第6話 斥候日和

 翌日、早速“七人の騎士”の一同は大聖堂に集められた。殉教した聖ベネディクトゥスが葬られているという墓のある教会だ。行ってみると、慌ただしく動き回る兵や聖職者たちが緊迫した雰囲気を醸し出していた。


「何か緊急事態でも起こったのかしらね?」


 供として一緒に来ていたパールが、ソマスに耳打ちする。


「さあ……最前線なのだから、何があってもおかしくないが」


 首を傾げながら聖堂に入ると、ソマスが一番乗りだった。ソマスは自分が一番若年だと思っているので(実際はイレーネがソマスより一歳年下)末席につき、パールは壁際に立ったまま待機する。やがてモーガンが現れ、他の“七人の騎士”の面々が集まり始める。また、元からジェルセレーメ王国の防衛にあたっている騎士の中からエイリーンら五人の騎士が会議に参加するようで、聖堂の側面の扉から入ってきてソマスたちの後ろ側に着席した。一番遅れて到着したのはイレーネで、ぼさぼさの髪のまま、若干赤い目を擦りながら、たまたま空いていた上座の方の席に座った。


「お、おい……」


 ズィーメリーの騎士の最年長者であるマグラ―がたしなめようとしたところで、奥側の扉が開いてジェルセレーメ王コンラト・ウェ・ヌーシラとマデラウス、そして青い顔をしたマッカン伯ルエイ・ウェ・カーラが入ってきた。


「ルエイどの! マッカンの護りは、どうされたのですか?」


 思わずマグラ―が尋ねる。マッカンはジェルセレーメの北東にある都市及びその周辺地域で、東側より攻め来るアメシロス朝の遠征軍の攻撃に備えているはずだ。問いかけた彼の眼を見るなり、ルエイは怒鳴り声とも鳴き声ともつかない悲痛な声で叫んだ。


「マッカンは昨夜陥落した!」


 この知らせは、その場にいた一同を震撼させた。


「進軍速度が速すぎる……これは、うかうかしてられませんな」


 モーガンも唸るばかりだった。


「今ミル・ウェ・リにタリハリ防衛戦の準備をさせているが、こちらも近いうちに撤退することになるだろう。となれば、敵とジェルセレーメの手前で一戦交える他ない」


 コンラトはそう言うと、シュレーンの騎士たちを指さした。


「斥候を命ずる。マッカン攻めに参加した敵の戦力は一部に過ぎない。ソマス、モーガン、ラルク。お前たちの眼から見て敵がどう映るか、確かめてこい」

 こうしてソマスは、ジェルセレーメの地での最初の任務に就くことになった。


 *


「コンラトさまはシュレーン出身なだけあって、シュレーン人ばかりをご贔屓になさる」


 ポゼンは会議が終わるなりマグラ―に向かって愚痴った。


「ただでさえ主要な地位を向こうが占めているのに、任務までシュレーンに奪われるのでは、我らがここにいる意味は何なんだ」


 確かに彼の言う通り、ジェルセレーメ王位をはじめ、マッカン伯位もタリハリ伯位もシュレーン出身者が独占しており、十字軍内の勢力争いはシュレーン側が優勢だった。そして、同郷の誼か、コンラトが“七人の騎士”のうち、ソマスたちシュレーン人の方をより信頼しているのも確かだろう。その裏返しとしてズィーメリーの騎士たちが冷遇されているのだと、彼は考えていた。


「焦るな。私たちが戦場に出る機会は近いうち必ず来る。その時にコンラト王が認めざるを得ないくらいの活躍をすればよい」


 そう言ってマグラ―はポゼンをたしなめた。


「イレーネどのはどう思う」


 共感してくれる人が欲しいポゼンは、イレーネに話を振った。


「私? 私は……」


 困って視線を逸らしたイレーネは、ふとある人影がこちらをじっと見ているのに気付いた。


(あれは……エリーゼどの?)


