03話.[遊びに行きたい]

「おい、起きろクソガキ」


 正直、当然のように生駒の姉がいることよりもその口調に驚いた。


「てめえのせいで何度もこんなところまで送らさせられるんだよ」

「そ、それはすみません……」


 ちなみに、親父は帰ってこないわ、意地を張って鞄を返してもらっていないから外で寝たままだった。


「ほら」

「え……」

「素直になれ、それじゃあな」


 これ以上生駒姉に迷惑をかけてはならないという常識があったのか普通に受け取ってた、2日ぶりに家の中に入ってまずは風呂に入って。

 つかなにをやっていたんだ俺は、構ってちゃんとか気持ち悪いぞ。

 風呂から出たら開けてなかったことによってキンキンに冷えている水を飲んで、本当にその美味さに飛び跳ねたぐらいだ。


「畳で寝られるって最高だな」


 そういえばと携帯を確認してみたら大量の通知が。

 大半は父からのもの、あとは学校からのものだった。

 相変わらず地元の連中からはなんにもきていない。

 友達だと思っていただけだったんだな……。


「学校か……」


 とりあえず父の方に電話をかけてみる。

 忙しいだろうから出ないだろうなと予想していた自分。


「もしもし?」

「あ、よう」

「ようじゃねえ、お前なにやってるんだ」


 親として言いたい気持ちは分かるが……。

 ガキ側として言いたいことは確かにある。


「学校行きたくない」

「……どれぐらい?」

「ずっと」

「馬鹿かお前、留年することになるぞ」

「あそこに通うぐらいだったら退学になった方がマシだ」


 こっちのことなんてなにも考えてくれていない。

 敢えてこんなところを選んだ時点でそれは証明されている。

 何故なら会社の近くには大きな街があって充実しているからだ。


「こんなクソ田舎に住むことになったことはもう我慢してやるよ、だからそのかわりに学校へ行かないことを許可してくれ」

「お前なあ……」

「悪い、それじゃあな」


 高校卒業後のことも考えてくれてねえしな。

 街まで行こうと思ったら車でも2時間以上かかるし。


「やべ、詰みじゃね……」


 原付きの免許すら持ってない、あるのは自転車だけ。

 そして親父が帰ってこないと食料さえ補充されない。

 光熱費とかそういうのは払ってくれているだろうが……。


「スーパーぐらい近くに作れよクソが……」


 ま、いくら文句を言ってもしょうがない。

 情けない話ではあるがそこそこ限界が来ていたので助かった。

 姉が生駒のことを止めたのだろうか? 私が行くから待ってろって。

 どちらにしても生駒姉には上から目線でお疲れ様と言いたかった。




 暇だ。

 家の中に入れてもこれは変わらない。

 生駒も姉に怒られたのか来ることもなくなった。

 もう9月19日ぐらいだが……よく生きているなと思う。

 向こうへ戻りたい、バイトでもして稼いで遊びに行きたい。


「飽きたな……」


 暇つぶしのために歩いてもなにも新鮮さがなかった。

 山だって誰かの所有している場所だから安易に入れねえし。

 近くにでっけえ池みたいなのはあってもそこに釣り人なんていない。

 でかい川もない、あってもちょろちょろ流れているだけだ。


「おい」

「えっ……なにやってるんですか?」

「監視だ、昴に頼まれてな」


 この人、暇なのかもしれない。

 でも、免許を持っているというだけで羨ましかった。

 ガソリンを入れれば遠くまで簡単にいけるんだからな。

 ここら辺だったら車が通る回数も少ないから事故の可能性も低い。


「顔色が良くなったな」

「まあ、飯を食っていますからね」


 その食材がもうなくなりかけているから怖いところだが。

 米は幸いたくさんあるから塩をかけて食えばいいか?


