第14話 爆発はノルマ

 爆発にはいくつか種類がある。

 燃焼による急激な熱膨張が音速に達する《爆轟》。 音速に達しない《爆燃》。

 化学反応以外の気化膨張の《水蒸気爆発》。

 空気中に漂う細かい可燃性微粒子が引火して発生する《粉じん爆発》

 そして可燃性の気体の急速な熱膨張化学反応により発生する《ガス爆発》


 ――爆発の種類

 ――――――――――――――――――――



 鉄鉱山の中腹より少し下の開けた土地に工場がある。 そこの灼熱の高炉が鉄を吐き出し、爆風が工場を熱する。 静けさを取り戻した森は少しづつ開発され、整備した水路からは大量の水が供給される。 今日も作業現場はぬかるみが増し、下へ下へと流れていった先――無数のトラップ地帯へと続いていく。



 高炉は順調に稼働している。


 けれど思っていた以上に木材の消費が激しい。


 さすがいくつもの山をはげ山にして石炭コークスへと代替したわけだ。


 たしか石炭を輸入に頼る赤道直下の熱帯雨林国家以外には木炭高炉法を採用している国は無かったはず。


 ――つまり今後の方針は銅の掘削と石炭の探索の2つになる。


 それまでに木材が枯渇しないか心配だ。


 そこでずっと機械工学的な計算ばかりしていたからちょっと資源量把握をしてみる。


 なーに、この《ひのきのぼう》という相棒がいればすぐに分かる。


 それにしても最近は地面がぬかるんでいて、落書きができる場所が少なくて困る。


 整列しているゴーレム達の隣なら書けそうだ。



 この東の森で伐採をしていくと仮定して木材資源をおおよそ計算してみると――。


 安全に行動できる範囲はおよそ6000haヘクタール、だいたい山手線1個分ぐらい。 鉱山周辺の大木は太さ、高さ、比重、保有水分から平均すると1本で約1トンぐらいの計算になった。 そして1haヘクタールあたり大木が300本位だったから……。 計算すると……180万トンの木材が手に入る! やったぜ!!

 さて次の計算は木炭を1トン手に入れるのに薪を何トン消費するのか? これは実際に投入した木材の量から逆算した結果、7トンの薪を消費していた。 えーと……この比率から眠くなる計算をすると22万トンの木炭が手に入るはず。 158万トンの薪を使って22万トン……クレイジー! それ以外にも木材は大量に使うから実際はこの半分が木炭に使用できる最大量だろう。


 ――もう計算すメンドクサイからざっくりでいくと東の森を伐採し尽くせば10万トン以上の鉄を溶かせる。 以上!


 まあ環境破壊を気にしなければ余裕でエンジンを製造できるだけの鉄が手に入る。


 実際に必要な鉄量は1万トンあれば十分だろうから森の10分の1を切り開くだけで済むはずだ。


 ちなみに『昔はこの辺一帯は草原でとてものびのびとしたところでした』と古代人が証言している――別に伐採に対して抵抗感は無いという。


 そもそも我々はこの辺境から安全に出ていくことができればそれだけで十分なんだ。


 ところがジャ魔物が襲ってくるからしかたなく開発している。


 そうこちらに非は無い!


 とはいえ自然を守ろうという現代人の感性はある――脱出の算段が付いたら植林ぐらいはしてあげよう。



 鉱山周辺はかなり伐採が進んでいる。


 この工場は鉱山と東の山脈の間のちょっとした台地にある。


 山脈側から水路を引いてる関係からここがちょうどよかった。


 目の前の坂道より下はまだ森になっており、そして安全のために作ったトラップ地帯が続いている。


 最近は魔物がトラップにかからなくなったという。


 森から魔物が減ったのだろう。


 つまりこの鉄鉱山周辺の本格的な伐採そして東の山脈の開発が始まるという事だ。


 鉄の目途が付いた次は銅の――。







 それは突然のことだった。







 真後ろの工場で爆発が起きた。


 そしてその爆発により、整列していたゴーレム達が順番によろめいていく。


 工場に近いゴーレム達の「おっとと」というよろめきから始まり、二列目は半歩、三列目は一歩、それ以降はまるでドミノのように順番に順番にゴーレム達が倒れていく。


 最初は爆発以外何が起きているのか気付かなかった。


 最後の列が倒れてきたとき、はじめてドミノ倒しに気付いた。


 そこで華麗にバックステップで回避!