 彼女は、“七人の騎士”のシュレーン人のうち、唯一出撃命令が下っていなかった。そのエリーゼによく似た人影が、こちらを見つめている。しかし、イレーネが声をかけようとすると、その人影はふっと柱の向こうに隠れて姿を消してしまった。


(なんなんだろう)


 イレーネは不思議に思ったが、特に気にもとめず、ポゼンの問いを適当にかわすとそそくさと自分の部屋に戻った。


「おかえりなさいませ、イレーネさま」


 すぐにテレジアが出迎えてくる。イレーネはそんな可愛らしい侍女に笑いかけると、堅苦しいマントとシャツを脱いで部屋着に着替え始める。


「なんだか大変なことになっているようですけど、まだ出撃は無いのですか?」


 十字軍兵士たちの喧騒は、テレジアの耳にも聞こえてくる。


「私はまだだ。あともう少しだけ、ここでゆっくりしていられるな」


「それは良かった。私、イレーネさまには危ない目に遭っていただきたくはないです。騎士の方々に聞かれたら、怒られるでしょうけど」


 イレーネがソファに深々と腰掛けてくつろぎ始めると、テレジアもその横に座る。その肩をイレーネが抱き寄せる。


「私とて、この戦いで命を落とすつもりはないさ。どうせ殉教しても、天国に私たちの席は無いだろうからね」



******



 ソマスたちがアメシロス朝の遠征軍を発見したのは思ったよりもだいぶ早く、ジェルセレーメを発った翌日の昼過ぎだった。足が軽くなるように、三人それぞれ十数人の騎士しか供につけないことにし、できる限り商隊を装うようにした。ソマスも、今はパールら信頼できる騎士しか引き連れていない。


「大事な任務であると同時に、高名なソマスどのやラルクどのと沢山お話しできて楽しい限りだなあ!」


 道中、陽気なモーガンはペラペラとよく喋った。


「そんな……僕は大した人物じゃない。有名なのは僕の父だし、それに、僕は戦場を経験するのは今回が初めてなんだ……」


 ラルク・ウェ・フレイは弱気な声を出す。ソマスやモーガンよりやや年上のその貴族は、驚くほど温室育ちで、虫も殺せないような性格だった。その割には、フレイ家の治めるジュヴーユ候領はシュレーン王国北西部の豊かで広大な土地を占めており、ラルクはバカにならない兵力を携えてこの十字軍に参加していた。コンラトもラルク隊の働きに期待せざるを得ないだろう。


「きっと大丈夫ですよ! 初陣から大活躍したソマスどののような人もいますし。そうだ、ソマスどの。初陣で活躍するコツ、聞いてもいいかい?」


 急に話を振られ、ソマスは困ったが、生真面目なソマスは気の利いた返しは思いつかない。


「えっと、信仰心……です」


「信仰か……確かに、僕は祈るのは得意だ」


 そう言って、ラルクは自嘲気味に笑った。


 そんな感じで隊は進んでいき、そして先ほど述べた昼過ぎに、タリハリから北に数十キロにある砂漠地帯を西進する敵軍を発見した。つまり、敵はタリハリには向かっていなかった。


「直接ジェルセレーメを狙うつもりか!」


 すぐさまジェルセレーメに飛んで帰ってコンラト王に報告したい気分だったが、そこをぐっと抑え、敵遠征軍の全容をもう少し詳しく観察することにした。


「もっと近づこう。よく見えない」


 ソマスが提案すると、ラルクはぶるっと震えた。


「そんな……もし見つかったらどうするんだ」


「その時は逃げればいいのです、こちらは全員騎馬なのですから。ソマスの言うとおり近づきましょう。このままでは持ち帰る情報が少なすぎる」


 モーガンが説得し、一行は砂が盛り上がっている地形を利用して隠れつつ敵の行軍にそろりそろりと迫っていった。


 ソマスの見たところ、敵軍の総数はざっと二万ほどだった。少なくとも、十字軍側より圧倒的に多いというわけではない。とりあえずはほっと胸を撫でおろす。しかし、近づけば近づくほど、懸念すべき要素は増えていく。


 まず、アメシロス朝側の装備の整い方だった。一つは攻城兵器の用意の良さだ。戦場が砂漠になることに備え、あらかじめ材木を準備して運搬している。あとはその場で組み立てるだけといった感じだ。これはマッカンが一瞬で陥落したのも納得がいく。次に、敵の騎兵の中に、エト・イクステ北部の遊牧民族たるヌル族の騎馬隊が多く含まれていることが気になる。ヌル族が、投げ縄などを用いた彼ら独自の戦い方で勇猛に戦うことは広く知られている。


 だが、それよりも何よりも大変な事実が、これ以上近づけないと思うところまで行った時に明らかになった。


「あれは……聖具?」

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