「学校、行かないのか?」

「はい、行くつもりはありません」

「学費を払ってもらっているのにか? 制服や教科書代とかもかかっているわけだが、そこら辺はどう考えているんだ?」

「ここじゃないどこかに引っ越したら働いて返しますよ、何年かかっても必ずそうします」


 地元に戻れなくてもいいからもっとマシな場所に行きたい。

 コンビニまで30メートルとかそういう場所に。


「そんなに嫌なのか? ここが」

「嫌ですよ、なんにもすることがないんですからね」


 金はあっても食材を買いに行くことすら難しいっておかしいだろ。

 あるのかどうかはわからないが、移動販売車すら来ない。

 ちなみにここは配達圏外らしく、通販というのも利用できないと。


「俺もそうですけど人間の性格も悪いですしね」

「ま、あんまり否定はできないな」

「それより監視なんかしなくていいですよ、どうせ行動できるのはここまでぐらいですからね」


 動く気が全然ないから行っても1キロぐらいだけ。

 そうしたら後は帰って昼寝して飯食ったりするだけ。

 老後だったらこれでいいんだろうが……まだ16歳の人間には辛い。


「街に行きたいのか? 用があるなら連れて行ってやるぞ?」

「いや、そういうわけには」

「引きこもっていたら精神が死ぬぞ」

「ま、実際そうなんですけどね」


 だからって生駒姉に連れて行ってくれなんて頼めない。

 というか、こうしてここにいるのが物凄く不思議だった。


「ゲームとかあるのか?」

「ありません、なんにもないです」

「ぱ、パソコンもか?」

「はい、ありません」


 部活にバイト、ふたつをやっていたら自由な時間はほぼなかったのだ。

 そもそも自分があまり無駄遣いをしないという性格も多大に影響していて、だからこそこうして爺さんみたいな生活を送ることになって凄く後悔しているわけだが、別にこの人には関係ないからな。


「若いのがそれでいいのかよ……」

「あなたは何歳なんですか?」

「おい……一応私も女なんだが?」

「車の免許を持っているから少なくとも18歳以上になりますよね?」

「25だ……」


 え、結構いってるんだなというのが正直なところ。


「付き合え、このままここにいたら暇すぎて死ぬからな」

「そういうわけには……」

「いいから乗れ! そうしないとこれから毎日夜中に行くぞ!」

「わ、わかりましたよ……」


 学校をズル休みしているのになにをしているんだろうな。

 しかももっとよく知らない生駒姉とさ。


「お前、こっちに行ったことないだろ?」

「はい、ありませんね」


 学校があるから南側にはよく行っていたが、敢えて北側に上って行こうとする脳はなかったから地味に新鮮かもしれない。

 そして驚いたことに結構な距離を走るとこちらにもそこそこ大きな街があったというそんなオチ、自転車で行くのは馬鹿な距離だけどな。


「へえ、こっちにもこんなんあったんですね」

「ああ、もっとも徒歩や自転車じゃ行きたくない距離だけどな」


 親父が帰ってこないから原付免許の獲得すらできそうにない。

 というか原付きを買う金をまだ稼げてないから無意味な話か。


「ちょっと飯でも食うか、飲食店とか全然行けてないだろ?」

「金ないんで」

「払ってやる、付き合ってもらっている礼としてな」


 こちらにクソガキと言ってきた人とは思えなかった。

 拒むことはできそうにないから今度払うという約束で店内へ。

 平日のこの時間でも客はそこそこいてある意味助かった。

 すかすかの店内で食事はしにくい。


「まだ迷っているのか?」

「最安値のやつってどれです?」

「いいから食べたいのを頼め」


 肉が食いたい気分だったからその中で最安を選んでおく。

 こっちになにか言いたそうな顔をしていたが、生駒姉はささっと注文を済ませて頬杖をついていた。


「お前、友達がいないだろ」

「いませんね」

「違う、ここに越してくる前からいないだろ」

「そうですね、友達だと考えていたのは自分だけだったみたいです」


 ああ、遊びにも全然行けてなかったからこうなったのか。

 連絡とかにもすぐに返せていなかったし、いざ遊びに行ってもケチで金を浪費することを避けていたからな。

 高校生にもなればどうしたって金を使っての遊びが多くなるわけで、俺がずっと空気の読めないことをしてきたということになる。

 それを遠くに引っ越してからやっと気づくなんて間抜けだった。

 運ばれてきたのを食べさせてもらいつつ、なんか奢られるとか嫌だから必ず返そうとまた考えを強くして。


「ごちそうさまでした」


 食べ終えたら余計なところに行かせず帰らせてもらう。

 だっておかしいだろ。

 なんで大して仲良くもない男の姉と行動してんだ。


「ありがとうございました」

「ああ」


 誰かに頼らないと満足に街にも行けないって面倒くさい。

 変えようとしなければ変わらない、か。


「相澤、連絡先を交換してくれ」

「え、なんのために?」

「毎回ここに来るのは負担がでかすぎるだろ」

「ま、いいですけど」


 知られたところでなにも問題はない。

 どうせ生駒には全て情報がいっているんだから変わらないしな。


「ありがとな」

「いえ」

「それと学校、頑張って行けよ?」

「いや……」

「行ってみればなんてことはないぞ、それじゃあな」


 ……このまま退屈な毎日を送るぐらいなら明確な敵がいる学校にいた方がマシだろうか? 少なくとも毎日目的というのはできる……か?


