

「僕も飲食店に行きたいです」

「姉ちゃんに頼んでおけ」

「おい……」


 あんなところには何度も行かない方がいい。

 金を払うことで勝手に料理が運ばれてくるとか楽すぎるから。

 いまの生活的に楽なのは敵だ、気をつけなければならない。


「ごちそうさま」

「はい、食器を置いておいてください」

「え……」

「なんだよ?」


 別に後でまとめて運べばいいだろうに。

 急いだってここには良くも悪くもなにもない、時間だけがだだ余りになることだけは決まっていることなのだから。


「ぼ、僕のときは持っていってくれって……」

「当たり前だ、お前にはなにも世話になっていないしな」

「あ、ありがとなって言ってくれたじゃないですか!」

「は? そんなことあったか? 仮にあっても昔の話をされてもな……」

「今月の話ですよ!」


 ほらな、こいつはすぐ感情的になるから駄目なんだ。

 相手に話を聞いてほしければ静かに語りかけるような感じが最適。

 怒鳴ってしまえば余計に聞かなくなることはわかるだろうに。


「大体、どうして姉にだけ敬語なんですか!」

「それはお前と違ってまともだからだ」

「相澤君に比べれば僕の方がマシです!」


 そんなことはわかっている。

 こいつならもっと上手くあのクラスメイトとも向き合えるだろう。

 俺にはできないことも簡単にこなして、人間に囲まれてそうだ。

 だが、意地でも敬語は使わないと決めている自分がいるわけで。


「まあまあ、落ち着け昴」

「はぁ……」

「すぐに声がでかくなってしまうのは悪いところだな」

「こうでもしないと相澤君には届きませんよ」


 姉相手にも敬語を使う徹底ぶり。

 ただ、こいつはもう自分の中で敬語キャラだからこのままでいい。

 もし普通に話しかけてきたら絶対にツッコむ自信がある。

 それか風邪を引いているんじゃないかと流石の俺でも心配するかもな。


「というか、よく家がわかりましたね」

「昴から聞いたんだ、行ったことがないわけではなかったから迷うようなことにはならなかったな、でも疲れたから頻度は抑えてほしいな」

「お疲れ様です。でも、嫌なら嫌だと言った方がいいですよ」

「車を運転するのは好きなんでな、だからいまではもう誰かに指示されて仕方がなく行くんではなく、自分の意思で楽しんでいるという考え方をするようにしている」

「なるほど、じゃあ俺も登下校を楽しんですれば、ああ……無理そうだ」


 行きはジェットコースターみたいで色々な意味でドキドキする。

 下手をすればガードレールがないところを曲がりきれず川に超高速で一直線だし、下りが多いから車に張り合おうと思えばできるから。


「いつも何時に出ているんだ?」

「6時ぐらいですね、家事もやるから4時半ぐらいに起きてですけど」

「は? それで帰りは?」

「自転車で全て上りきるのは無理なので大体、18時とかですかね」


 16時頃に授業が終わってすぐに飛び出してもそんなものだ。

 もう10月ということもあってすぐに真っ暗になるしよ。


「それからご飯を作ったりするんですよね?」

「そうだな、最近は白米祭りだったから朝にセットしておいて帰ったら炊けている状態にしておく連続だったが」

「可哀相です……」


 確かに可哀相だと思うがしょうがない。

 家が移動してくれたりなんかしないし、ひとり暮らしができるような金もないし、向こうなら向こうなりの苦労があるだろうし。

 それにほぼ2ヶ月間住んでいいところも結構見つかったのだ。

 それこそいくらむかついて大声を出そうが怒られないこと。

 あとやっぱり景色が綺麗なこと、高いところなのも影響しているな。


「これから冬なんですよ?」

「んなこと言ったって家の場所は変わらないだろうが。別にいいんだよ、最初は確かにクソ田舎だと思っていたが結局は気の持ちようだって気づけたからな、お前の姉ちゃんみたいに前向きに捉えて頑張るつもりだ」


 学校でなくたって友達みたいに生駒姉弟と話せるから退屈じゃないし。

 いまならこいつがあのとき来てくれて嬉しかったと言える。

 だが、姉もいる前でこんなことを言ったら揶揄されるだろうから……。


「あ……えと」

「うん? どうしたんですか?」

「……あのときどんな方法を使って俺の家を知ったのかはしらないが、お前が家に来てくれて良かったと……思う」

「あのときは先生に直接聞きました、もう書類などは学校にあるとわかっていましたからね」


 おぉい、生徒のプライバシーちゃんと守ってくれよ。

 あと、意外にも姉に揶揄されたりすることはなかった。


「鞄を受け取ってくれなかったときは驚きましたよ」

「俺にもプライドがあったんだよ……」


 あれだけ言っておきながらあっさり受け取るわけにはいかないだろ。

 自分から喧嘩を仕掛けておきながらぼろくそに言われて逃げることを選択した自分が雑魚過ぎたし。


「せっかく急いで探したのにあなたときたら……」

「お前だって可愛げのねえこと言ってきたじゃねえか、17時までに帰れとか、自転車は放置禁止ーだとか」

「じ、実際、そういうルールでしたからね……だから先生に頼んで許可を貰ったんです」


 ちっ、どこまでも優等生キャラかよ。

 まあいいや、もう終わったことを言っても意味ないし。


「姉ちゃんの方が学生だったら良かったのになあ」

「いまでも制服を着たら学校に行けそうか?」

「大丈夫だと思いますよ」

「なるほど、つまり裕大はコスプレをしてくれと頼んでるということか」


 生駒姉は「よし、次は着てこよう」と言って寝転んだ。

 実際に不可能ではなさそうだったから特に言わなかった。

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