「おっと! あぶないあぶな――おわ!」


『あ、やべ』そう思った時には足を滑らせてどこまでもどこまでも、ぬかるみが増した坂道を滑り落ちていく。


「うわぁぁっぁぁっぁぁぁ!!!」


 そして鉱山の外縁部であるトラップ地帯に滑り込んだ。


「いてて……うん? ここは」


 『ピン!』と何か仕掛けが作動した音がする。


 そして次の瞬間、枝先に鉄片を付けた《しなる木の枝》をワイヤーで引っ張って固定するシンプルなワナ――それが作動してちょうど後頭部へとぶつかる。


「ぶへ!?」


 そしてへこむヘルメット。


「うぅ……ヘルメットをしていなかったら一大事だった。オーケーつまりここは危険地帯という事か」


 だが大丈夫――なにせ相棒である《ひのきのぼう》がある。


 だからこれで怪しいところを突きながらゆっくり戻れば問題ない。


 だがその時『ガシャン』と音と振動が手に伝わり――恐る恐るその方向を見ると――。


 トラバサミ――ワナの中央に重みが加わると作動する装置――それが作動して、半円の鉄板が両方から食い込み木の棒が砕ける。


「あ、相棒!」


 ……だ、大丈夫だ――落ち着いて冷静に考えろ。


 滑ってきたときに罠が作動しなかった。


 つまり真後ろには罠は無い。


 ゆっくり後ろに……あれ? 坂の上の方――なんか地面が動いている?




 ――ああ、忘れていた。




 さっきゴーレムをよけて滑り落ちたという事はこの坂の上には転んだゴーレムが大量にいるという事だ。


 そして水路ができたら嬉々として飛び込む子供のようなゴーレム達が――滑り落ちる光景を見たらやる事は一つだ。


 ――それはつまり。



『ゴーレムの一団が滑り落ちてくる』



「こ、こっちに来んなーーー!!!」






 その後の記憶はあやふやだ。


 前のトラップ地帯を進むことができず、後ろのゴーレムの波を捌くこともできない。


 たしか《しなる木》によじ登って、しなって逆さ釣りになった。


 そこへ岩の波がなだれ込んできて樹木にぶつかり衝撃で手が滑って落ちた気がする。


 世界がスローに動く中、とくに走馬灯なんてものは見なかったことは覚えている。


 地面あるいはゴーレムにぶつかってヘルメットが割れたような気がする……そこで意識が途切れた――。





 ◆ ◆ ◆





 なにかを燻す匂い――そして冷たい水で洗われる感覚。


「あ! 気が付きましたか……よかった」


 そして気が付いたらアルタが介抱している。


 ここはどこだろう?


 ぼんやりしながら現状を把握する。


 ニョキニョキ建築で造った掘建て小屋のベッドで寝ている。


 小屋の隅には薬の調合スペースが設けられていて、そこには怪しい材料が置かれている。


 いま塗られている原料を聞くのは止めておこう。


 そうつまりだ――ただいま看護師アルタに介抱してもらっているのだ。


 しかもさっきからお手製の薬草を塗ってくれている。


 今気づいたんだが手が木製になっていて、木の優しい質感を肌で感じることができる。


「やあ、アルタ君何があったの?」


 ――なんでも蒸留器が原因不明の爆発を起こしたという。


 たぶんメチルアルコールなどが気化して可燃性のガスがたまってたんだろう。


 そして腐食した容器からガスが漏れて近くの炉から出た火の粉で火が付いた。


 そもそも腐食性に弱い鉄で蒸留をおこなうのが間違いだ。


 腐食に強い銅があればこんなことにはならなかっただろう。


 サビといえばアイアンゴーレムとなったアルタもそこら中にサビが浮いてきている。


 もっと早く気が付けばよかった。


「全身打撲に頭を打っていますので一週間は安静にしてください。これから工場長を毎日お世話しますから安心してください」と看護師アルタがいう。


「いや、そこまでひどくないから、そんなに休むつもりは――」


「ダメです。まずは汚れた体を洗いましょうね」と何やら嬉しそうな声で言う。


 え、なんでウキウキしてるの――あれか前に魔物に襲われてコアを磨かれたことを根に持ってるな!


「え、やだ怖い、逃げな――体が動かないだと……」


「ふふふ、ダメですよ動いては、さあキレイキレイしましょうね~」


 もはやされるがままに全身に洗われて、塗り薬をヌリヌリと――。


「アッ――!!」



 ◆ ◆ ◆



 一週間前の爆発が嘘のように順調に生産が続いている。


 その間、アルタに付きっきりでお世話になった。


 この一週間というもの我が子を思う母の慈愛に満ち過ぎた行動により――いや忘れよう。


 そうだ! あれは夢だったんだ!


 人としての尊厳が鉄の聖母により蹂躙されたなんて、何かの間違いだ!



 ……ふ~落ち着け。



 こういう時は次の開発をして気を紛らわせるべきだ。


「よし、怪我も治ったことだし銅鉱山の開発に向かうぞ!」


「無理です」とサビサビの錬金術師に止められた。


「なぜ!?」


「残念ながらもう食料が尽きそうです。これ以上滞在することは無理です」


 しまった忘れていた。


 もうこの鉱山に来て一か月経つんだ。


 しかたがない。


 久しぶりに我らがホーム《始まりの街(廃墟)》に帰ろう。



 第一章 完

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