「しゃあねえ、明日から行くか」


 自分から攻撃を仕掛けておきながら数の勢いに負けて不登校。

 そんなのってださすぎるだろうからしょうがないよな。




 翌朝、めちゃくちゃ早くに家を出た。

 生徒がそこそこ登校した後からだと気まずいからしゃあない。

 教室に1番に到着をして、あたかもこれまで毎日登校をしていましたよ的な雰囲気を出しておく、……上手くできているのかは分からない。

 だから教室にやって来た人間がひとりひとり必ず驚いたような顔でこちらを見るから面白かった、それで少し楽になったぐらいだ。


「相澤君、おはようございます」

「おう」


 あれ、そういえば当たり前のように机と椅子が存在している。

 そして当たり前のように座ってしまってから気づいたというアホ。


「来てくれたのは嬉しいですが少し残念でもあります」

「は? せっかく1時間近くかけて登校してきたのに頑張り否定かよ」

「違います、僕の言うことは聞いてくれないのに姉の言うことは聞くんだなと、普通に寂しいんですよ」


 奴は「やっぱり異性から言われた方がいいんでしょうね」なんて言っているがそれは違う、姉の方は感情的にならずに淡々と事実を突きつけてきたからだ。

 頑なになる余裕さえない、あっという間に小さな隙間から入ってきてしまうような言葉だっただけ。


「それより暇人かよ」

「はは、相澤君が登校しているのがすぐにわかったので」


 自転車か、久しぶりに乗ったから地味に下りが怖かった。

 帰りはまたあの苦行を味わわなければならない。

 それでも帰らなければならないという目的があるいまは違う。


「そういえばお父さんはどうですか?」

「全然帰ってこない、だから食材が困るんだよな」

「ないんですか?」

「ああ、もう賞味期限的にも余裕が全然なくてな」


 今日の帰りに買いに行くって言っても……ここから更に同じぐらい時間がかかってしまうわけで、とてもじゃないが帰りのことを考えたら無理。

 やはりおかずなどは諦めて白米生活を続けるのが理想ではあるが、その米にしたって終わる日は必ずくる。


「それなら今日の放課後に行きましょうか」

「姉を当たり前のように使うな……」

「でも、そうしないとまともにスーパーすらないですからね」

「ん? ということはここら辺にも一応はあるのか?」

「ありますよ? 最低限のものは買えるという感じでしょうか」


 学校帰りにそこに寄って物を買って家に帰る。

 主夫か? 昔から似たようなことをしていたから違和感はないが。


「それなら今日はそこに行ってみましょうか」

「ああ……って、金がねえんだよな」

「え、置いていってくれてないんですか?」

「ああ、買い物とかは全部親父がするって決まりでな」


 地元のときはこっちが全部していたのに会社と大きめなスーパーが向こうにあるから全て任せろとか言っておいてこの結果だ、家にすら全く帰ってこねえじゃねえかってツッコミたくなる。


「銀行もないだろ?」

「遠くに行かないとありませんね」


 最後に振り込まれたであろう給料は通帳の中に入ったまま。

 全国で使えるやつだから引き出せないなんてことにはならないが、銀行にしたって近くにはないのだから話にならない。


「ちょっと酷すぎませんか?」

「ま、忙しい人間だからな、なにより働くの大好き人間だし」


 昔からずっとそうだと言ったら余計に驚いたような顔をしていた。

 小さい頃世話してくれていたのも父の母だったからな。

 ある程度大きくなったら家事のやり方なんかを教えてもらって自力で頑張るようになってからはほぼひとりだったししゃあない。


「悪い、金ないから行っても意味ないわ」

「そうですか……」


 やっぱり詰んでんな俺が。

 ここじゃなくて俺が、あんなところに住んでいる俺が。

 このままじゃ若くして孤独死するルートしか思い浮かばない。


「それよりこれ、お前が戻してくれたのか?」

「はい、鞄を探したときにですけど」

「ありがとな、それ以外にも色々と心配してくれて」


 また驚いたような顔で「お礼を言われるなんて思いませんでした」なんて失礼なことを言ってくれる生駒、礼ぐらい俺だって言えるわ。


「ま、米があるから大丈夫だ」

「それならいいんですけど……」


 肉、食いてえなあ。

 美味かったな、ただのファミレスだったけど本当に。


「おいお前ら聞け!」

「ちょ、相澤君!?」

「この前は悪かった! 以上だ」


 いまはクラスメイトと対抗していられるような余裕はない。

 とりあえずはこれで解決できたから落ち着いた日々を、


「なんでお前らそんなに見てくるんだよ! 謝っただろ!」


 送れそうになかったが気にしないでおく。

 しょうがない、他所から来た人間だからな俺は。


「なあ相澤」

「お、おう」

「声がでかい」

「す、すまん……」


 これは俺が悪いから謝るしかない。

 でも、少しは女子が来てくれてもいいと思うんだけどな……。


「つかさ、このクラスの代表者なの? で、代弁してんの?」

「そんな感じだ」


 ということは絶対クラスメイトとは仲良くできねえじゃねえか。

 ま、まあ、衝突したままよりはマシだと片付けておいた。

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