幕間 さして重要ではない過去の話

 ある難問が立ちはだかるとき、答えを真に受けてはいけない。

 技術者に聞けば『それはできません。無理です』という――信じてはいけない。

 彼らは失敗したときの末路を知っているのだから。

 経済学者に聞けば『それは海外にこそ活路がある』という――信じてはいけない。

 彼らは失敗したときの責任を負わない方法を知っているのだから。


 ――???

 ――――――――――――――――――――




 憂鬱だ。 ああ憂鬱だ。 憂鬱だ。


 だが仕方がない、さっさと済ませよう。


 この会社、いやこの国とはあと数日でお別れだ。


 一体どうしてこうなった?


 まあ仕方がない――最後にあの社長に呼ばれたから行ってくるか。


 よーし平常心だ。


 感情を表に出すな――オーケー問題ない。


 なけなしの勇気を奮い立たせて社長室に入る。



「来たな――さっそくだが、お前は今日限りでこの国から追放する」と社長室に入るなりいきなり宣言された。



 ――――しばしの沈黙。



 なんて返そう……。


 いや相手に合わせる理由は無いな。


「はぁ~……、それが最近のブームですか社長?」


「いやいやネット小説を甘く見ちゃいけない。中々面白いよこれが!」と口元だけがスマイルな三代目社長。


「国を追放じゃなくて海外赴任です」


「わはははは、緊張しているキミの肩をほぐしてあげたんだよ。それに国内で活躍できないキミが輝けるステージを用意したのだから感謝したまえ」と目が笑っていない若手社長。


 ネット小説をたしなみ、こんなセリフを平気で言う茶目っ気たっぷりのこの最高経営責任者。


 だが気を許すわけにはいかない。


 なぜならこの無能こそが先代が築いた国内事業の縮小と海外展開を率先して――行きたくもない海外赴任を決めた男だからだ。


 しかも赴任先は政権が不安定で――ついこないだもテロが起きた国。


 噂ではグローバルなコンサルタント会社と結託して賄賂を受け取って展開先を決めたという。


 就職不景気に拾ってもらった恩はあれど、それは先代にであってこの三代目バカ殿ではない。


 他の先輩達と一緒にさっさとやめればよかった……。


 いや、あっちも現在困窮しているから無理だな。




 史上初の政権交代後――15年以上長期政権が続いている。


 国策である『友愛技術交流』の名の下にあらゆる企業は海外に積極的にあるいは強制的に進出し国内工場は縮小していっている。


 この国の技術者には選択肢が三つある。


 海外に行くか、国内の小さなパイを奪い合うか、忘れて違うことをするか、この三択だ。


 国外追放――殺伐ライフ――スローライフ。


 あれ? 実は一択だった!?


 うおーー選択肢間違えたーー!!


 だが技術者としてやっていくには一択だ。


 外国に行って国家予算でNAISEIする以外にこの学んだことが役立つ道はない。


 だから――。


「――うんうん、キミには期待しているからな。はははは」とその後も金のことしか考えていない無能の激励を聞き流し。


「2日後には出発しますので最後の引継ぎをしてきます」みたいなことを言って当たり障りなくその場を後にした。



 ◆ ◆ ◆



『――今年もあと少し、年末楽しんでますかーー!!』


 なんとかポーカーフェイスを貫いて最後の雑務を終わらせて帰宅することができた。


 もう家は無い。


 帰ってこれるのか判らないから家は売って、いまはビジネスホテルにいる。


 明日チェックアウトしてそのまま飛行機に乗って――レッツ海外!


 あ~ほんと嫌になる。


 こういう時はクイッと飲むに限るね。


『――ニュースの時間です。中東に亡命したあの大企業の社長が声明を――プチ』


 うるさいTVを消してこれからすることを考える――。


 近場の居酒屋へでも行くか。



 ◆ ◆ ◆



「うぃ~ひっく、まったく政府の方針だからって、なんでも海外に答えがあると思ってるのか!!」


 たしかサービス業がGDPの7割占めてるんだっけ?


 この島国じゃ技術者の価値は低いってもんよ!


 はぁ~……さらば祖国! がんばってサービス業を発展させてくれ!


 たしか金融立国、観光立国、カジノ立国にゲーム立国――立国大喜利とはよく言ったものだ。


 そのすべてが『サービス業に高付加価値を』だからしょうがない。


「お客様、次でラストオーダーになります」と居酒屋のアルバイト君。


 もうこんな時間か――さっさと寝よう。


「う~ヒック!」


 う~ん明日はぶっ倒れて、明後日海外……。


 そんなことを考えながら歩いていると――人通りの少ない道。


 目の前には大柄な長髪の女性が立ちすくんでいた。


 白いワンピースに顔が長髪で隠れて素顔は判らない……。


 いや待て、ほんとうに女性なのか?


 あまりにも筋肉隆々な肉体だと遠目でも分かるぞ。


「ああ、見つけました。私の運命の人」と男が裏声でしゃべるような、女が野太く見せるような気持ち悪い声。


 そして続けて「やっと巡り合えたこの星でこの国で――タンホア鉄橋の分岐点をラプラスが教えてくれたの」


 さっきから何を言ってるんだ?


「すまないけど人違いだと思うよ……」


 なけなしの勇気を振り絞って会話を試みる。


「ああ、まだ運命の因果律を覚え直してないのね。チュートリアルからやり直しましょう」


 そう言いながらバックから包丁を出し、ニタァと笑顔になる。


「大丈夫、痛みは明日への希望。○○ホテルの※※※号室からやり直しましょう」


 な!? なんでホテル名と部屋番号を知っているんだ?


 ストーカー……いやそれ以前に――。


 ダメだ逃げよう――とにかく走ろう!



 ◆ ◆ ◆



「待ってー! 置いてかないでー! ずっとあなたを見ていたの! だから一緒に星の海へ至るの!!」


 男なのか女なのか判らないストーカーから、とにかく逃げているが――もう脇腹がいたくて走れない。


「こっち来るんじゃねーー!!」


 いったいどうしてこうなった!?


 これならさっさと海外出張なり田舎暮らしなり――いやそれ以前にずっと見ていただと?


 つまり三択どれを選んでもバットエンディングじゃないか!!?


 どうするどうする?


 とにかく人がいるところに向かうしかない。



 ――!!?



 な!?


 光だと――。


 一瞬周辺が光ったと思ったら地面がなくなっていた。



 ◆ ◆ ◆



「うお!? ――ぶへ!」


 足が宙に浮いた――階段を踏み外した様な感覚に陥った後に地面に激突した。


 どうやら1メートルぐらい上から落ちたようだ。


 ここはどこだ?


 さっきのストーカーはいない。


 スマホのライトをかざすと誰もいない部屋だと分かる――よく見る石造りの広間それも廃墟だ。


 誰かが手入れした様子がない――人の気配も感じない。


 ふ~~よかた。


 とりあえず逃げ切れたことに安堵する。

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